表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

6 初心者講習

 ダンジョン1層、アリの巣のように複数の部屋を小さな通路で繋いだ、洞窟のような雰囲気の空間。

 2層への最短ルートを進んでいたノイリア達は、何度目かのゴブリン戦をしていた。

 今まではアレックスとヨルンが前衛を務めていたパーティーも、ロコとの経験で戦いについて理解し始めたノイリアが、アレックスの代わりにヨルンと前衛を務めている。

 グリックとアレックスはどちらも前衛で、アレックスはタンクの役割を担っていた。

 今のメンバーでは、片手剣と盾を装備したノイリアが代わりになってゴブリン注意を引いている。

 昨日の休みで何があったかを知らないパーティーメンバーは、ノイリアの変化にかなり驚いた。

 特にミリシャは、ノイリアが冒険者に向いていないと思い、やめるように諭そうとしていた。

 それが今では恐れを感じさせない、頼もしい背中を見せてくれている。

 自分の目は節穴だったとミリシャは少し反省した。

 しかし戦闘中に長々思考に時間を割くわけにはいかない。

 ノイリアとヨルンがゴブリン達を足止めしている間に、盗賊としての技能を活かし、後ろからショートソードでゴブリンの首を切り裂いていく。

 

「ヨルン! そっちはどう?」


「2体抑えてる! ミリシャ、早く減らして!」


「おっけー、こいつでラスト! 2人とも! 抑えてるやつらで最後だよ!」


「··········」


 ヨルンはミリシャの合図と共に詠唱を始め、右腕に部分強化の魔法を発動する準備をする。

 ヨルンは部分強化に慣れており、詠唱しながら器用に棍棒の攻撃をいなしていく。

 魔法陣が消えると強化の状態を確認もせずに、右側のゴブリンの頭を殴り飛ばし、すぐに左側のゴブリンに向き直り、上から殴りつけた。

 吹っ飛ばされ壁にぶつかったゴブリンは、しばらく悶えたていたがじきにぐったりとして動かなくなり、地面に叩きつけられたゴブリンは顔面が地面にめり込んで即死していた。

 確認もそこそこにノイリアのサポートに入ろうとしたヨルンは、ノイリアの動きを見て見守ることにした。

 何故ならノイリアは、ヨルンより多い3体を危なげなく相手にしていたのだ。

 1層ではゴブリンが棍棒しか武器にしないのが、ノイリアの余裕を生んだのだろう。

 剣と盾で1体ずつ抑え込み、合間合間に武器又は体術で更に1体を牽制して抑えていたのだ。

 剣や槍を持っていれば負傷を気にしてここまで強気に攻めることはできなかっただろう。

 ロコと何度かゴブリンと戦っていたおかげで、棍棒を持ったゴブリンに対してどこまでできるか学ぶことができていた。

 それは安定しつつも挑戦的な行動を実行させていた。

 そしてノイリアもミリシャの合図を受けて攻撃に移るタイミングを図っていた。


 まず蹴りで牽制にとどめていた1体を転ばせ、剣で相手をしていたゴブリンを袈裟斬りにする。

 盾に当てられた棍棒の一撃を力任せに押し返して体勢を崩し、蹴ったゴブリンが起き上がる前に心臓を剣で貫いた。

 そしてすぐさま引き抜き、勢いを殺さず左に半回転だけ薙いだ。

 それはちょうど棍棒を振りかぶっていたゴブリンの左腕を切断し、首の半分まで剣が埋まった。

 剣を引き抜き3体の動きを警戒し、完全に死んだことがわかってからノイリアは警戒を解いた。

 ノイリアには特に喜ぶようなことでは無かったが、1人であっという間に3体のゴブリンを殺したことは、昨日からすればかなりの進歩である。

 魔物であれ相手を殺すことに対する怯えを見せていたはずが、1人前の冒険者のように危なげない戦いを見せていた。

 確実にレベルだけでなく、冒険者として成長していた。

 ミリシャとヨルンはその様子に驚き、そしてすぐに健闘をたたえた。


