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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第一章 カネと命を天秤(はかり)にかけて
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4・舞い降るカネの代償は

▼七月十五日


 寧々子がプレイを開始し、二日程が経過した。

 画面中の《ネコ》の前に立ち塞がるのは、錆びた剣を握り締めた骸骨の剣士。


 敵は強い。

 ゲームを始めたばかりでレベルも低い《ネコ》ならなおさらだ。

 実は開始初日に挑んではみたが、みっともなく逃走している。蓮華の助けがなければゲームオーバーになっていた事だろう。


 だが、今日の《ネコ》は一味違う。

 敗北してからの三日で能力や装備品をがっちり強化し、さらには寧々子自身の操作も手慣れてきたのだから。


 敵をタッチし、ターゲッティングする。

 そのまま指を滑らせると《ネコ》が体を沈め、敵のもとへ踏み込んだ。


 相手が剣を振り下ろす。遅い。反応できる。盾で弾いて懐へ。


『さすがネコね。呑み込みが早いって言うか何て言うか。頑張れー』

 後ろから気楽な応援を飛ばす蓮華の声は耳に入っていない。一度集中すると周りが見えなくなるのは寧々子の長所であり、短所でもある。

 武器は右手に握った《青銅の剣》』。

 威力は初期装備の《錆びた短剣》より多少マシな程度。


 だが、問題ない。十分だ。


 敵が盾に攻撃を弾かれ、体勢を崩す。

 その隙を逃す寧々子ではなかった。瞬時に短剣を突き出し、むき出しの腰骨を貫く。


 一瞬の硬直。

 だが、相手は倒れない。そのまま腕を振り回し《ネコ》を突き飛ばしてくる。


 画面端に表示されるHPゲージががくん、と半分近く減った。

《DF》においてレベル差の影響は大きい。普通に戦うにはまだ《ネコ》は実力不足だった。


 だが直後――

 背後から《レンカ》の援護が飛んでくる。体力回復の《やくそう》だ。

 微量の回復とはいえ、レベルの低い《ネコ》である。一気に全快近くまで回復できた。


「ありがとっ!」

 小さくつぶやき、再び反撃。頭部へ向けて右手を突き出す。


 固い感触。頭蓋にめり込む短剣。

 必殺の手応え、あり。


 今度はあっけなく骸骨剣士の腕から力が抜け、バラバラに崩れ去った。

 骨クズになった残骸も、すぐに光の粒子となって迷宮の中へ溶けていく。

 直後、イヤホンから景気のいいファンファーレが鳴り響いた。

 レベルアップだ。失ったHPが全回復し、体に力がみなぎっていく。能力も格段に上がっているはずだ。


「レベル、上がったよ。今は四だって」

『おめでと。そろそろ足をのばしてもいいかもね』

「ありがと。でも、《レンカ》は九でしょ。まだまだ先は遠いよ。それに、けっこう疲れるね、これ。戦士にしといた方がよかったのかなあ」

 実は、寧々子はひとつ大きなミスをしていた。

 キャラクター作成時に選択できる戦士・盗賊・商人の職業のうち、操作を間違って商人にしてしまったのだ。

 しかし、後悔先に立たず。キャラクターの作り直しは、システム上許されていなかった。


『気にしても仕方ないわよ。それに、一レベル違うだけで大分ラクになるから。私も盗賊だけど、普通に戦えてるわよ』

「うう。パーティが組めればラクなのに」

 肩を落として呻く。《DF》はオンラインゲームだというのに、パーティを組むという概念がなかった。

 魔物が落とす(ドロップアイテム)や経験値はトドメを刺したプレイヤーの総取りなせいで、《レンカ》の手助けを受けるわけにもいかないのだ。

『そうかな。お宝の争奪戦ってカンジで私は好きだけど』

「強盗殺人(PK)がなくって本当に良かったって思う。絶対、わたしカモにされてるもん……」

 不満を口にしてはみるが、寧々子は《DF》に熱中し(ハマり)つつあった。

 タッチひとつで移動や攻撃、防御などが出来る簡単操作と、息をつく暇もなく攻防が入れ替わるスピーディな戦闘システムはなかなか魅力的に感じた。


 そしてもちろん、ご褒美である宝箱もだ。


 喋りながら、骸骨剣士の落とした宝箱を開ける。

 たった二日で、寧々子は三百万円近い現金を入手していた。

 ただ、どうにも現実感が沸かず、手にした紙幣はいまのところスポーツバッグに放り込んで押し入れに隠してある。


「ねえ、蓮華。もしこのゲームで二億稼ぐとしたら、どれくらいかかるかな?」

『どうだろ。レベルが上がれば動ける範囲も広がるし、下のフロアに行けばもっと稼げるって私は聞いてるけど……でもどうしてそんな事を?』

 世間話のついでといった体で聞いてみたが、返ってきたのはどこか怪訝な声だった。


