4 初心者講習
ノイリアがステータスの確認を終えたのは6時半を少し過ぎた頃だった。
ロコが並んで半時もたってから、ニーナのカウンターに呼びに来たのだ。
しかしノイリアは時間がかかったことは気にもせず、とても嬉しそうな顔をしていた。
ダンジョンでの経験がステータスにしっかりと反映されたのだろう。
「早く行きましょう!」とロコの手を引いて出ていこうとしたのだ。
流石に流され続けるわけにはいかないと、扉の前で一礼してからノイリアのあとを追った。
ギルド内からの生暖かい視線を背中に感じつつ外に出ると、ノイリアの傍に止まっていた馬車に乗せられ、20分程移動した先で降ろされた。
いつの間に城下町に入ったのか、豪華な屋敷が立ち並ぶ住宅街の一角、シューベル伯爵家の目の前に立っていた。
ロコがいくら大人びていると言っても、成人になりたての平民の家庭に生まれた子どもである。
大体の事に動じないよう努めていたが、こればっかりは仕方が無いと言えた。
「ノイリアさん、何でしょうこの『ようこそロコくん! シューベル伯爵家は君を歓迎します!』という横断幕は」
ただ伯爵家に招待されただけならなんとか平静を保てただろうロコも、王都に戻ってから数時間のうちにこんな歓待を受けるとは予想ができず、・動揺してしまったのだ。
しかもその横断幕を持っている人物が、使用人ではなく、ノイリアのご両親なんて。
「えーっと·····ギルドに私が来たことを暗部が掴んだらしくて、先回りして歓迎の用意しちゃおう! ·····みたいな感じだと思う」
どうやらノイリアにしてもこの流れは、想定内ではあったが予想外だったらしい。
頬が引きつっていたのが何よりの証拠だろう。
「おかえり! そしていらっしゃい、ロコ君! 話たい事もあるだろうが、まずは風呂に入って体を休めてくれ。風呂の用意はすでに出来ているから、その後食事にしよう」
横断幕を持った男──ロフガン・シューベルは満面の笑みでそう告げる。
対称的に怒った様子の女──マリベラ・シューベルはノイリアに一言物申したいらしい。
「ノイリア! 嫁入り前の貴女がそんなに傷だらけになってどうします! ·····ロコさん、娘を助けて頂き本当にありがとうございました」
ロコに向き直ってからは柔和な笑みを浮かべ、恭しく頭を下げた。
さすが貴族と言うべきか、切替が早過ぎてロコの反応が少し遅れる。
「·····あっ、申し訳御座いません! 挨拶が遅れてしまいました! シューベル家の皆様におかれましては既にご存知かと思いますが、改めてご挨拶させていただきます。私、ロンギルコードと申します。まだ初心者講習を受ける未熟な冒険者の身ではありますが、ノイリア様を無事お助けすることができました。この度はお礼がしたいと招待して頂きましたが、何分急なお話でしたので相応しい服を用意できませんでした。このような格好でお邪魔します事、どうかご容赦下さいますよう宜しくお願い致します」
ロコの突然の見た目不相応な大人びた言動に、ロフガンは一瞬だけ眉を動かしたが、他に目立った動揺をした者はいなかった。
間違った対応ではなかったようで安心していたロコだったが、まだ気は抜いていない。
試されていると感じていたからだ。
シューベル家の三女とは言え、伯爵家のご令嬢である。
命の恩人であっても、相応しくない人間を招き入れるつもりもないのだろう。
礼をするつもりで呼んだとしても、腹に逸物抱えたやつを家に上げるわけがない。
「これはどうもご丁寧にありがとう。いつまでも玄関の前で話すわけにもいくまい。ルーク、ノイリアとロコ君を風呂へ案内してくれ」
そう使用人に告げてノイリアの両親は先に家に入っていった。
残されたロコとノイリアは浴場に案内された。
ノイリアは自分の家だけあって使用人を追い抜かんばかりに歩いていく。
ロコは右も左もわからないため、ルークについて歩くいていく。
使用人が住み込みで働く屋敷のため、ロコは使用人用の風呂に案内され、そこで汗を流した。
そして出て気付いた。
「·····私の服が無いですね。この燕尾服を着ろということでしょうか」
恐らく執事用の制服だろう。
元々着ていた服よりも上等な素材で作られているのか、肌触りが全然違う。
ロコは服を着てから改めて気付く。
「魔力回復が早い·····?」
この屋敷では魔力を動力とした機関や魔道具を多く使用する。
