繰り返される銃声
ここは英国のとある探偵事務所の一室。私は、長い間憎み続けた彼に、銃口を向けていた。
「……これは一体どういうことだい、メリッサ」
「私の一家を殺したのは貴方でしょう?気がつかないとでも思っていたのかしら」
「そうだな、君の優秀な頭脳なら気がつかない方がおかしい。そうさ、あの日、君の一家を殺したのは私さ」
そうしていつものように彼は笑う。この笑顔を見るのも、もう何度目だろうか。
やけに淡々と話が進む。これもいつも通り。もう慣れてしまった。
私の一家は10年前、何者かによって虐殺された。何故、誰に殺されたのか。この事件は解決されず迷宮入りとなった。しかし、私は犯人を知っている。犯人は、探偵事務所のオーナー、アイザック。目の前の彼である。私は何度も警察に訴えたが話を聞いてもらえなかった。
彼は名の知れた探偵で、彼によって解決された難事件は星の数。警察からの信頼は絶大であった。そんな彼に一般人の私では勝てない。自分の立場を上手く使ってやり遂げられた犯行だったのだ。私は彼を憎んだ。怒りと憎しみでどうにかなってしまいそうだった。彼が、のうのうと生きているのが許せなかった。
だから、私は彼を殺そうと思い至ったのである。
ここまで来るのにそう苦労はしなかった。彼の元へ助手として転がりこみ、彼からの信頼を得る。その間に銃の知識を身につけ、ただ復讐のその時を待っていた。まさか恋人関係になるとは思わなかったが、これも好都合。愛しあった筈の相手に裏切られる様はさぞかし愉快であろう。私は彼を愛するフリをしながら、心の中でほくそ笑んでいた。
だから、私がここで引鉄を引いても、心が騒ぐことはない。
「言い残すことはないかしら。アイザック」
「言い残すこと、か。そうだな……」
彼はそう言うと、椅子から立ち上がった。私はそれに合わせて銃を持つ両手を動かす。
……本当はその必要なんてないことも、私は知っている。
彼は私の元へ一歩一歩近づいてきた。それに合わせて私は足を後ろへ動かす。そうしているうちに壁まで来てしまったようだ。もう下がれない。最期の時まであと少し。
遂に彼は私の目の前に来た。私の銃を持つ手を掴み、右へずらす。
「最期に言いたいことはただ一つ。……愛しているよ、オリビア」
そう言って彼は私に口付けた。今更彼が私の本名を知っていることにも驚かない。
そのまま彼は私の手を動かし、銃口を自身に向ける。私はそのまま引鉄を引いた。
ずるい。彼は最期までずるい。私はこうして彼を殺すたびに同じことを思う。
私は自身の方に銃口を向け、目を閉じる。
私だって、愛していた。最初は彼を殺す為に彼からの愛を利用してやろうとしか考えていなかったが、いつの間にか私も彼を愛するようになっていた。もっともそのことには、彼を初めて殺す時まで気づかなかったのだが。
ここは物語の中の世界である。そのことに気づいたのも初めて彼を殺し、自身の命も絶った後。死んだ筈なのに、目を開けると私は自室にいて、日付は巻き戻っていた。
物語は誰かが読む度に繰り返される。私たちは何度も何度もこの物語を繰り返し、私はその度に彼を殺してきた。何故か私だけ繰り返される前の記憶を持っているのだが、それは私が主人公で特別だから、なのだろうか。
まぁ、そんなことはどうでもいい。私が次に目を開けたら、また彼と愛しあえるのだ。結末がどうであろうと、私はまた彼に会えるのならそれでいい。
一つ息を飲み込んで、指に力をこめる。さようなら、何回目かも忘れた世界。アイザック、今すぐ貴方に会いにいくわ。
お読みいただきありがとうございます。
こちらに本編では書ききれなかった設定を多少載せておりますので、気になる方は一度読んでみてください。大したものではないですが。
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