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懸想する殿下の溜息  作者: 森崎緩
後日談
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マリエの探偵物語:アロイス編

「ご相談したいことがございます」

 マリエは主の目を盗み、近衛隊長に持ちかけた。


 するとアロイスは夜更けを待ち、仕事の後のマリエを城の書庫に招き入れた。

「殿下には聞かせられぬ相談のようですから」

 常に人気のない書庫は、人目を忍ぶ話し合いには適している。二人は簡素な椅子に向き合って座り、揺れるランタンの明かりの中で話をした。

「それにしても。あなたがこの私に相談とは珍しい」

 アロイスは微かに笑んでそう言った。

「殿下でも弟君でもなくあえて私にとは、いかような話でしょう」

「……他でもない、殿下のことでございます」

 マリエは緊張しつつ切り出した。

 アロイスとも同じ城に勤める者同士、長い付き合いではあるのだが、こうして二人きりになると空気が強張る。

 思えば彼と二人で話す時、話題はいつも同じ人物のことだった。

「昨夜、殿下のお部屋へ伺ったのですが、どうもご様子がおかしくて――」

 カレルの昨夜の様子について、マリエは掻い摘んでアロイスに打ち明けた。


 廊下で聞いた大きな物音、散らかった部屋、開け放たれた窓――その他、気づいたことなどを告げてみる。

 それらをアロイスは眉一つ動かさずに聞いていた。


 そしてマリエが話し終えると、腕組みをしたまま静かに口を開いた。

「それで、あなたはどうしたいのですか」

「えっ……どう、と仰いますと?」

「殿下のなさっていたことを知って、どうするつもりなのですか」

 アロイスは訝しげというより、不審がっている様子だった。

「あの方について詮索するなど、あなたらしくもないことだ。私としてはその了見をまず聞きたいところです」

 マリエはその指摘にはっとする。

 彼の言葉は正しい。カレルの身を案じてあれこれ悩むならともかく、カレルが何をしていたのか知りたくて勘繰るというのは品のいい振る舞いではないからだ。ましてや当人の知らぬところでこそこそ嗅ぎ回るのならば尚更だろう。

「わたくしはただ、気になったのでございます」

 正直に答えれば、アロイスは眉を顰める。

「気になる、とは?」

「つまり……殿下がわたくしに隠し事をなさっているのではないかと……」

「あの方ももう子供ではない。隠し事の一つや二つお持ちでしょう」

 アロイスはそう言って、マリエに向かって微かに笑んだ。

「近頃、あなたはその身をもって思い知ったはずではありませんか」

 マリエは黙って俯く。


 カレルが長らく秘めてきた『隠し事』を明かした後、マリエの周囲には様々な変化が起きた。

 主の為に心を砕いて空回りしたこともあれば、自らの想いを持て余して煩悶したこともあった。そして全てが丸く収まった今、カレルとマリエは幸福の只中に身を置いている。

 だが、その幸福さゆえに見失っているものもあったのかもしれない。


「出すぎた振る舞いだと言うつもりはありません」

 アロイスは淡々と続けた。

「あなたが知りたいと口にさえすれば、殿下は何でも教えてくださるでしょう。あの方は何よりもあなたを大切に思っておいでだ。隠し事をするなとはっきり申し上げればよいのです」

「そんなことは……」

 望んでいない。マリエはゆっくりかぶりを振った。

「殿下が秘密をお作りになるのも、悪いことではないと思っております。わたくしは隠し事をされること自体が嫌なのではございません」

「では、何が気になるのです」

 そこでアロイスはまるで揶揄するように笑んで、

「あの方が、あなた以外のご婦人を連れ込んでいると不安になりましたか」

「いいえ。殿下はそんなことはなさいません」

 それについては確信をもって否定できた。

 言った後で、らしくもなくむきになってしまったことが恥ずかしくもなったが。

「そうでしょう。あの方は大変一途でいらっしゃいますから」

 アロイスもなぜか我が事のように満足げな顔をする。

「であれば、あなたが不安に思うことなどないはずです」

「不安だから、ではないのです……」

 マリエは言葉を選びながら反論した。

「あの、アロイス様からすればおかしな言い分であることは存じております。ですがわたくしは……殿下のことを、何でも知りたいと思うようになったのでございます」

 近侍としての領分からは逸脱した思いだ。

 カレルの言動に不可解な点、あるいは疑問があったとして、それを詳らかにしたいと思う気持ちを持つようになったのはごく最近のことだった。これまでのマリエであれば見て見ぬふりをしてきたはずだった。

 だが今は全てを知りたい。カレルについて、自分の知らないことがあるのが心苦しくもどかしい。

「あの方について知らないことがあるのが、どうしてか嫌なのでございます。わたくしは誰よりも殿下のことを知りたい、知っている立場でありたいと……全く欲深いことですが、そう思うようになってしまったのでございます」

