3 初心者講習
ダンジョンから出て宿に寄ったロコとノイリアは、杖無しでブーストをかけながら王都に向かって走っていた。
ロコは1度に3回まで、魔法陣が消える前に同じ魔法を発動できるらしく、2人一気にかけては発動を待つことを繰り返していた。
しかし2人のブースト重複が5回になった時、ロコのMPが無くなった。
厳密には完全になくなったわけではないが、MPが0になると自然回復が止まってしまう。
1でも残っていれば時間経過で回復するのだが、0になってしまった場合は意識を失うまで回復が始まらない。
だからロコはその事をノイリアに告げ、5回ブーストが重複している間に全力で走った。
おかげで歩けば2時間だった道のりが、20分程でついてしまった。
「王都ですか、初心者講習講習の申し込み以来です。なんだか懐かしく感じてしまいます」
ロコは王都へ入るための列の最後尾に並んでいた。
門のところでは身分証の確認をしている門番が2人、夕暮れ時で入場を求めるたくさんの人達を捌いていた。
幸い大荷物を運ぶ商人や、高価な馬車に乗る貴族らしき者も居ない。
ロコとノイリアは数分並んだだけで王都に入ることができた。
王都は城を中心として円形に貴族が住む城下町が広がり、その外側に外周区と呼ばれる平民の住む区域が存在する。
上空から見れば、城の周りの堀を含めて三重丸に見えることだろう。
土地はかなり広く、城下町に4つと外周区に8つの計12店もギルドの支部が存在する。
その原因は国土の広さ以外に、外周区の方角ごとの特色にあった。
ロコたちが来た門のある東側は、治安が良く初心者冒険者に優しい友愛地区になっている。
南地区は冒険者達の修行の場、学校や道場がある修練地区。
西区は治安が悪く、スラムがある荒廃地区。
北区は隣国に繋がる道、途中にログニラ山が聳え立つ国交地区。
このように方角によって役割が決められているため、各方面に最適な依頼が入るようにギルドを複数設置し、ニーズに合わせた運営ができるように工夫されていた。
東区の門のすぐ近くにある冒険者ギルドに入ったロコ達も、友愛地区特有の暖かい声に迎えられた。
「おっ、駆け出しかぁ? 遅くまで大変だったなぁ!」
「おいおい、2人だけで行ったのか? 無理するなよ!」
「おう坊主! 可愛い嬢ちゃん連れてるな。ケガぁしなかったか?」
「ほらほらみんな、心配なのはわかるが邪魔になってはいけないよ」
みんな誰だかわからない冒険者だが、ロコとノイリアの2人を案じてくれていることが良くわかる。
東区には冒険者みんなが助け合い、敬意を持って他人と接する、そんな人達が集まるギルトがあった。
「ご心配おかけいたしました。特に大きな怪我もなく帰ってくることができました。彼女も治療済みですので、衣服については目をつぶってくれると助かります」
ロコが全体に向けて放った言葉は、ギルド内の冒険者と職員全員がわざとらしく目を隠したことで笑いに変わった。
話に上がったノイリアは、恥ずかしそうにしながらも嫌そうではなかった。
そんな軽いやりとりに心を落ち着かせ、ロコは空いていたカウンターへと向かう。
ここからはステータス確認を行うので、ノイリアは別のカウンターに向かった。
「お帰りなさいませ、騎士様! 護衛任務ご苦労様です!」
「はい、ただいま任務を終えて戻りました。姫様におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「·····ぷふっ! ダメです! 相変わらずロコさんはロコさんでした!」
カウンターにいたのは、ロコが初めて来た時に担当してくれたニーナという受付嬢である。
17歳で受付嬢歴2年目、成人してから働いている。
ロコが最初に来た時にからかわれ、今と同じく真面目に返して笑われていた相手である。
その時は新人という事で注目されていたロコの真顔の冗談に、その時ギルド内にいたみんなが笑ったことを覚えていたようだった。
「ええ、私は簡単には変わりませんよ。頑固なキャラで行こうと思っていますので」
「真顔で言うのやめてくださいよー!」
ニーナはロコがツボなのか、話す度に楽しそうに笑っている。
これはこれで楽しいのだが、まずは用事を済ませたい。
「すいません。楽しむのはこの辺で一旦やめまして、本題の方に入ろうと思います」
「もしかして本当に護衛依頼だったんですか?」
ニーナはロコの用事を依頼報告と思ったらしいが、ノイリアの護衛は個人的な依頼であってギルドを介するものではない。
