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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第六章 笑え、この過酷であれど美しい世界で
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7・叩き斬れ、あの男のように

「テメェを殺すことだ。見せてやるよ、ここからはショータイムだ」

 涼原の胸から鳴り響いていたのは、《DF》内の自キャラクターが攻撃された際に発せられる警告音だった。

「何故だ。何があった……」

 慌てて涼原が胸ポケットから携帯電話を取り出し確認する。

 直後、あまりの衝撃に携帯を取り落としてしまった。いい気味だ。


「以前、あんたが言及していたウィルスだよ。《DF》の参加条件は俺達が想像していた以上に緩かった。

 本体を自分のスマートフォンにダウンロードし、キャラクターを作成するだけだ。たったそれだけで死のゲームへの参加は完了する。

 ダウンロードURLが満月にしか解放されないのはプレイヤー数の管理と神秘性の維持の為。その気になれば別に満月である必要さえなかった。そこに、テメェを殺す方法があった」


 ゲーム内で死んだ者は、キャラクターと同じ死に方をする。

 撃たれても焼かれても死なない涼原を殺す方法が、たった一つだけあった。


《DF》で、殺す。


 きっと今、涼原はゲームの中で怪物に襲われているのだろう。

 彼の分身のHPが0になった瞬間、如何に悪魔と言えども死ぬ。


「まさか……!」

「そうさ。用意周到なニヒルは準備していた。自動的に《DF》のアプリをダウンロードし、キャラクターを勝手に作っちまうプログラムを。プレイヤーが全く増えなかった時のためにな」

「そんな馬鹿な。不可能だ! 私の携帯電話は一般流通している物とは性能も回線も違う! このような短期間で侵入するのも不可能だし、そもそもウィルスに感染する要因など……」

 言いながら、言葉が止まる。気付いたのだろう。


「さっき俺が蓮華の死体だと言って画像ファイルを送ったろ? そいつがウィルスだ。

 如何に電子の悪魔といえど、特殊な暗号回線から個人を特定するには時間が足りない。だが、俺が力を貸せばどうか。そいつが答えだ」

「しま……っ!」

 叫びと共に涼原が携帯電話を注視し、必死にタッチパネルを操作する。

 どうやらニヒルが作成したウィルスはキャラクターを作成するだけで、操作そのものを掌握はできないらしい。


 だが、十分だった。


「さあ、今度はテメェが震える番だ。ゲームは初期化されている。たった一人で《ネクロマンサー》を倒せるか?

 よしんば倒したとしてもその後の食料停止に耐えれるか? さあ、地獄のゲームの始まりだ!」


 悪魔ニヒルの能力は『一定範囲のネットワークを占拠し、命がけのゲームを開催する』もの。

 今は中国の軍事施設を放棄し、地球の裏側に存在するとある民間企業をジャックしている。涼原一人殺すには十分だった。


 だが、恭一にとって誤算があったのだ。


 当初の計画では、今のタイミングで涼原から逃げるはずだった。

《DF》に巻き込んだ以上、放っておけば数日以内に涼原は死ぬ。間もなく後処理の為のチームも到着するため、ここが引き時のはずだ。


――駄目だ。いけない。

 だが、自らの意志に反して体は立ち上がり、涼原を指さし高笑いを上げる。


「何がより高位の次元で悪魔同士で戦ってた、だ。俺はそんなモノ全て見通した上で、テメェをぶっ潰す事ばかり考えてたぜ」

 理性の抑制が効かない。狂おしい衝動のままに涼原を言葉で追い詰めていく。


――まさか、これが精神の変質。

 悪魔と契約した人間は、契約悪魔の影響を受ける。恭一に僅かに溶け込んだニヒルが求めているのだ。

 窮地に陥った彼が起死回生の一手を指し返してくるのを。目前の試練を乗り越えて牙を突き立ててくるのを。

 涼原を倒すための切り札である契約が、最後の最後で恭一を追い詰めていた。


――気付くな。気付かないでくれ。

 恭一は知っている。

 追い詰められた涼原に逆転の手段が残されているのを。綱渡りでしかない可能性だが、相手には未だ勝機があるのだ。

 だがゲームに集中する涼原から逃げ、ニヒルが《DF》のモニタリングを放棄さえすれば彼は完全に詰みに至る。

 なのに、体は理性の命令とは真逆の動きをする。


「涼原総真、テメェはただの博打狂いだ。策だの確率だのを考えてはいるが、賭けずにはいられない愚かなサイコロ振りだ。だから負けた。とっとと認めて、死ね」

 対峙する涼原の表情が、焦りと苦悶に歪んでいく。追い詰められているのは明白だった。


 だが……!


