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5 初心者講習

 ロコは食後、何故かノイリアの部屋に2人っきりにされていた。

 使用人が住み込んでいても尚余りある部屋があるにも関わらず、「「ノイリアの部屋でいいよ)?(わね?)」」と言われてここで寝ることになっていた。

 ロコが「宿を取りに行きたいのでそろそろ·····」と言ったところ、何を馬鹿なと言わんばかりに呆れた顔をロフガンとマリベラにされていた。

 2人の中ではロコが泊まっていくことは確定しており、ノイリアと同室というのも計画通りだったのだ。

 今はベッドに腰掛けて真っ赤になっているノイリアと、部屋にあった椅子を移動させて対面しているロコのお見合い状態だった。


「突然の事でどうすることが正しいのか判断しづらいところですが、まずは生還おめでとうございます。多少問題·····どころではないお話もありましたが、生きて帰れたことを喜びましょう」


「もう、ロコさんはいつも変わらないんですね。·····意識していた私がバカみたいです。でもほんとに、生きて帰ることができて良かったです!」


 女心を理解するのは難しいロコだった。

 ノイリアが言ってくれなければ、気まずい雰囲気を有耶無耶にして普通に過ごしていたことだろう。

 しかしロコは成人したばかり、結婚に対する認識の違いがノイリアとの意識の齟齬を生んでいた。


「·····私だって夢が叶えば感動はもちろん、動揺したり緊張したりします。今も心音がうるさいくらい高鳴っているんですよ?」


 ロコは恥ずかしさを隠して、素直に思った事を伝える。

 真面目で不器用ながらも、真っ直ぐ信条を曲げないのがロコの持ち味である。

 その言葉に乗せた想いはノイリアにもちゃんと伝わっただろう。


「私はダンジョン出た時から·····いえ、助けて頂いた時から。最初は3歳も歳上の私でいいのかとも考えましたが、あの話を聞いて我慢なんかできません。ロコさんが悪いんです、助けた子に好かれたいなんて言うから!」


 ロコはノイリアの言葉を聞いて、今更ながらに恥ずかしく感じていた。

 あの時は慰めようと話した事だが、好いていいか悩んでいた相手に、助けた人と結ばれるのが夢と宣ったのだ。

 それは悩んでいたノイリアを決心させるのに十分な言葉だっただろう。

 聞き方によっては「貴女と結婚したい」と言ったようにも受け取れるとロコも気付いたのだ。

 真面目なロコが恥ずかしく感じないわけがなかった。


「その節は誠に申し訳ございませんでした。何やら結婚を催促したみたいに聞こえてしまったようですね。ノイリア様が私に愛想を尽かしていないのでしたら、やり直す機会を頂きたいです」


 そもそもロコがどうしてあんな誤解されるようなことを言ったのかといえば、ノイリアの事を見ているだけで見ていなかったからだ。

 ロコの中でノイリアは、助けた人という色眼鏡を通して見られていた。

 しかし一段落ついた今、ロコはノイリアをただの女性として見ていた。

 そうすれば意識していなかったノイリアの姿がとても綺麗に見えてくる。

 ロコは元々目鼻立ちの整った小柄な女性だとノイリアを捉えていた。

 動きやすさを優先してか、短く切りそろえられた赤髪。

 鎧の上からではわからず、部屋着になったからこそわかる抜群のプロポーション。

 何よりロコに対して好意全開の態度。

 改めて見ればどこをみても魅力的に映るようになっていた。

 ノイリアに好かれて嬉しく、ロコも多少は舞い上がっていたのだ。


「·····ロコさんは私でいいんですか? こう言ってはなんですが、貴族は面倒ですよ。私が嫁に行くとしても何かとしがらみはついてまわると思います。本当に私と結婚してもいいと思ってくれますか?」


「私は一度言ったことを曲げるつもりはありません。出来ないことは言わず、思わないことも言いません。·····ノイリア様を心よりお慕いしております。降りかかる困難は、努力してどうにか対処していこうと思っています。こんな私ですがお嫁さんになって下さいませんか?」


 ノイリアは不安そうな表情を一変させ、感極まって泣き始めてしまった。

 正直なところ勢いとか勘違いとか言われれば、否定しきる自信の無いロコであったが、それはあくまできっかけに過ぎないと思うことにしていた。

 確かに好きだと思えたんだから、これからも想い続ければいい。

 そして自信を持って愛する人だと言える関係になろうと、2人は1歩を踏み出した。



 泣いてしまったノイリアを慰めているうちに、いつの間にか眠ってしまったロコは、シューベル家で朝食を頂き、初心者講習のためにレイガムへ向けて出立しようとしていた。

 午前6時から始まる講習間に合わせるために、午前4時に出るように準備していた。

 玄関まで移動し、ロコは改良された服を受け取り、借りていた燕尾服は貰うことになった。

 どちらも魔力回復効果を持っているので、カバンに入れてあるローブを着る必要があまりなくなってしまった。


「ロコ君、その服は魔力回復を早める以外に、魔力を通すことで硬度を増すようにしておいた。その効果に必要な魔力量はかなり少なくなるようにしてある。ローブの効果で回復する量だけで間に合うだろう」