ロコは首を横に振ってから用件を言う。
「適性検査の方をお願いしたいんです。それと印刷もお願いします」
「あぁ、ダンジョン講習始まって8日ですもんね? 男の子的には強さが気になってしまいますよね!」
そう言って笑うニーナは四角い板のようなものを用意する。
これは魔力からステータスを読み取り、それを表示する道具である。
ローガニアでは紙が普及しており、表示したステータスを印刷することもできる。
紙の生産は安定しており、依頼書は全て紙が用いられている。
ステータスチェックをする大半の冒険者はギルドカードに転写するだけなのだが、印刷の需要ももちろんある。
これからノイリアの家に招待されるロコは、身分証だけでは信頼するには足りないだろうと、ステータスを印刷して提示しようと考えていた。
このように身分証よりも誠意を示す事ができると、城下町に入る人間は基本的に用意するものなのだ。
ニーナはロコが紙に印刷して、誰かに自慢しに行くとでも思っているのだろうが。
「それでは魔道具に魔力を流してください」
王都までの道のりで消費した魔力はまだあまり回復していないが、消費されるのは数値にして3くらいである。
余裕があるとわかっていたが、ロコは3に合わせて魔力を注いだ。
魔道具はちゃんと機能を発揮し、ギルドカードに記録され、紙に印刷された。
「ふむ。まだまだこんなものですか。レベルとは上がりにくいものですね」
「そうですか? 8日ですとまだ3層くらいですよね? ほとんどゴブリンだけの階層で1日1レベルペースは十分に早いです!」
ニーナはこう言ってくれたが、ロコは納得できなかった。
ロコのレベルは現在8に上がり、ジョブは変わらず支援型魔法使い、備考枠には魔力上限上昇補正Aと書かれていた。
この世界のステータスはレベルと備考枠に表示されたスキル、全体的な検査結果から表されるランクの3つしか変化の見れる部分が無い。
また先天性のスキルは産まれて初めて行う適性検査にしか表示されない。
なのでロコはレベルが上がると魔力の上限が上がりやすいスキルしか持っていないように見えていた。
そして肝心のランクについては先天性のスキルは考慮されないため、初心者講習の最初に調べた時から1つ上がってEとなっていた。
「単独でオークが限界ですか、まだまだ修行が足りませんね」
「単独でオークが撃破できれば中級も目の前ですよ! 命は大事にして欲しいですが、これからも頑張って強くなって下さい! いつかオークの群を討伐できれば、ロコさんも中級冒険者の仲間入りです!」
ニーナはいつかと言ったが、今のロコにもオークの群れの討伐は難しい事ではなかった。
杖を複数用意して、マジックポーションをいくつか持っていけば簡単にこなせるはずだ。
ロコはまだブーストの3重がけまでしか訓練していなかったが、それで十分だと確信していた。
ブーストは体全体の能力を向上させ、それを重ねがけすれば平時との齟齬が大きくなる。
脚部の部分強化をされた冒険者が、予想以上の力の上昇に対応できず、蹴り足で地面を踏み砕くと言うようなエピソードはとても有名である。
強化状態に慣れる訓練を積まなければ、強化された能力を活かすことができない。
この点も強化魔法が人気の薄い理由である。
危険な状態に追い込まれているにも関わらず、仲間からの強化魔法についていけずに自爆など目も当てられない。
強化魔法は常時発動させるか、普段から強化に慣れてる人に使うくらいしか出番がないのだ。
ロコも強化魔法の使い手として、いつでも自分が動けるようにブーストの訓練を行っていたのだ。
ロコはわざわざ教えることでもないだろうと考えたため、ニーナが事実を知ることは無かった。
「はい、精進します。ところで私がレイガムで活動していた間に、何か変わったことはありましたか?」
ニーナは親切に王都の各地区の細かい事件について教えてくれているが、ロコは話を聞きつつも意識をノイリアに向けていた。
ノイリアの並んだ列が予想以上に時間がかかっていたのだ。
自覚してそこに並んだかわからないが、受付嬢を観察してみれば胸元に研修中と書かれた名札をしているのが分かっただろう。
そんな列に多くの冒険者が並んでいるのは、受付嬢に経験を積ませるためだ。
それを察せなかったノイリアは長い列を並んで待っている。
「ニーナさん、お話して頂いているのに遮ってしまって申し訳ありません。1つ尋ねたいのですが、あちらの新人受付嬢の方はいつ頃から?」
