「カーテンお化け」
偏見だけど、小学生の方が現実と想像の区別はつかなさそう。そんな話です。
わたしは知っている。わたしは知っているのだ。
いま目の前にある薄布。その向こうに何が居るのか、わたしは知っている。
体育館の倉庫の片隅、もう使われていないのか乱雑に畳まれている布。『まく』やら『かーてん』やらと呼ばれているそれが、ぼっこりと膨れていた。いかにも何かが隠れています、と言った風だ。
それはふるふると、何かを怖がるかのように震えている。そんなことをしても無駄だ、わたしはお前が何なのか、とっくの昔に知っているから。
それは、カーテンお化けというものだ。
名前の通りカーテンなどの大きな布の下に潜み、近くを通りかかった人が居るとカーテンを纏ったまま跳びかかり、その人をその巨大な布で包み込んでしまう。そしてそのままその人を食べてしまう。そんなお化け……俗に言う妖怪や幽霊の一種だ。
わたしの情報源には対処法などは書かれておらず、幼い頃カーテンが怖くて、夜にはカーテンが気になり過ぎて眠れなくなる程だったが、わたしはついに知った。お前への対処法を思いついた。
だから、見ているが良い。そう念を込めて奴を見つめると、震えが止まった。近くにいるのが人間だと気づいたらしい。カーテンお化けは人間以外の動物……特に犬と猫……を怖がるのだと本に書かれていた。牙や爪が鋭く、カーテンお化けの住居であるカーテンを破いてしまうからだ。
そして、それを読んでわたしは思いついたのだ。カーテンお化けへの対処法を。
そう、カーテンを破いてしまえばよいのだ! そして、中のカーテンお化けを倒してしまえばいい!
天啓を得たわたしはすぐに筆箱からハサミを出して、此処、体育倉庫に来たというわけだ。ふふ、なぜこんな簡単なことを思いつかなかったのだろう。
お前の人喰いも今日でおしまいだ、カーテンお化け。『ゆいごん』とやらがあるならば言ってみるがよい。
そう言ってからハサミを軽く振り、がしゃがしゃと音を立てる。奴の体が大きく跳ねた。怖がっているらしい。今までこんな鋏を持った人間には会わなかったらしい。
ハサミを最後にもう一振りしてから腕まくりをする。両手でハサミを掴み、大きく刃を開いてから、布にぐさりと突き立てる。そこからじょきじょきと刃を通し、カーテンを解体していく。
中の物に刃があたった感触がした。直後、小刻みに揺れ続けていたそいつの震えが止まる。布切りの途中で襲ってこられると困るので、好都合でもある。奴を気にせずに、とにかくカーテンを細かく小さくしていくことに全力を尽くす。
ハサミによって作られた布の隙間から、奴の顔が少し見えた。
茶色の髪の女の子だった。泣きながら、恐怖を貼り付けた表情でこちらを見つめていた。なるほど、そんな見た目をしていたのか。人間に化けて人間を食べるとは、なかなか頭の良いやつだ。
しかし、わたしの大切な親友に顔を似せるのは頂けない。少し怒りを覚えたので何度かハサミで顔を刺しておいた。顔を真っ赤に染めて動かなくなったが、気にしない。
どうせ、カーテンをバラバラにした後はこいつもバラバラにするつもりだったのだ。手間が省けてラッキーだと思おう。
◆ ◆ ◆ ◆
私は教師だ。小さな町の小さな小学校で働く教師の一人。新米だというのにクラスを一つ任されている。それが小さな自慢だった。
想像していた以上に楽しい仕事で、子供たちと接することがとても楽しかった。こちらが楽しそうにしていれば、あちらも嬉しそうに笑ってくれる。生徒たちの笑顔を見るたびに胸の奥が暖かくなった。
その日はいつもと特に変わらない日だった。生徒たちに授業をして、昼休みには鬼ごっこに参加して、放課後にはある生徒からの相談を聞いていた。
それら全てが終わって、校内に残っている生徒がいないか確認していた時。私が受け持っているクラスの生徒であるその子は楽しげに私に近寄って来た。
ハサミを片手に持っていて、この子は何をしているんだろうと思いながら、注意した。
その子がとても嬉しそうだったので、帰らせる前に何をしていたのかを聞いた。聞いてしまった。
その子はとびきりの笑顔で、「カーテンお化けをやっつけた」と言ってくるのだ。
詳しく話を聞いてみると、隠れんぼの時に奴を見つけたから、幕ごとバラバラにしてやった、と不穏な言葉を聞いた、見に行ってみることにした。
その子には、帰りなさいと言っておいた。親御さんが心配しているはずだと思ったから。
今思えば、その判断は正解だったのだと思う。
私は教師だ。ベテランには程遠いけれど、子供たちに懐かれているという自信はあった。子供たちのことをよく知っているという自負もあった。
それなのに、これは何だ。
目の前には、あの子の言っていたとおり細かく切り刻まれた幕。そこまでなら、古いものだし特に困らない。あの子を少し叱る程度で良い。
原型を留めていないその布の下に、何かがあった。丁度、小学生くらいのサイズの何か。嫌な予感がしたが無視して、もっとよく見ようと布切れを取り除いていく。
頭の部分の布を取り除いて、人間だと気づいた。
服が完全に見えるようになって、それが先程からピクリとも動かないことに気づく。
それの上に乗っていた布を全て除いてから、それが子供の死体だと確信した。
真っ赤に染まった、ぐしゃぐしゃに切り裂かれた服。穴を開けたトマトのような頭。
それが着ている服には見覚えがあった。
──これは、この子は、私の生徒じゃないか!
口を抑えて、悲鳴を上げないようにするだけで精一杯だった。顔は原型を留めないほど切り刻まれていたが、それが、その少女が私の大切な生徒の一人だということに気づいてしまった。
──何で? 友達だったんじゃないの?
この少女と先ほど会った子は、とても仲が良い友人だった。いつも一緒にいて、一緒に遊んで、傍から見ても親友と呼べるほど仲が良かったのだ。
それなのに、その親友と呼べる少女をあの子は……殺したのだ。あの子の考えていることが全く理解できない。あの子……あれは、一体何なんだ?
──ああ、私は初めて自分の生徒を恐ろしいと感じている。
数日後、私は教師を辞めた。
◆ ◆ ◆ ◆
○月 ×日
今日は、朝からクラス中大混乱だった。
校長先生が来て、担任が変わる、というのだ。唐突過ぎて皆てんやわんやの大騒ぎだった。
新しい先生が来るまでは校長先生がクラスを持つらしい。
あと、今日もあの子は学校に来なかった。風邪でも引いたんだろうか。
ご観覧ありがとうございました。
今回は少しライトな、読みやすい感じを目指してみました。(実際にそうだとは言っていない)
では、またいつか。