そのために使用人の服には魔力の回復速度を上げる素材が使われていた。
正直この服が欲しくなったロコだが、ダンジョンで燕尾服な自分を想像し、支援型魔法使いが道化師の格好とはジョブエラーを疑われると思い直した。
ジョブエラーの元々の意味は、選定されていないジョブを好んでバトルスタイルにしている者を指していた。
しかし時代が流れジョブエラーとは戦闘に恵まれないジョブに就いた者を指すようになっていた。
ロコも場所によっては呼ばれることがあるだろうと考えていた。
そんなことを考えながら身嗜みを整えていると、ノックの音に思考を遮られた。
「失礼致します、ロンギルコード様。お洋服の方、私共の方で勝手ながらささやかな改良を施させて頂いております。用意しておきましたお召し物のサイズはいかがでしょうか?」
ロコは終わりかけだった身支度を済ませ、扉を開けて伝えに来てくれていたルークに状態を見せた。
「はい、大丈夫です。すいません、私が着ていた服までお世話になってしまって。改良にかかった料金はお支払い致します。もし手持ちで足りないようでしたら働いてお返ししますので、どうかご容赦頂きたく」
ロコは深々と頭を下げてお礼を言う。
しかしルークはロコに頭を上げるように言って、意味深な一言を告げた。
「はい、料金に関しましては旦那様からお話があると思いますので、直接ご相談なさって下さい。それでは早速ですが食堂の方へご案内させて頂きます」
◇
食堂では既にロフガンとマリベラ、そしてノイリアが座って待っていた。
どうやらノイリアは長風呂しないらしい。
ロコが失礼にならないように時間をかけてしっかりと体を洗ったにしても、それより早く身支度を整えて待っているとは一種の才能である。
ロコは案内された食堂で待っていたノイリア達に遅れたことを謝りつつ、4人がけのテーブルにノイリアと並んで座った。
「さぁ、みんな揃ったことだし頂くとしよう」
「「「頂きます」」」
料理は特に目立ったものはなかった。
一般家庭が食べるような献立ばかり。
しかし調理人の質が違う。
「·····これは、どれも美味しい。料理としては慣れていたはずなのに、何を食べても舌が驚いています」
「ロコ君は食事の感想も真面目だね。うちの料理人に後で伝えておくよ」
「遠慮なく食べてくださいね」
「ロコさん! この料理は少しだけ手伝わせて頂きました! こんなことしか出来ませんでしたが感謝の気持ちです!」
以降はロコが色々と質問されては答え、合間に食事をしてと楽しい時間を過ごしていた。
その中にはノイリアを助けた話もあり、やけに脚色したがるノイリアをロコが真顔で訂正を繰り返し、ロフガンとマリベラがそれを見て微笑む、そんな和やかな雰囲気で食事は進んでいった。
そして食事が終わり、食後のデザートを待っていた時、ルークに言われた事を思い出したロコはロフガンに話しかけた。
「すいません、私の服を改良して下さっているとお話を聞きました。料金の方、払える額でしたら早いうちに済ませておきたいのですが」
「あぁ、その件か。料金にすればざっと金貨10枚ってところだね。それに勝手ながら、改良ではなく、元の服をモデルにしたオーダーメイドを作っているんだ」
この世界における貨幣価値は金貨1枚が銀貨100枚の価値を持ち、銀貨1枚が銅貨10枚の価値を持つ。
ロコの普段使っていた杖は銀貨5枚の物である。
金貨10枚と聞いて驚かないわけがなかった。
「じゅっ! ·····こほん、失礼しました。愚考致しますに、この行為は何らかの意図があってのことと思います。単刀直入に聞きます、私にこなせる仕事ですか?」
ロコはロフガンの使った金貨10枚が、商人が使った金貨10枚だと理解していた。
商人が金を使うのは、基本的に商売の時だけである。
例外があるとすれば強引な交渉、先行投資という信頼の買付の2択だと考えられる。
ロコは今回の金貨10枚が前者だと考えていた。
「ふむ、ロコ君はほんとに頭がいい。質問に対する返答だが、君次第だと言わせてもらおう」
「ロコさん、ノイリアの置かれている状況はご存知ですか?」
ロフガン、マリベラと順に問いかけてくる。
「ノイリア様から伺いました。20歳までに成果が出なければ結婚しなければならない事を。そして成果を出すために冒険者を目指したのだと」