「なるほど。君の言う通りだった。人間は渾身の一撃を決めた瞬間こそ、もっとも隙が生まれる。その言葉、そっくりそのまま返そうか」


――まずい!

 恐らく気付いたのだ。彼に出来る最後の賭けに。それも、恭一の挑発じみた言葉によって。


 涼原が携帯電話を投げ捨てた。

 同時に、カウンターに放っていた拳銃を手に取る。


 世界が、スローモーションになった。


 相手が手に持った銃を操作し、回転式拳銃(リボルバー)輪胴(シリンダー)を開く。

 そのまま先程まで使っていた弾倉を床に落とし、交換。


 そして、輪胴に手を当て、回転させる。


 ゆっくり、ゆっくりと回る輪胴。


 恭一は理解している。相手が何をやろうとしているのか。


 目を閉じた涼原が輪胴を閉じ――


 そして、自分自身のこめかみに銃口を向けた。


「止めろォッ!」

 今度は演技ではなく本気で叫び、涼原へと飛びかかる。距離は十メートル近く開いていた。

「さあ、最後のゲームと洒落こもうか」

 涼原の目は言っていた。

 別人になってしまったのなら話は早い。もう一度命がけのギャンブルに付き合ってもらうだけだ、と。

 目の前の悪魔の顔は、恍惚と恐怖の混じった異形と化していた。

 冷静さの中に狂気をはらんだ瞳は、まさに破滅へ向かう博打狂い(ギヤンブルジヤンキー)そのもの。


「私は賭けよう。弾丸は射出されない。チップは、私の命だ!」

 涼原の持つリボルバーの最大装弾数は五発。

 うち一発は、威嚇用の空砲だ。音はすれど弾丸は射出されない。


 涼原の能力。

 自身に不利か五分である博打に命を賭すことで、相手の同意なしにギャンブルに引き込める。そして勝利すれば対象を操ることができる。


 この場合の対象は、ニヒルと恭一だ。

 だんまりを決め込んではいるが、悪魔という性質上必ずニヒルは恭一を見守っている。


 空砲が発射される確率は五発に一発。

 わずか二割。だが、逆を言えば二割の確率で恭一達は涼原の操り人形となり、最後には始末される。


――畜生、畜生。

 限界まで追い詰めておきながら、自分の中に生まれた悪魔に裏切られた。

 飛び出しながら左手で懐に隠していた警棒を取り出す。

 もはや間に合うとは思わないが、何もしないよりはマシだ。


 残り八メートル。

 相手は引き金を引かない。まるで恭一が近づいてくるのを待っているようだった。


 残り六メートル。あと一歩踏み込めば拳銃を叩き落とす射程に入れる。

 だが、悪魔が安易な目論見を許すはずがなかった。


 涼原が、銃口を恭一に向け直したのだ。


「さよならだ。私が勝っても、負けてもな」


 同時に、引き金に力がこめられる。


 撃鉄が落ち、弾室へと吸い込まれていく。


 土壇場になってでさえ涼原は狡猾だった。

 弾丸が発射されるかどうかは神にも悪魔にもわからない。


 もし空砲ならば、涼原の勝ちだ。

 しかし、弾丸が発射されてしまえば――


 涼原は自身の能力により死ぬが、恭一もまた撃たれて死ぬ。

 もはや避けられる距離ではない。

 確実に頭を撃ち抜かれるだろう。


――嘘、だろ。

 涼原は敗北を拒んだ。相打ちを望んだ。


 弾丸はいまだ発射されない。

 神経が研ぎ澄まされ、時間が止まってしまったかのようだった。


 だが、永遠にも匹敵する一瞬はすぐに終わりを告げるだろう。


 まるで人生最後の瞬間のように過去の記憶が映像として流れていく。


 初めて竹刀を握ったあの日。幼馴染の麗と一緒の道場に通っていた。

 才能は開花し、黄金期が訪れる。毎日が輝き、楽しかった気がする。


 しかし高校に入り、初めての圧倒的敗北を味わう。

 敵は、紫藤龍君。もちろん今までも負けはあったが、運にも体調にも一切左右されなかった絶対の敗北は、自分のプライドを粉々に打ち砕いた。


 歯車が狂ったのは、ここからだ。

 全てに対し自暴自棄になっていた時代。救いの手を差し伸べてくれた幼馴染。彼女は恭一と違って剣道なんてとっくにやめていたのに、いつの間にか彼女の手にはマメができていた。