気分よく話していたニーナだったが、ロコの質問した受付嬢の方を見て納得したように話し始めた。
「あの子はクルちゃんですね。歳は16の王立ローガニア学校を出た子です。出身は西区らしいですよ」
ロコはその簡易的な説明から、クルという女の子は苦労してきたんだろうと感じていた。
西区に住む住民に裕福な者はほぼ確実にいないと言われている。
そんなところで育ったものが、学力重視の王立学校に入るにはかなりの努力を必要とする。
王立学校は城下町の貴族用と、外周区にある一般用の2つがある。
違いはほとんどなく、装飾に金がかかっているか否かの違いである。
王立学校は学力の高いものに無償で知識を提供する。
学費や諸々の必要な道具を揃えるための金を国が負担しているのだ。
入学資格を得てから学ぶことに専念すれば、成績いかんで城下町の職に就ける可能性がある。
定期的に行われる王立学校の行事は、将来有望な生徒を引き抜くための場であることが多く、知識だけでなく他にもアピールできる技術があれば、学校を自分を売り込むための舞台として利用することもできるのだ。
それを狙って入学する者も多く、入学可能人数が絞られ、倍率は毎年10倍を超える。
ちなみに全寮制のため若すぎると入学できず、入学可能最低年齢は11歳である。
留年せずに卒業出来れば、最年少の生徒が卒業時には丁度成人となるように考えられている。
その事を鑑みると16歳で働いているクルは、とても優秀であると考えられるのだ。
「クルさんはとても優秀そうですね。冒険者の方々も経験を積ませてくれるようですしすぐに看板受付嬢になってしまうかもしれません。ニーナさんはそろそろ出世しないと危ういかもしれませんね?」
「ロコさんがここに来てくれる限りは受付嬢でいるつもりですよ? 看板は譲ることになるかもしれませんがね。·····私はまだまだ上に立てる器じゃないですし」
「そうですか·····。でしたら、私がギルドマスターと話せるような立場になる頃には、ここのギルドマスターはニーナさんになっているって事ですね?」
ロコの言葉に首を傾げたまま固まる。
「ふふっ。ニーナさん、私はすぐに強くなりますよ? ギルドマスター直々に様々な依頼をされるくらいになる予定です。カウンターにあまり寄らなくなる私を担当するつもりなら、ギルドマスターにでもなってもらわないと話をする機会が激減してしまいますよ。·····待っていますからね?」
そんな挑発とも取れる言葉にニーナは我に返った。
少し怒ったのか顔が赤くなっている。
「·····もう! ロコさんは冗談が冗談に見えないんですから、もうちょっとわかりやすくしてください!」
ニーナは目を閉じてそっぽを向いてしまった。
しかしロコはそんなニーナをじーっと見つめる。
「·····わっ! ·····ふんっ、見てたってダメです! いじけちゃいましたから!」
薄目を開けてこっちを見たのか驚きの声をあげた。
けれどすぐに元のポーズに戻る。
「·····そうですね。わかりました。初心者講習が終わるあと10日間の間にギレニア地下ダンジョンのボスを倒してきましょう。確か地下15階のボス部屋にゴブリンキングとオークキングがいるんでしたよね? その達成をもって私の言葉が嘘かどうか判断して下さい」
ロコは普段より大きな声で宣言した。
その声は受付の近くに居た者には聞こえていただろう。
反応は2種類、無謀と心配するか、勇気があるとニヤニヤ笑っているか。
どちらも嫌味な感じがしてこないのが東区のいいところだとつくづく思う。
「はっ!? ちょっ、ちょっと待ってください! いじけるのはやめるんでそんな危ないことしないでください! それともお得意の冗談でしたか·····?」
思いもよらないロコの宣言に、受付嬢だということも忘れ大声で止めるニーナ。
その声に注目した人の中で、当人のロコが至って真面目だと気付いたのはギルド職員の数人だけだった。
理由は表情だけではない。
ロコの体内を暴れ出した魔力の流れを見ていたからだ。
ギルドではイザコザが起こる支店も存在する。
職員はそれにいち早く気付くため、魔力を見ることができる種族のエルフを多く職員に迎えている。
東区もエルフを数人雇っており、ロコの様子に気付いたのはエルフ職員達だった。
加えて別の見方でわかった者がもう1人いた。
「·····彼は努力ができる人だ」
ロコ達がさっきまで話題にあげていたクルである。
クルが仕事をしながらそう呟いたことに誰も気付くことはなかった。