「その認識で大体あっているよ。違うのは1つ、成果を出しても結婚する事に変わりがないところだ」
「別に煙に巻きたいわけじゃないんです。ロコさんなら分かって下さると思いますが、20歳までに結婚していないと行き遅れ扱いされますね? そうなったノイリアに結婚してやるなどと言って、他家は恩を着せて縁を結ぼうとします」
ここまで来てロコは大体の話の流れが掴めてきたと感じていた。
普段着を金貨10枚かけて強化する、つまりそれが必要な立場に据えるということを意味している。
そしてノイリアの結婚の話は、相応しい相手ができるまで悪い虫を排除すること。
さらに深読みするのなら、最終的な結婚相手として自分を据える可能性がある、とそこまで考えていた。
しかしその推理は見事に外れる。
「私の仕事は基本的には護衛という形になりますか?」
「いや、違う。もっと特殊な仕事だ。2人が納得するならという条件が付くが·····」
「ロコさんにして頂くお仕事は、ノイリアを落として旦那様になることです」
「「·····はっ!?」」
予想外の言葉にロコとノイリアは同じ反応をした。
しかしその性質は真逆であった。
「お言葉ですが、私ではシューベル家に泥を塗ってしまいます。ノイリア様にも釣り合いの取れない年下の子どもと結婚したなどと、悪いイメージが付いてしまうかもしれません。私としましては、ノイリア様のお相手に足ると評価して頂いたこと大変嬉しく思います。ですが、ロフガン様とマリベラ様の大切な娘であるという事を第1に考えて差し上げて下さい」
「お父様、私の気持ちは決まっております。後はロコ様に認めて頂くだけです。お母様、私は既に落ちています。そしてロコ様の夢は救った娘に好かれる事だと聞いております。私もその1人になれる資格はあると確信しております」
お互いに言葉を発し、顔を見合わせた。
ロコは赤面し、既に赤くなっていたノイリアは微笑んだ。
ロコの口からはノイリアを嫌がる言葉が無かった。
ならばこの反応は脈アリと取られても仕方がなかった。
ロコは本気で自分が釣り合わないと感じていたが、ノイリアにここまで言われてごねる程愚かではない。
「申し訳御座いません、前言を撤回させてください。私がノイリア様に釣り合う男になることに致しました」
そう言って頭を下げた。
釣り合わないなら釣り合うだけの努力をする、それを認めてくださいという気持ちを込めて。
「時にロコ君、ギルドの受付嬢と面白い賭けをしていたよね? 確か後10日間の内にレイガム地下ダンジョンを攻略するとかなんとか」
「私達はそれに乗ろうと思います。もしノイリアと共にレイガム地下ダンジョンを攻略できたのなら、ノイリアの成果を十分と見なし、自由な結婚──ロコさんとの結婚を確定します。もしダメだった場合、ロコさんにはノイリア専属の執事になってもらいましょうか」
マリベルが言ったことはこうだ。
「絶対に攻略しろ、さもなくば飼い殺す」と。
ノイリアが何か言おうとしたが、手で制したロコの真剣さに何も言えなくなった。
マリベルの言った事は明らかな命令だが、ロコはこれが試練だと感じていた。
大事な娘を嫁として送り出すのだ、親としてはその相手を見極めたいのだろう。
初心者冒険者が講習の合間にダンジョン攻略という、普通の人間なら不可能な事でもやってのける力はあるのかと。
幸いロコにはそれを可能とする力が備わっている。
必要なのは覚悟と努力だけだった。
「先に申し上げておきます。ロフガン様、マリベラ様。ノイリア様の事は私が一生幸せにします。今度このお屋敷に伺う際には、お義父様、お義母様と呼ばせて頂きます」
ロコがそう言い切ると、ノイリアは頬に手を当てて潤んだ瞳で見上げた。
ロフガンは納得顔だがマリベラは心配そうな顔をしていた。
マリベラも無理を言った自覚はあったのだろう。
ロコは畳み掛けるように言葉を紡ぐ。
「もちろん、条件にあった2人でというところを抜かすつもりはありません。ノイリア様にも戦って頂きます。ウェポンマスターに支援型魔法使いが揃っているのです、強化されたノイリア様を止められる者はおらず、ノイリア様を守る私は絶対に倒れません」
ロコの言葉に気持ちを新たにしたノイリア。
そんなノイリアを見つめていたロフガンとマリベラは、娘が冒険者になって外の世界を学び始めたことで、成長していい男を連れてきたと理解した。
2人が心の中でロコを息子と認めた瞬間だった。