「ローブはロフガンからのプレゼントということで、私からはこの杖をプレゼントしたいと思います。これは私が昔仕事で手に入れたもので、この大陸の外から頂いた物だと伺っています。私に魔法の才は無いので詳細はわかりませんが、鑑定していただいた結果は、謎の金属で作られたとてつもなく高価な物のようですよ?」


 ロフガンは得意気に、マリベラは微笑んで、飛び抜けた効果を持つ装備をプレゼントとしてくれた。

 ノイリアも特別性の布鎧に、明らかに業物とわかる武具を受け取っている。

 流石商人の家と言うべきか、様々な武具をいくつも収納できるポーチを渡していた。

 重さを感じないのか、早速装備して動き回って試している。

 ちなみにあれは魔道具である。

 魔力を流すと空間魔法が発動し、中に収納した物を取り出すことができ、なんでも収納することができる。

 直接物を押し込む必要はなく、収納したい物を視認するだけでいい便利な魔道具である。

 ロコは杖に同じ機能がついていたらしく、マリベラから既に解説を受けていた。


「大変お世話になりました。こんなに上等な装備を頂いてしまって、大変恐縮です。正直負ける気がしません。慢心している訳ではありませんが、すぐに攻略して挨拶に伺います」


「お父様にお母様、私はロコさんのお嫁さんとして相応しい実力をつけて帰ってきます。心配せずに吉報をお待ち下さい。姉様達にもそうお伝え下さい」


 ロコとノイリアは最後に頭を下げて、レイガムに向けて走り出した。

 馬車を使うか聞かれたが、マリベラから貰った杖の効果か、1度に4回までブーストをかけられるようになり、1度に2回分ブーストをかけながら移動することができた。

 やはり杖があると全然違うらしく、お互いに6回分のブーストをかけても、半分も魔力が減っていなかった。

 また急激なブーストの能力向上に慣れる訓練として、かなりの加速に慣れることができていた。

 二日連続で走り続ければそれくらいはできるようになる。

 この分なら城下町からの移動だったが20分をきってしまうだろう。

 途中に何体か魔物を轢いてしまったが、全て経験値に変わった。

 

「ノイリアさん、今日の講習が終わったらダンジョンの入口で待っていて下さい。すぐに迎えに行きます」


「分かりました、ロコさんは今日から4層でしたよね? 気を付けてくださいね」


 ロコはノイリアをさん付けで呼ぶようにしていた。

 まだ結婚はしていない、けれど結婚を目指して頑張っている。

 ならばよそよそしい態度をとるのは失礼だろうと話し合ったのだ。

 結婚したら呼び捨てでもいいとなったが、ダンジョンを攻略するまではさん付けに落ち着いたのだ。

 

「なるべく目立たないようにしましょう。ご両親から頂いた武装は使わないように。ポーチに収納するのも空間魔法を使わずに本来の容量のみ使いましょう」


「私の方はそれで大丈夫ですが、ロコさんの杖に関してはどうするのですか? 杖が無ければ空間魔法も使えませんよね?」


 ノイリアの指摘はもっともだった。

 明らかにオーバースペックな杖を持った初心者冒険者は、悪人達にとって格好の獲物でしかない。

 確かに東区の冒険者が多いレイガム地下ダンジョンにおいても、遠出してきた様々な冒険者がいる。

 そのままの見た目では使えない。

 

