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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第六章 笑え、この過酷であれど美しい世界で
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6・Daimon&Deamon

▼現在


 砕けた酒瓶やグラスが散らばるカウンター裏で、恭一はじっと身を潜めていた。

 頑丈で分厚い木材の向こうには銃を構えた涼原。

 だだっ広い展望レストランにいるのは二人だけ。


 決着の時は、近い。


「別人……? まさか、まさか……ニヒルと契約したのか!? そんな馬鹿な!?」

「意外と気づくのが早かったじゃねぇか。さすがは警視庁一の切れ者だ」

「た、確かに理論上は可能かもしれない。だが、成功するかどうかだなんて私にも分からないのに……」

 涼原の声は恐れで震えていた。

 絶対不可避の能力は無効化され、もはやミサイルは落とせない。相手は切り札を失ったのだ。


「結果が全てだ。俺達は賭けに勝った。そしてテメェは負けた。

 小鳥遊が自爆するより前に、ニヒルに自らの意志で解除し、直後に俺と契約した。

 つまり悪魔に騙された哀れな少女は、死んじゃいない。生きてるんだよ。俺が送った画像は偽物だったってわけだ」


 勝ち誇ってはみるが不利は変わらない。

 人外の不死性を持つ涼原を殺す方法を、恭一は持っていなかった。

 このまま逃げられてしまえば再び誰かが犠牲になる可能性がある。


 今ここで涼原の捕縛か始末をする必要があった。


――まだか。

 増援はない。武器もない。

 だが、策はある。

 あらゆる理不尽に立ち向かう不屈の意思と、小賢しい頭脳こそが恭一最大の武器だった。


「気付かなかったろう? 俺は、ずっと狙っていたんだ」

 カウンターの陰から挑発的に語り掛ける。

 涼原の平常心はとっくに失われているはずだ。簡単に乗ってくれるに違いない。


「狙っていただと。お前はいつから私が悪魔だという事に……」

「最初からだよ」

 勿論、嘘だ。

 だが今の涼原に恭一のハッタリを見破るだけの余裕はない。空気を静かに震わせ、後ずさる気配を感じた。


「どう考えてもおかしいだろ。収監中の犯罪者を外に出し、公安の刑事として抜擢するなんざ。俺は最初からあんたがロクでもない事を考えてるのは見破ってたぜ?」

 半分は本当だ。

 だが、さすがに悪魔だとまでは考えていなかった。

 能力に関しても同じだ。

 最初は涼原自身の持つカリスマ性のようなものに圧倒されていると思っていた。一度は命令を拒否できたのも理由にある。


「疑惑を確信に変えたのは、《ネクロマンサー》に操られた松井の死体を見た時だ」

 寧々子と出会って数日、攻略チームを結成しようと走り回っていた時期の事だ。

 恭一たちはゲーム中で死亡し、《ネクロマンサー》に操られたプレイヤーの死体と対峙した。


「そこに、あんたの嘘を暴く手がかりがあった」

 確信を突かれ、涼原が喉を震わす。

 今まで自分をいいように扱ってきた憎むべき相手が恐怖するのが例えようもなく快感だった。これが悪魔と契約する事による人格変化なのかもしれない。


「初めて会った日、あんたは言った。00班は爆死したと。

 俺は最初、こう想像していた。キャラクターが爆死した故に、プレイヤーも周囲を巻き添えに爆発したのだと。資料として渡された鑑識や司法解剖の報告書にもおかしなことはなかった」


 だが、違った。

 涼原は最初の時点で嘘をついていた。


「ゲーム内の《ネコ》が、生ける屍となった《ヒバリ》を《火炎珠》で焼き尽くした時。プレイヤーである松井の死体は炎上しなかった。炎を上げずにゲームの中の《ヒバリ》と同じ姿になったんだ」