 この度のことについてもそうだった。

 カレルが自分に隠し事をしているのが、寂しくてたまらなかったのだ。


 マリエがそこまで語ると、アロイスはなぜか難しい顔つきで押し黙った。

 ランタンの炎が照らす書庫の中、重く澱んだ空気がしばらくわだかまっていた。

 ここに来てマリエは我に返り、内心で慌てた。尋ねられたからとは言え、分不相応なことまで口にしてしまった。職務熱心なアロイスはそれで気分を害したのかもしれない。


 沈黙に堪えかねたマリエが反省の言葉を述べようとした時だ。

「……あなたから率直な女心を聞ける日が来るとは思いませんでした」

 アロイスが、今度は深く溜息をついた。

「あ、あの、わたくし、出すぎたことを……」

「いえ、微笑ましく聞かせてもらいました」

 うろたえるマリエに、アロイスは温かな笑みを浮かべる。

「そしてあなたの心情、私にも他人事とは思えません」

 意外な言葉に、マリエは思わず瞠目した。

 近頃のアロイスは以前と比べて丸く、柔らかくなったように思う。それが誰の影響によるものかは言うまでもないだろう。

「では、お話ししましょう」

 マリエが栗色の髪の令嬢の顔を思い浮かべたのとほぼ同時に、アロイスがそう切り出した。

「実は昨夜、私は殿下のお部屋におりました」

「――ええっ!?」

 更に意外な言葉が発せられ、マリエは声を上げてしまう。

 アロイスは唇の前に指を立てた後、落ち着き払って語を継いだ。

「奥の寝室に隠れておりました。気づきませんでしたか」

「ええ、全く……」

 思い返してみても、そんな気配は一切なかった。


 だが寝室に続く扉が開いていた覚えはある。あれは、そういうことだったのか。

 そして椅子が二脚倒れていたことにも説明がつく。

 マリエが訪ねた時、あの部屋には二人いたのだ。


「あなたが訪ねてきた時、殿下は私に隠れるよう仰り、全ての隠匿を引き受けてくださったのです」

 アロイスは悪びれもせずに続ける。

「秘密にしていて申し訳ない。興味本位の詮索なら、しらを切るつもりでした」

 どうやら自分は彼に試されていたらしい。マリエは驚きつつも、ようやく事の次第を把握しつつあった。

「では、アロイス様は昨夜、殿下と一体何を……」

 尋ねると、アロイスはもはや隠すつもりもないというように答える。

「実は殿下と、美味しいものをいただいておりました」

「美味しいもの……?」

「お夜食でございます。我々はお夜食を取りながら他愛ない話をするのが何よりの楽しみなのです」

 そしてマリエに微笑みかけながらこう言った。

「ですが、あなたはよい顔をしないだろうと思い、長らく秘密にして参りました」

 事実、カレルの食と健康を預かるマリエからすれば、自分の目を盗んでの夜食など感心できないことだ。だが健啖家のカレルがマリエの目を盗み、寝室に食べ物を持ち込んでいたことも一度や二度ではない。あのくらいの年頃であれば、たまには不健康な夜食を取りたくなることもあるのだろう。

 さしずめ昨夜の夜食は生のクルミというところだろうか。

「では、窓を開けていたのは……」

 マリエが尋ねると、アロイスは深く頷く。

「匂いであなたに知れてしまわぬようにと換気したのでしょう」

「そういうことでしたか」

 おおよその疑問が解けた。アロイスの説明はマリエにとって、十分納得のいくものだった。


 唯一気になることがあるとすれば、夜食くらいでどうしてそこまで必死に隠匿しようとしたのかという点だが――いつものカレルなら、やはり悪びれもせずに堂々としている気がするのだ。

 それも忠臣アロイスを庇う為というのなら、わからなくはないのだが。


「あなたは感心しないと思っているでしょうが、私にとっては殿下と腹を割って話せる唯一の憩いの時でございます。できればこの一件、あなたの胸に留めて今度も看過してはいただけませんか」

 アロイスに懇願され、マリエは残ったわずかな疑問を追い払って頷いた。

「たまにでしたら、わたくしも見て見ぬふりをいたします」

「感謝いたします、マリエ殿」

「ですが夜遅くにたくさん食べるのはお身体にも障ります。殿下もお若いとは言え、度が過ぎるとお腹が出てきてしまうかもしれません」

 マリエが懸念を示すと、アロイスはその言葉を待っていたかのように笑んだ。

「では、あなたが運動に付き合って差し上げればいいのです」

「わたくしが? いえ、わたくしは運動の類は全く……」

 自発的に身体を鍛えたことのないマリエは、困惑気味に応じた。

 だがアロイスはいい笑顔で畳みかけてくる。

「いえ、あなたにしかできぬお手伝いがございますとも。その通り、殿下に申し上げてみてください。ただし必ず、二人きりの時にです」


 後日、マリエはカレルと二人きりになったところでその話を持ち出してみた。

「殿下。わたくしがお付き合いできる運動というのをご存知ですか?」

「何のことだ」

「わたくしにしかできぬお手伝いがあると、アロイス様から聞きました」

 マリエがそう語ると、カレルはマリエの顔を検分するようにしげしげと見た。

 それから困り果てたように息をつき、

「アロイスから聞いたというのなら、心当たりはある。だがな」

 張り切るマリエに対し、何とも言えぬ苦笑を浮かべた。

「奴の厚意をありがたく受け取るべきか、お前に事実を教えてやるべきか、悩ましいことだ」

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