「この杖はなかなかに万能なようです。偽装の魔法も刻み込まれていました。魔力を少し通すだけで·····どうです? 初心者用の木製杖に見えませんか?」


 ロコが杖に魔力を流すと、杖の頭の部分にある宝石のような物、そこから徐々に木製の杖に変わっていった。

 とても高度な偽装らしく、触った質感も木そのものである。

 しかし耐久性は元の金属と同等という、反則のような杖だった。

 ノイリアにも触らせてみたが、かなり驚いていた。


「わっ! 何ですかこの杖! とても軽くて硬い、完全に初心者用の杖ですよ! ロコさんはこれで安全ですね」


 ロコが常に強い装備なことが嬉しいらしい。

 ロコとしてはノイリアにだけ装備を制限させて心苦しく感じていたので、なるべくなら強い武具に頼りたくなかった。

 けれどノイリアは武具を制限されたことで技術による戦いを磨け、ロコは新しい杖を使うことで、性能を把握し、魔法を何回使えるか等の研究ができる。

 偶然ではあるが、必要な措置だったのだ。


「それでは私の集合場所は2層の階段前広間ですので、先に行かせてもらいますね。目のいい冒険者は多いです、くれぐれも注意怠らないように気を付けてください」


「わかりました。今日は恐らく2層前まで行くと思います。「浅い層ほど冒険者に気をつけろ」この教訓はちゃんと覚えています。お互い気をつけて頑張りましょう!」


 ロコは1人先に1層へと足を踏み入れた。

 見送るノイリアは頼もしい後姿に見とれ、背中が見えなくなるまでじっと見続けた。


「ノーイリアっ! 何ダンジョンの方見つめてるんだー? いい男でもいたか?」


「ミリシャ、ノイリアさんが困っています。それにこれからダンジョンに行くのに、そんな浮ついた事でどうします」


 ノイリアに抱き着いてきたのはミリシャと言って、初心者講習で組んだ盗賊の女である。

 そしてミリシャを窘めたのが僧侶の格好をしたヨルン。

 見た目と言動から騙されがちだが、彼女はモンクである。

 僧侶のような格好をしているのは、回復や強化の魔法が多少使えるからだ。

 基本的には接近戦をしているので、魔法戦ができるのかノイリアは知らない。


「おはよう、ミリシャ、ヨルン。ここにいたのは早く来すぎたからぼーっとしていただけよ。アレックスと教官達はまだかな?」


 ノイリアはロコの前以外では至って普通の女の子である。

 あまりにも硬い真面目なロコ相手だからこそ合わせていただけで、本来は丁寧な言葉遣いは苦手である。

 つまり猫を被っていたとも言える。

 そもそもゴブリン戦を見ていたロコに取り繕っても今更遅いのだが、ノイリアは隠し通せていると思い込んでいた。


「なんかね、アレックスってば下手うったみたいで治療院に入院したらしいよ! 教官は片方がアレックスに付添って座学だって!」


「私個人としてはグリックさんが来てくれたら嬉しいのですが、恐らくザーツさんが来るでしょう。グリックさんは人が良すぎるのが玉に瑕です。ザーツさんのあの下卑た目線に全く気付いてくれません。だからこそ監督役の自分が来ないことを選んでしまう」


 ノイリアたちのグループは、片手剣装備のグリックと短剣術が扱える弓兵のザーツが教官を務めていた。

 接近主体のノイリア達のパーティーに、何故ザーツが配属されたのかはわからないが、女性3人からの評価は低かった。

 理由は簡単、ザーツは見た目からして不審過ぎた。

 なんの手入れもなく伸ばされた髪は顔を隠し、動くと首まわりにフケを落とす。

 隠密行動のためか全身を暗色の装備で固め、常に猫背で消え入りそうな声で話をする。

 歳はまだ30代前半くらいだが背が低く、平均的な体格のミリシャより低い。

 加えて非力で体力がなく、特に知識に優れたわけでもない。

 人としては不気味、冒険者としては三流な男だった。


 ヨルンがザーツを嫌悪していたのは、ノイリア達を観察していたからだった。

 動きの癖を見極めようとしているのか、魔物が出てきても矢を弓に番えることもしない。

 パーティーの後衛の割には荷物が少なく、逆に自分の持ち物はやけに多い。

 レイガムに宿をとっているミリシャとヨルンを、講習が終わって帰る2人から距離をとってつけてくる。

 初心者講習を受けているのは冒険者としての経験を積むためであって、戦闘の経験があるミリシャとヨルンは、ザーツの不信な行動にはすぐ気付いていたのだ。

 気付いていなかったのはお嬢様のノイリアだけであり、ミリシャ達はあえて本当のことは伝えずにノイリアを守っていたのだ。

 ちなみにアレックスはザーツに狙われておらず、脳筋なので平和に日々訓練に励んでいた。


「おっ·····おは、おはよう·····ございます。グリック、さんがアレックス君につく·····そうなので、わた、私が皆さんを·····二層の前まで、お連れします」


 途切れ途切れでどもりながらかけられた声に、ノイリア達はザーツが来たことに気付いた。

 振り返ってみれば頑張って笑ってみたのか、不気味な笑みを浮かべた男が立っていた。

 流石にこの笑顔には堪えたのか、ノイリアすらも顔が引き攣っていた。

 ザーツは至って真面目なのか、いつもとは真逆に積極的にダンジョンに向かって歩いてゆく。

 ヨルン、ミリシャと続き、ノイリアの横を通った時、ザーツの視線が一際鋭くなった。

 それにいち早く気づいたノイリアは振り向き、横目で様子を見てきた瞳に浮かべた表情に気付いてしまった。

 ブーストに慣らしてきたおかげか、一瞬の交錯だったにも関わらずしっかりと見て取れた。


 昨日戦ったばかりのゴブリンと同じ、戦って相手を倒し、自分のモノにするという意志を宿した瞳を。

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