「すごいじゃんノイリア! どうしちゃったの急に!」


「本当にすごい! 動きなんか見違えていて、魔法を使った私よりもスムーズにゴブリンを倒していたわ!」


「·····どうして急に」


 ノイリアはロコとのことを伏せ、昨日1人で練習したと答えた。

 恥ずかしくも大切な思い出を言いふらしたいとは思えず、思い出して少し赤くなってしまった頬を見せないように、倒したゴブリンから魔石を回収した。

 しかしミリシャとヨルンとは反対に、ザーツは小さく舌打ちすると、2層の階段に向かって歩いて行った。

 途中小石を蹴飛ばし、遠くにいたゴブリンが音に反応している。

 明らかに冒険者としてやってはいけない行為である。

 それだけイラついているのか、それとも焦っているのか。

 周りが見えていないようだった。

 すぐに後を追いかけたノイリア達はザーツが見えるギリギリの距離空けてついて行く。


「2人とも、どうしてこんなに距離を空けて歩いているの?」


「ノイリアもザーツさんの様子がおかしいことくらいわかってるでしょ?」


「明らかに周りが見えていませんね。苛立ち·····いえ、焦りですね。先程までの歩幅より広くなっています」


 ヨルンの言う通り、ザーツは焦っていた。

 原因はノイリアの予想以上の成長、そしてパーティーの疲労具合である。

 ザーツは冒険者をやっているが、本職は犯罪者ギルドに所属する下っ端である。

 主な仕事は人攫いであり、所定の場所に無効化あるいは疲弊させた標的を連れていく。

 今回の標的はノイリアで、ミリシャとヨルンはオマケだった。

 しかし戦闘回数に比べて3人は大して疲れを見せていなかった。

 ノイリアが成長し、ミリシャとヨルンが気を使う必要が減ったからだった。

 むしろノイリアに助けられることすらあった。

 パーティーとしての安全性は上がったが、ザーツにとっては何一つ上手くいかずいらだちが募り、目的地が近づいてきたこともあってひどく焦っていた。

 下っ端のザーツはメンタルコントロールができなかったのだ。

 おかげでノイリア達に警戒されていることにすら気付けない。


「それじゃあ、ミリシャは最低限の戦闘参加で抑えて、ザーツさんの様子を見ていてもらうってことで」


「盗賊のミリシャなら、弓兵のザーツさんにも気付かれずに監視することができるでしょう」


「任せといて二人共! 罠が少ない1層ではあんまり活躍できなかったからね。頑張っちゃうよ!」


 そんな作戦会議は、2層の階段前までひっそりと行われた。



 ロコは3層中央の大広間、俗に言う中ボスと戦っていた。

 レイガム地下ダンジョンは、全部で15層の小規模のダンジョンである。

 5層毎にボス部屋が存在し、2つ上の層には中ボスが行く手を阻んでいる。

 このダンジョンではほとんどゴブリンとオークしか出ないため、3層ではゴブリンナイトをリーダーとした、ゴブリンアーミーが中ボスとして待ち構えていた。

 アーミーと言うだけあって統制は取れており、板に取っ手を付けた盾を持ったゴブリンが前衛で冒険者の攻撃を阻み、後衛が初級魔法や弓で波状攻撃をしてくる。

 その中を抜けて強引に盾をどかそうとすれば、合間から突き込まれる槍に体勢を崩され、途端に魔法と弓に撃ち抜かれる。

 仮にそれすら突破したとしても剣を持ったゴブリンに襲われ、弱ったところにゴブリンナイトが満を持して襲いかかってくる。

 敵がゴブリンと言えどこの連携は、初心者講習を受けている1つのパーティーで攻略するのは難しいだろう。

 しかし攻略法は当然ある。

 ロコのパーティーはその条件を満たしていた。


「魔力よ集え──我指し示す彼の地にて──破壊の爆炎を撒き散らせ! エクスプロージョン!」


 中級魔法には広域破壊魔法が含まれている。