 ならばおかしい。

 ゲーム中でどのような死に方をしても、他人を巻き添えにすることはあり得ないはずだ。

 つまり、00班は《DF》に殺されたのではない。


「あんたが殺したんだ。悪魔の能力とは全く関係のない手段でな」

 ずっと、ずっとだ。

 恭一は目の前の男のことなど一つも信じてはいなかった。信じる演技を続けていた。


「あんたは凄ぇよ。やること為すこと無駄がほとんどない。だからこそ、付け入るスキがあった」

 精神的に追い詰められた涼原が、分厚い木机に向けて拳銃を放つ。

 しかし無駄だ。頑丈なカウンターは九ミリ弾如きで貫けはしない。


「悪魔だと確信を得たのは、あんたがニヒルに向かって『私の命を賭ける』と宣言した時だ。

 あんたは切り札(ジョーカー)を切ったつもりだったんだろうが、そいつはとんでもないババだったんだよ」


 涼原という男は己の義より公共の利を優先し、冷静に立ち回る優秀な警察官だ。

 だからこそ、ほころびが生まれた。


「事件解決のために歯を食いしばって民間人の殺害命令を出すような、熱気と冷気が混在した恐るべき男が、悪魔相手に感情任せの無駄口を叩くだろうかね。答えは否だ」

 涼原が言葉を放つ以上、必ず意味がある。

 結果、辿り着いた答えは『涼原は賭けをキーワードにした何か超常的な能力を持っている』という推測だった。

 信じたくはないが、現実に涼原と最初に賭けをして以降、恭一の心と体は不可視の力に縛られていたのだから。


「俺の推測では、当時あんたがニヒルに賭けを持ちかけたのは突発的なものだ。

 ある程度の計画性はあったが、最初からすべて計算ずくってワケじゃなかった。

 賭けを能力の鍵とする悪魔だからこそ、勝機を本能的に感じて口に出したんだろう?」


 ニヒルに対し突飛な宣戦布告を放った上で恭一たちに不自然に思われないタイミングは、一度しかなかった。

 唯一無二の最高のタイミングだったが、故に恭一は疑念を確信へと変えてしまったのは皮肉な話だ。


「万全を期すなら、他のプレイヤーから奪った携帯電話を使い、あんた一人の時に賭けを持ち掛けるべきだった」

 何故涼原が最善手を打たなかったのか。おそらく答えは一つ。

 恭一を信頼させるためだ。信頼させて、後から突き落とすためだ。

 悪魔は人間が絶望する表情を何よりも求める。人間が愛や睡眠を欲するように。本能として刷り込み(インプリンティング)されているのだ。


「欲張りすぎたんだよ、テメェは。だから全部露見しちまった」

「まさか、まさか……そんな馬鹿な」

 信じられない、とばかりに涼原が声を漏らす。どうやら正解のようだ。

「馬鹿な事じゃない、現実だ。俺は最初から最後まで徹頭徹尾あんたを出し抜く事ばかり考えていた。何せ、刑事だからな」

 自信満々に言い切ると、世界を沈黙が襲う。

 鼓膜が破れるような静けさが包み。肌が泡立つほどの緊迫感が荒れ狂う。


 先に口を開いたのは涼原だった。


「くくく、くくくく……」

 彼は、笑っていた。

 最初は喉が震えるように小さく、そして徐々に笑い声は大きくなり、哄笑へと変わった。


「素晴らしい。素晴らしいよ! 君は悪魔と契約し、人であることを捨ててでも私を殺そうとしている。その勇気と強さに敬意と感動さえ抱くよ!」

 客席(ホール)に響く拍手と共に、涼原の気配が近づいてくるのを感じる。


「確かに私は君に勝てなかった。積み重ねてきた十二年も失われた。だが、まだ終わっていない。何故なら、私はまだ生きているからだ」

 涼原の勝ち誇った言葉に舌打ちする。相手の言う通りだった。


「君に私は殺せない。だが、私は君を殺せる。殺した後にゆっくり逃げさせてもらうさ。憎たらしいニヒルをどうにもできないのは残念だがね」

 気配がさらに近づく。逃げ場はない。脱出しても銃で狙い打たれるのがオチだ。

 こちらの残弾はゼロ。未だに右手も利かない。

 徐々に、徐々に涼原が近づいてくる。

 もはや恭一に打つ手はない。


「さあ、終わりだ。神にでも祈るといい」

 そして今まさに涼原がカウンターへと身を乗り出そうとした時だった。

 突如、周囲にけたたましいアラームが鳴り響いた。

 警告的な力強い響きに恭一は聞き覚えがある。そしてもちろん涼原にも。


「何だ、これは」

「テメェの胸を見てみな。そいつが俺達の切り札だ」

 隙を突き、隠れていたカウンターから飛び出す。そのままジグザグに軌道を変え、距離を離す。


「な、これは……」

「過去の00班のデータには、化け物みたいな戦闘力を持っちまった契約者もいた。この俺がその可能性と対応策に気付いてなかったとでも思ったか?」


 (こと)()での斬り合いはもう終わりだ。

 終焉は、近い。


「さて、涼原。テメェが不可能と言ったのは二つ。一つはミサイル発射の阻止。そしてもう一つは……」

 客席のテーブルを蹴り倒して盾にしながら告げる。


「テメェを殺すことだ。見せてやるよ、ここからはショータイムだ」

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