2 初心者講習
初級ダンジョンと言われるレイガム地下ダンジョンは、初級と呼ばれるだけあって魔物はEランクまで、広さは半径5キロ程である。
この世界の魔物はS~Fまでランク分けされており、代表魔物がランク毎に決められている。
Sランクにはドラゴン、Aランクにはワイバーン、Bランクには地竜と上位3ランクはドラゴンが代表になっている。
Cランクは吸血鬼、Dランクがオーガ、Eランクがオーク、Fランクがゴブリンと二足歩行の魔物が代表になっている。
レイガム地下ダンジョンでは、代表の魔物であるオークとゴブリン、稀にスライムしか出てこない。
3層から上に戻るならゴブリンばかりが出てくることになるだろう。
そんな魔物などロコがブーストをかけるだけで、2人に簡単に倒されてしまう。
またブーストのおかげで歩く速度やスタミナも底上げされ、すぐにダンジョンの出口近くまで来ることができた。
「ノイリア様、そろそろ出口につきます。出てからのご予定をお伺いしてもよろしいですか?」
「私もその話をしようと思っていました。ロコさん。助けて頂いたお礼をしたいので、宜しければディナーをご一緒して頂けませんか? 少し遅い時間ではありますが、王都の家にご招待したいと思います」
あの後ロコはノイリアを様付で呼び、ノイリアはロコをさん付けで呼ぶことになった。
ノイリアは様付を断り切れず、ロコは様付を断り切ったのだ。
数回の戦闘を経て気心は知れてきたと思うが、ロコの言葉遣いは変わることが無く、ノイリアもそれに慣れてしまっていた。
「ご招待、喜んでお受け致します。しかし私達は命懸けで戦ってきたばかり、身だしなみを整える時間を頂けないでしょうか?」
ロコの言葉にノイリアも自身の体を見回す。
所々が血で紅く染まり、防具もかなり傷付いている。
このまま家に帰ったら騒ぎになってしまうだろう。
そのことに気付かされたノイリアは困った顔をする。
「私は普段から実家通いなんです。お金も最低限しか持ち合わせていませんし、とても装備を整える余裕なんてありません」
今度はロコが困った顔になる。
ロコも今日は生活費を稼ぎにダンジョンに来ていた。
宿にも最低限の荷物しか置いていない。
着替えはあるが、とても貴族の屋敷に招待されて着ていくような服は持っていなかった。
レイガムからローガニアまでは徒歩で2時間程の距離がある。
ブーストを使うにしても食事時に間に合わせるにはほとんど時間が残されていない。
まだブーストしか強化魔法を使えないロコには、これ以上移動を早める方法がなかった。
その事は道中にノイリアにも話していた。
◇
「·····魔法重複ですか」
ノイリアがロコのブースト重がけの理由について説明された後にあげた声だ。
この世界において先天性のスキルはユニークなものが多い。
ロコの産まれ持ったスキルも支援職にしか意味を成さない魔法重複だった。
都合よく支援型魔法使いがジョブとなるなんて奇跡のような確率である。
魔法重複を十全に使いこなすための条件が整っていたロコだからこそ、3層においても落ち着いてノイリアを助けることができたのだ。
ロコは冒険者登録をしてからまだ20日しか経っていない。
ノイリアは15日で、ダンジョンでの講習に入ってまだ3日目だった。
たった5日の違いしかないのに、ノイリアはロコとの隔絶した差を感じていた。
「ええ、私は魔法重複のスキルを活かせるジョブに就けましたので、子どもの頃からの夢である人助けができて嬉しいのです」
「子どもの頃からって·····いえ、失礼ですがロコさんはお幾つですか?」
「先日15になったばかりで、一応成人です」
この世界では15歳を成人とし、冒険者登録に必要な年齢とされている。
そのギリギリの年齢であるロコを、ノイリアは心の中で「まだ子どもじゃない」と思ったが、すぐにその考えを改めた。
ノイリアは18歳である。
決まりとしては成人を15歳としているが、大人として見られるのは20歳を越えてからである。
一般には子どもと見られるノイリアは、しっかりしていると大人達には褒められている。
しかしロコには敵う気がしない。
歳下のロコに頼りなさは無く、3層から頼りにしっぱなしのノイリアには、子ども扱いすることはできないと思ったのだ。
「私はまだ未熟です。初心者講習ではブーストしか習えていないので、ヒールは独学です。魔法を2つしか使えない接近戦主体の魔法使いなんですよ」
ロコは自嘲気味にそう語る。
ノイリアはその言葉に疑問を覚えた。
「もしかして支援型魔法使いはマイナージョブですか?」
「はい、その通りです。支援特化の魔法使いは存在しないようです。支援型魔法使いが覚えられる魔法は、魔法使いと僧侶を足して2で割った感じで、強化と弱体化、回復全般となっています」
「そんなっ! 初心者講習で教えて下さる先生はパーティーに2人まで、魔法使いと僧侶が来ることなんて有り得ないじゃないですか!」
ノイリアが嘆いていたのは、初心者講習にあたる冒険者の割り当て方法にある。
講習に申し込んだ者達の中で4人のパーティーを組み、そこに依頼を受けた冒険者2人が指導に入る。
ギルド側でパーティーに合わせてある程度ジョブを振り分けるが、初心者講習の目的はダンジョンを通して冒険者の基礎を教えることにある。
1人1人のジョブに合わせた指導をする訳では無いのだ。
それがマイナージョブならジョブに関して何も教わることができない場合がある。
ロコはそれを見越して独学で魔法を学んでいたが、それでも20日間でヒールしか会得することができていなかった。