 エクスプロージョンはそのうちの火属性魔法である。

 ロコのパーティーには、ロコ以外に魔法使いがおり、魔法使いが2人いるパーティーとして指導者に魔法使いが1人ついていた。

 その人物はゲルリと言い、魔法を教える事を楽しみ、生徒の成長を素直に喜ぶ真っ直ぐな男だった。

 ロコは教われる魔法が特殊なためにブーストしか習えていないが、同じパーティーになったルメットは中級魔法のいくつかを習得するに至っていた。

 今のエクスプロージョンはルメットが戦闘開始後から魔力を溜めて放った、現時点の最強最大の魔法だった。

 その証拠にルメットは杖に捕まって何とか立っている状態になっている。


「よし! やつらの隊列が乱れたぞ! ニックは俺に続いて突っ込む! ロコは回復とルメットの護衛!」


「ロコ! 俺には強化魔法をくれ! 攻撃は避けるようにするから、無鉄砲なシグムに回復を集中させてやってくれ!」


「了解しました! 魔力よ廻れ──速く鋭く駆け回れ──肉体の限界を突破せよ──ブースト!」


「皆さん、すいません。魔力が戻ったら初級魔法で援護します。今はお願いします!」


 俺達の様子を教官2人、ゲルリとツメシュは真剣な眼差しで見ている。

 シグムの勇気とリーダーシップ、ニックの冷静な判断と対応、ロコの早い反応と適応、ルメットの思い切りの良さと仲間を頼る姿勢。

 そんな内容の事を紙に書きとめ、中ボス戦の評価を行っていた。

 2人が手を出せば敵はすぐに片付くが、それでは生徒の評価ができない。

 他の層では一緒に戦い、魔法や技術を実戦で教え、中ボスやボスはテストとして評価に徹する。

 ロコ達は中間テストとして講習受講者だけで戦っていた。

 

「ロコ! 回復頼んだ! ニックは平気か!」


「シグム! ナイトが来るぞ! 時間がかかりすぎた!」


「シグムさん! ニックさん! 復帰してきたゴブリンが取り囲もうとしています! 一旦下がってください!」


「治癒の奇跡をここに──我が魔力を糧として──彼の者に癒しを与えん──ヒール! ルメットさん! 左から槍兵が1体迫っています! 右は私に任せて下さい!」


 状況はあまり芳しくなかった。

 仲間の様子を見ながら戦えているのはいい事だが、前衛2人は気にし過ぎてゴブリンの対処が甘い。

 そんな2人の様子に気を取られすぎているルメットは、まだ遠くから走ってきているとはいえ、敵に狙われている事に気付けていない。

 ロコは回復をシグムに送りつつ、ルメットに注意を促し、隊を分けて右側から後衛を攻めようとしている、ゴブリンの槍兵4体と剣士2体、弓兵2体にメイジ2体の分隊規模のゴブリンを相手にしようとしていた。

 魔法で意表をついた本隊の中心は混戦状態で、何とかシグムとニックだけでも戦えていた。

 ルメットも魔力回復のポーションを服用して、狙ってきているゴブリンの対処ならば問題は無いだろう。

 しかしロコが1人で分隊をどうにかしなければ敗北は明らかだった。

 恐らくもう少し旗色が悪くなれば教官が助けに入ってきてしまうだろう。

 余裕を見せつつ分隊を排除しなければならない危機的状況だと言えた。


「さて、ルメットさんにはああ言いましたがどうしましょうか。シグムさんとニックさんは撤退で精一杯でしょう。ルメットさんは魔力を温存しながら敵と戦うでしょうから援軍は望めませんし」


 ロコは矢を避けながら1人呟く。


「魔力よ廻れ──速く鋭く駆け回れ──肉体の限界を突破せよ──ブースト。 重複を使ったら面倒な事になりますし、魔法の作り方さえ分かればこの場に適した魔法を作るのですが·····」


 初級魔法が近くに着弾し、矢は相変わらずロコに降りかかる。


「昨日は勉強の時間が取れませんでしたし、使える魔法はブーストとヒールのみ。初級でもいいので攻撃魔法が使いたいものですね。どうしたものでしょうか」

 