「んー、なんとなく? ほら、このゲームってどのくらいの規模なのかなあ、と思って」

 言葉を濁し、はぐらかす。ごまかし半分だったが、もう半分は実際の疑問だった。

 迷宮はかなり広く、スタミナが尽きる時間である半日を費やしても埋めれる地図は一割と少し。


 その間、他のプレイヤーと何度かすれ違ったが、会話はなかった。

 誰もが血走ったような雰囲気を醸し出しており、話しかけられなかったのだ。

 恐らく、少量のスタミナで効率よくカネを稼ごうと必死なのだろう。協力や情報の共有は望むべくもなかった。


『ま、気楽に行けばいいんじゃない? ネコが稼いだ三百万だって、使い道はないでしょ』

「……そうだよね。あんまり無理して死んじゃっても意味ないし」

 現実として、《DF》は現実を忘れさせてくれた。

 得体のしれない現金が降ってくるのは、確かに少々不安ではある。

 だが、それ以上に友人と一緒に喋りながらゲームをする。ただそれだけの行為が楽しかった。

 遊んでいるうちに二人のスタミナが尽きかけていた、などという事件もあったほどだ。


――今は、ゲームを楽しもう。

 せっかく仲直りできた蓮華との時間を大事にしないと。


 そう、思い直した瞬間だった。


『ネコ、後ろっ!』

 蓮華が鋭い声で警告する。

 だが、寧々子の思考はゲームの外。ほんの僅かな時間、反応が遅れてしまう。


『危ないっ!』

 直後、画面の中の《レンカ》が《ネコ》を突き飛した。視界が回転し、何が起こっているのかわからなくなる。


 そして、数分にも感じた一瞬が終わり、顔を上げた時――


「あ、あ……な、なに……これ……」


 寧々子に訪れたのは恐怖だった。

 目の前には、恐怖と嫌悪を具現化したような存在が立ちはだかっていた。


《ネコ》のそばに立つのは、本物の化け物。


 体長は二メートルを優に超えているだろう。

 表皮の半ばが溶けた醜悪な人間の顔に、いくつもの死体が組み合わさったかのような体躯。

 六本の腕はどれも生物の肉体構造を無視した方向を向いており、それぞれが獲物を狙う触手のように蠢いている。


 濁った双眸が寧々子を静かに見下ろしていた。


『……《死霊使役士(ネクロマンサー)》。この第一層の階層主(ボス)ね。こいつを倒さないと、次の階には進めないの』

 蓮華が緊張のこもった声で呟く。一見しただけで理解できた。

 眼前の敵は、今までの相手とは比べ物にならないほどの強さを秘めている。初心者の寧々子では、太刀打ちできないほどの、強さを。


 だが、寧々子が驚いたのは敵にではない。


「蓮華っ!」

 喉から溢れた叫びは、友人に向けてのものだ。《ネコ》を庇った《レンカ》は大きく負傷していた。骨折の状態異常だ。


『逃げて! あんたじゃ無理! あとで連絡するから、今は逃げて!』

「……でも」

『でもじゃない! 早く!』

 ネクロマンサーの後ろからは、配下と思しき無数の骸骨剣士が迫っていた。

 残った片手でレイピアを握り締め、蓮華が叫ぶ。有無を言わさない迫力に、這うように《ネコ》が離れていく。


 最初は這いながら、そして起き上がって。最後は全力疾走だった。

 距離が離れるたびに蓮華の声が小さくなる。


 そして、とうとう何の声も聞こえなくなった。


 ただ、ひたすらに逃げ続ける。

 スタミナが尽きるまで。限界が来るまで。


 何故かはわからない。

 だが、逃げなければ大変な事が起きるという確信にも似た予感があった。


『逃げて』

 寧々子の頭の中には、届かないはずの蓮華の声だけが響く。ぬぐえぬまま、いつまでも。いつまでも。

 

 そして――

 あの強大な化け物に襲われた日から、蓮華からの連絡は絶たれた。

 メールを送っても、電話をしても、全くの音信不通だ。


 嫌な予感を感じていた。

 何しろ実際に現金が降ってくるゲームなのだ。何の代償もなしにプレイできるとは思わない。

 蓮華からの連絡を待ち、携帯電話を眺めるたびに恐れと後悔が溢れた。


 午前零時の食料でスタミナを回復してからというもの、蓮華の姿を探し迷宮を捜索し続けたが、何の収穫もなかった。


 さらに、今日の朝。寧々子の不安は最高にまで達する事となる。

 沈み込む気分を抑え、学校へと向かった寧々子が耳にしたのは、クラスメイトである桐崎の死の知らせだったのだから。


 寧々子の恐怖は現実となった。

 彼女は昨夜、寧々子を探す最中に桐崎の操作キャラクターである《ディルーク》の死体を発見していたのだ。彼は、迷宮のモンスター《ヴァンパイア・バット》の群れに襲われ、全身の血を吸われていた。


――間違いない。


 この《DF》は、キャラクターとプレイヤーの命が繋がる、呪いのゲームなのだ。

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