「まぁ私は人助けのために冒険者になりました。与えられたジョブに嘆くのではなく、努力をもって夢を成したいと思っています」
ロコはノイリアの瞳を真っ直ぐに見つめ宣言した。
絶対に意志を貫かんという心構えが見えるようだった。
ノイリアは眩しいものを見た時のように目を細めた。
「ロコさんは目的があって冒険者を目指したのですね。私とは全然違います」
ノイリアはそう言うと、ロコの目線から隠れるように背中を向けて歩き出した。
「私は名前から分かるように貴族の娘です。それも戦うことなど知らない商家に産まれた三女です。冒険者にならなければ20歳の誕生日に誰ともわからない相手と結婚させられることでしょう」
ロコは黙ってノイリアについて行く。
「だから私は冒険者になり、王都から離れた場所に行こうと考えています。そのために初心者講習を受けて15日、センスのなさを感じて自主練習しに来ていたのです」
ロコが何か言おうとすると、ノイリアは急に振り返った。
その顔には困った様な表情を浮かべている。
「私には冒険者になる理由がほとんどありません。ただ王都から逃げる理由にするためだけに目指しているにすぎません。魔物を殺す度胸もなく力も技もない。ロコさんとは決定的に違うのです」
ノイリアは1度俯き、すぐに顔を上げた。
今は何故か笑っている。
「初心者講習の最初、平原での訓練は対人戦でしたよね? 私のジョブ──ウェポンマスターはかなりのレアジョブらしくて期待されていました。模擬戦ではどんな武器でもその癖を理解して使いこなし、相手の武器から予想して動くことができました。つまり負け無しだったんですよ」
「それがダンジョンでは通用しなかった、と言う事でしょうか?」
「その通りです。私は貴族です。この歳まで苦労と言える苦労をしたことがありませんでした。ダンジョンに挑む準備の仕方や持ち込み方、魔物の倒し方からダンジョンマナーに至るまでなんにも知らない世間知らずです」
ノイリアの告白はまだ続く。
笑顔は既に隠れてしまっていた。
「今日だって初心者講習での疲れを残さないために与えられた休日を、戦いに慣れるどころか死にかけてロコさんに助けられました。やることなすこと全てが裏目に出てしまいました。正直自分が嫌になってしまいます」
それは戦っている時にも感じていた諦観。
自分はこの程度だと諦めた者の考え方。
ロコはそれを感じ取っていた。
そしてノイリアを励ましたいと思った。
「ノイリア様。少し私の恥ずかしい話を聞いてください」
ロコはそう言って了承も取らずに語り出す。
「私は英雄譚が好きでした。どんな作品も英雄が問題を解決し、様々な人の未来を作ってきました。しかし必ず誰かが死んでしまいます。寿命ではなく、誰かの思惑のために。それを読んで私はいつも疑問に思っていました」
「疑問ですか?」
「ええ、彼らは何故その人を死なせることになったのでしょう? 本当に回避できないことだったのでしょうか? 私は不可能ではないと思います。英雄に頼りきった仲間が、英雄に並び立とうとしないから1人で頑張るしかなかった。英雄の足りない所を助ける人がいなかった、そう思っています」
ノイリアは愕然とした。
英雄が犠牲を出してしまったのは1人だったから。
仲間がいても彼に追いつこうとする気概がなかったから。
そんなこと考えたこともなかった。
そもそも英雄譚は英雄が主人公の物語。
仲間は英雄を支え、基本的には指示に従って動く。
決して英雄と並び立つことはなく、英雄の考えを理解する者はいない。
それは孤独を耐え抜く英雄を際立たせる。
しかし英雄を孤独に追い込む、人間の醜さを表した物語とも見れる。
強大な力を持つ1人にすべての責任を押し付け解決を強要する、救いのない物語と語った学者が現にいた。
その学者の名前がなんだったか、ノイリアには思い出せなかった。
「幸い私は支援を専門にした魔法使いです。いつか英雄と旅する時が来たら、支え合い共に歩める存在でありたいと努力しているのです。それまでは手の届く範囲で人を助けていこうと考えています」
「それのどこが恥ずかしい話なのですか?」
「·····私が本当に憧れたのは、英雄が助けたお嬢さんと結ばれるというところです」
ノイリアはその言葉を吟味して頬を赤らめた。
ロコはそんなノイリアを見て同じく頬を赤らめる。
「いつか私が助けた女性に好意を持たれてみたいですね」
◇
ノイリアはロコの夢の話を思い出し頬が紅潮する。
ロコが助けたのは、ノイリア。
今回はヒロインだと言える。
これから家に呼ぶ事が別の意味に感じてしまう。
「ノイリア様、とりあえず宿に荷物を取りに行きたいと思います。服装に関しては誠に失礼ながら比較的まともな私服で参りますので、御主人様に直接謝罪させて頂こうと思います」
「ありがとうございます、ロコさん。私の我儘なのに何もかも頼ってしまって。宿までご一緒させていただいても宜しいですか? 正直まだ怖いので」
そう言ったノイリアの前で組んだ手が震えていた。
強く握って抑えていたのか、くい込んだ爪痕が残っている。
ロコはその手を両手で包み込み、優しく解いた。
「もうダンジョンの出口も見えていますが、はぐれないように対策させていただきますね」
ロコはノイリアの手を取って、出口に向かって歩き始めた。
出口からは光が指し、横道もない。
ノイリアは絶対はぐれない道をエスコートしてくれるロコの優しさに甘えた。
そして見た目に反して大きな背中のロコに手を引かれ、ダンジョンから脱出することができた。