 近くに迫った槍兵の突きが、半身に開いた体を掠めていく。

 ブーストの魔法陣が崩壊し、ロコの身体能力が向上した。


「まずは後衛を叩きましょう。派手に殺せばルメットさんに流れていくことはないでしょう。·····この槍、お借りしますね?」


 ロコは引き戻されそうだった槍を左手で掴み取り、手前にねじる事でゴブリンの手から槍を奪い取った。

 そして石突で持ち主の胸元を突く。

 同時に他の槍兵からの攻撃をバックステップで避け、強化された脚力で正面に突っ込んだ。

 槍を体の前で横に構え、ちょうど槍を引いたゴブリン達の体に当たるように駆け抜ける。

 刃先は額を切り裂き、柄の部分は腹部を強く打った。

 正面で起き上がろうとしていた、槍を奪われたゴブリンの頭蓋を踏み砕いた。

 勢いのまま後衛に向かおうとしたが、剣士が両側の斜め前から斬りかかって来ていた。

 その表情は怒りを示しており、動きは単調なのだが無駄はない。

 適当に掲げた槍で剣を受け止め、右に持った杖で片方の心臓を一突きにする。

 もう1体はすぐにバックステップで距離を取り、襲いかかる隙を伺おうとしている。

 真正面から突っ込んでいたため、魔法と矢が飛んでくるのでそちらに注意を向ける。

 ブーストにより強化されていおかげで飛び上がって避けることができ、ロコに向かっていたはずの攻撃は後ろから迫っていたゴブリン達に着弾した。

 死ぬことは無かったが、後ろの槍兵達は怯んで動きを止めていた。

 フレンドリーファイヤに焦った後衛はとても無防備で、左に持った槍で1体の弓兵の心臓を貫き、他のやつらに向けて右の杖に刺さっていたゴブリンの死体を投げつけた。

 飛んでいった死体は後衛の弓兵とメイジにぶつかり、転ばせることに成功する。

 そこに追撃をかけようと思ったロコだったが、最初から被害を受けていなかった槍兵がいつの間にか追いつき、突き出された槍の穂先が浅く左足の踝の上を切り裂いた。

 足を攻撃され体勢を崩したロコの正面に、避けられないタイミングで放たれた初級魔法──ファイヤーボールが迫ってきていた。

 ブーストで強化された状態なら受けても大したダメージにはならない

 けれど次の動きの邪魔になる程度の怪我は負うだろう。

 そこでロコは奥の手の1つを出すことにした。

 ゴブリンに突き刺していた槍を手放し、左の掌の中に回復魔法の魔法陣を展開した。


「治癒の奇跡をここに──我が魔力を糧として──彼の者に癒しを与えん──ヒール! ·····うぐっ、なかなか痛いですね!」


 ちょうど詠唱が終わったタイミングで腹部にファイヤーボールが着弾した。

 覚悟していたとはいえ、高温の火が枕程度の硬さを持って飛んでくるのである。

 かなりのダメージになるはずだった。


「クイック!」


 ロコが叫んだクイックは、奥の手の技の名前であった。

 やったことは左手に展開した魔法陣を、魔力を纏った手で握り潰すだけである。

 大したことないように聞こえるが、魔法発動のプロセスを把握していればその脅威を理解できる。

 魔法が発動されてから魔法陣が消えるまで一定の時間がかかる所を、ロコは任意のタイミングに縮めることができるのだ。

 原理はさっき言った通り、魔力を纏った手で魔法陣を握り潰すだけだが、これは他人には真似ができない。

 何故ならクイックはジョブスキルだからだ。

 ジョブスキルはジョブ専用のスキルで、選定されたジョブでしか発現しない。

 支援型魔法使いはかなり数が少ないか、ロコが初めてかもしれないジョブである。

 そんなジョブで手に入れたスキルは、後天的であろうともユニークスキル扱いされかねないものだった。

 後天的スキルは何らかの条件を満たさなければ会得できず、ギルドに情報を高く売ることができる。

 ロコはクイックをまだ誰にも教えていなかった。

 だからこの光景は教官にはユニークスキルを使ったと思われたことだろう。

 既に怪我が治りきったロコは、奥の手とスキルを隠していたことを後悔していた。


「この場を切り抜けられるのはいい事ですが、あとの説明が面倒になりましたね。偶然手にしてしまったジョブスキルなんて胸を張って自慢できるものではないのですが、ルメットには質問攻めにあいそうですね」


 ジョブスキルは似たようなジョブで会得できる場合がある。

 だからこそ偶然手にしてしまったクイックを公開せず秘匿していたのだ。

 ここでクイックについて説明するということは、魔法使い職からの質問攻めにあうことが確定したようなものだった。

 仲間や教官が広めないことを祈りつつ、ファイヤーボールを撃ってきたゴブリンを杖で刺し殺した。

 その前に殺したゴブリンから槍を引き抜き、仲間の死体の下でもがく弓兵とメイジを殺し、残りは槍兵3体と剣士が1体になった。

 

「後衛は排除できましたが、仲間を殺されて怒ったゴブリンは厄介なんですよね。怒れば怒るほど冷静になるとは不思議な魔物です」


 ゴブリンはさっきロコの足を攻撃し、タイミングを見計らって魔法を放つという連携プレーを行った。

 冷静に仲間と協力して戦おうとしている。

 表情は相変わらず怒っているが、仲間を頼り、協力して倒そうと頭を最大限に使っている。

 