 なのに彼女は恭一には何も言わない。

 ただ一緒に付き添い、無為でありながら貴重な時間を共に過ごしてくれただけだ。


 優しさと信頼に触れて立ち直ろうとした時、悲劇が訪れた。

 狂ったテロリストによるマンション爆破事件。剣を再び握ろうとした恭一は、再び目的を失った。


 憎しみをぶつけるかのように警察官になった。

 犯罪捜査に全てを注ぎ込んだ。悪党の一歩先を行くため、コネクションを作るため、違法な賭場にも出入りした。


 だが、恭一には隠された目的があったのだ。

 いつか再び剣を握って誰かと競う理由を見つけた時、必ず紫藤を倒す為。大切な幼馴染の墓前に勝利を捧げる為に。


 技術で敵わないのならば、精神を鍛えるしかない。

 相手の裏を読み、気で圧倒し、呑み込み、倒す。

 彼が刑事になったのも、賭博をしていたのも、遠回りではあれどいつか紫藤を倒す為だった。


 涼原から送られた《DF》での最終決戦の動画が思い浮かぶ。

 弾丸のような速度で迫る魔法珠を叩き落とす最強の魔人の姿を。


 前後の会話から推測だが、《シド》は紫藤本人だったのだろう。

 ゲームの中で最期に《シド》は言っていた。もう一度、恭一と戦いたかったと。


 紫藤は生きている。

《レンカ》が死ぬ前に恭一が契約を受け継いだため、その後に死んだ《シド》のプレイヤーも生きているのだ。


――だったら、死ねないよな。

 思い浮かぶのはかつての強敵の憎たらしい面構え。

 そして、恭一を純粋に信頼する少女の笑顔。


 止まっていた時間が動き出す。

 灰色になった無音の世界で、ゆっくりと。


 撃鉄が雷管を叩いた。


 発射炎(マズルフラッシュ)が迸る。


 空砲でも音と炎は出るので、未だに賭けの結果は分からない。


 互いの距離はわずかに五メートル。

 実弾ならば発射された瞬間に死ぬ距離だ。相手は確実に恭一の眉間を狙っていた。


 だが、極限まで停止された時間は未だに結果を伝えてくれない。


 涼原の口角が上がった気がした。

 勿論気のせいだ。そんな時間ははない。

 だが、どうした事だろうか。恭一の心は涼原が満足そうに笑っているのを確かに感じていた。


「後悔するぞ。私は自身の能力で死ぬ。だが、真の意味で私の魂を殺したのは君だ。

 ヒトが悪魔を打ち負かしたとき、その者の運命は歪む。これから先、君は永遠に悪魔と戦い続ける血塗られた修羅の道へと進んでいくだろう」


 水飴を泳ぐような世界の中で涼原の声が頭に響いた。それきり、彼の目から光が消える。


 彼はやはり最後まで笑っていた。

 悪魔殺し? 運命? 修羅の道?


――知った事か。

 薬莢から解き放たれ、回転する弾丸を恭一は確かに目視した。

 恐るべき低速の空間で、殺意の弾丸だけが恭一の感じられる全てだ。


 弾丸が頭に来るのは分かっていた。

 故に対策の取りようがあった。針の穴のように細い、微かな可能性が。


 カギは左手に握った警棒だ。


 勝負師である恭一が、絶望的に分の悪い賭けに引きずり込まれる。何とも皮肉な話だった。


――乗るか反るか。泣いても笑ってもこいつが最後だ。


 チップは命。負ければ死。

 敗者である涼原は死に、次は恭一の番だ。


 心の中で不敵に笑う。


 ショウ・ダウンの時だ。


 止まった時間が終わりを迎え――


 そして結果は――


 痛みと共に、訪れた。

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