「やはり取り囲もうとしますよね。しかし私が杖を持っていることを忘れていませんか?」


 ゴブリンは剣士が囮となってロコと戦い、その間に包囲して槍で攻撃しようとしていた。

 単純に長物である槍では間合いに入った剣の相手が難しいと思っての采配だろう。

 けれどロコは元々槍ではなく杖を獲物としている。

 接近戦は望むところなのだ。


「この槍はお返ししますよ!」


 そう言ってロコは、最初に額を切り裂いたゴブリンめがけて槍を投げた。

 槍はゴブリンの肩を掠めて飛んでいき、剣士が飛びかかってくる。

 槍を投げたのは包囲から脱出するための布石だった。

 剣士を杖をフルスイングして吹っ飛ばし、槍がかすめたゴブリンを殺しにかかる。

 初心者用の杖に偽装しているが、本来の姿は高性能の武器として使える杖である。

 なるべく槍を避け、柄で攻撃しようとしてきた時は杖で受ける。

 ある程度接近したらまだブーストの効いている足で顎を蹴りあげた。

 首の骨が折れたのだろう。

 落ちてきたゴブリンは変な方向に首が向いていた。

 

「魔力よ舞い踊れ──空を自由に駆け回れ──荒ぶる風となりて吹き荒れろ──ウィンドストーム!」


 突如空間内に響き渡った詠唱は、ルメットが放ったウィンドストームのためのものだった。

 中級魔法ではあるが、込めた魔力が少ないのか大した影響が出ていない。

 ロコ達には。


「皆さん今です! ゴブリン達が転ぶくらいの力はありますので気を付けて下さい!」


 ルメットはゴブリンだけに影響を及ぼすような便利な魔法をまだ習っていなかった。

 だからこそウィンドストームに使う魔力量を調整することで、影響が出る相手をゴブリンに限定したのだ。

 このタイミングはロコにとって最良の結果をもたらした。

 ロコが包囲を抜けようとした方向はルメットとは逆の方、位置関係的にルメットがゴブリンの後ろから風を吹かせた形になったのだ。

 予期せぬ方向から風に押され、ロコが相手していた3体は全てが転んだ。

 ロコはここぞとばかりにブーストに任せて剣士の頭を蹴り飛ばし、残りの槍兵2体の頭に順に杖を振り下ろして殺すことができた。

 協力して勝ったといえばその通りなのだが、なんともあっけない決着だった。


「ロコ! 回復頼む! ニックが俺の代わりにナイトにやられた!」


「シグム! 油断·····する、な!」


 分隊を殲滅し終えたロコは、シグムの声を聞いて周りの状況を把握しようとする。

 見てみればいつの間にかほとんどのゴブリンが死んでいた。

 最初は50体くらいいたと思ったが、ルメットの魔法とロコの活躍で、シグムとニックは本隊を壊滅状態に追い込んでいたのだ。

 その間ロコの回復があてにできず、怪我をおして戦っていたようで、見れば2人共怪我をしていた。

 更にシグムはニックを抱えながら、ゴブリンナイトと鍔迫り合いしていた。


「治癒の奇跡をここに──我が魔力を糧として──彼の者に癒しを与えん──ヒール·····クイック!」


 ロコはクイックでヒールをすぐ発動させた。

 初めはニックに、次にシグムにと2度に分けて。

 怪我がなくなればゴブリンナイトに2対1で遅れは取らない。

 深い怪我を負っていなかったため出血が少なく、外傷を治しただけで平時と変わらないパフォーマンスを2人は見せる。

 シグムのジョブは剣士で直剣を使い、ニックは騎士でレイピアを使っている。

 一撃が軽くなるニックが相手を翻弄し、ちょうどいいタイミングで引いたところをシグムが思い切り大上段からの一撃を叩き込む。

 ゴブリンナイトは簡素な鎧を着込んでいたが、全身鎧のような物ではない。

 ニックの攻撃は様々な部分を貫き動きを鈍らせ、シグムの重い一撃がゴブリンナイトの力を奪っていった。

 ルメットとロコ、教官2人が見守る中、遂にシグムがゴブリンナイトの脇から心臓へと剣を突き立てた。

 剣を引き抜くと勢い良く血が吹き出し、数歩後ろによろけて仰向けに倒れ込んだ。

 シグムが足でつつくが、もう動くことは無かった。

 ゴブリンナイトで最後だったため、倒した後はロコによる回復やアイテム等のチェックを行い、ゴブリン達の死体が魔石を残して消えたところで4人は歓声を上げた。

 死体が無くなるまでは警戒を解けなかったのだろう。

 無邪気に笑いあってお互いを讃えていた。

 教官達はその様子を見て微笑ましい気持ちになった。

 昔も自分はああだったと思い出したのだ。

 2人はアイコンタクトで、もう少し待ってやろうと決め、遠くで評価の紙に書き込んだ。


 ──シグム、ニック、ルメット、ロンギルコード。

 以上4名、中間テストを合格とし、対魔物戦闘訓練を開始する。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