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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第六章 笑え、この過酷であれど美しい世界で
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3・悪魔はその有り様ゆえに、嬉々として語る

「ここで問題だ。私は先程東京にミサイルを落とすと言った。どうやって落とすと思う?」

 恭一からの答えはない。


「沈黙は金か。なるほどね」

恭一が大人しい理由は手に取るように分かる。沈黙は彼の策だった。

 涼原が「座れ」と命令している以上、逃亡は不可能。助けを呼べもしない。もちろん、店のスタッフは事前に警察の身分を使って近づき、操り人形にしてある。


 それでも、圧倒的閉塞状況の中で恭一が取れる行動が一つだけあった。

 時間稼ぎだ。

 沈黙で時間を引き伸ばし、起死回生の策を考えているのだ。

 素晴らしい頭脳と精神力をフルに用いて。


「だんまりとは、もしかして答えが分からないのかい? 『お願いします』と頭を下げれば教えてやらない事もないけれど?」

「テメェに頭を下げるくらいなら何も知らなくて構わねぇよ」

「言えよ。お願いします、って。首を垂れて懇願しなよ」

「……お願い、します」

 途端に恭一の頭が下がり、枯れた声が漏れ出る。

 最高の人間が自分の操り人形になる。言葉にもできないほどの快楽だった。


「だったら教えてあげよう。私のもう一つの能力を」

 伏せた頭から上目づかいに恭一が睨み付けてくる。殺意がたっぷりと詰まった視線が溜まらなかった。

 涼原の能力は『賭け事に勝利した場合、相手に命令を強要できる』もの。

 相手が賭けに乗らねば成立しない事が弱点だったが、その欠点を克服する方法が一つだけあった。


「思い出してごらん? 我々の前に《レンカ》が現れた時だ。私がその時何を言ったかを」

「知るかよ。悪魔のタワゴトなんざ、俺の脳味噌に記憶する余地はねえんだ」

 この期に及んで恭一は未だ反抗的だった。もう一度黙れと命令するか迷うが、そのままにしておく。

 食材は活きが良いほど上等なのだから。


「そんなこと言わずに考えてくれよ。普段は冷徹な司令官が一度だけ感情に身を任せ吼えたことがあったろう?」

 恭一の頬をそっと撫で、問いかける。瞬間、彼の目が見開かれた。


「まさか……!」

「そう。私は《レンカ》を前にして言った。『貴様ら悪魔や契約者が何を考えていようと、必ずここにいる葛城や、そして香取寧々子がこの下らないゲームに終止符を打つと約束しよう。私の命を、賭けて』と」

 悪魔である涼原のもう一つの能力。


 それは――


「私は自分自身の命を賭け札(チップ)にすることで、相手の同意なしで賭けに巻き込める。賭けの内容は公平か自分が不利であるものでなくてはならないがね。

 私が生まれて十二年。このことを知ったのは君が初めてだよ」


 賭けの内容が『人間がゲームをクリアする』では駄目だった。

《DF》はデザイン段階でクリア可能なように作られている。

 多くのプレイヤーの内、誰かしらが攻略してしまう可能性は非常に高かった。

 だからこそ、寧々子と恭一なのだ。当時、恭一たちがゲームを終わらせる目は五分といったところだったし、負ければ涼原が死ぬ


 だが、それだけのリスクを冒す価値はあった。


 ずっと、ずっと機会を狙っていたのだ。

 公総課長になればD案件に関われる。その中で悪魔と対峙する瞬間は必ずある、と。


 ニヒルは絶好の獲物だった。

 実は、涼原は途中まで公安警察官として事件を解決するつもりだった。接触不能な電子の悪魔である以上、涼原の悪魔能力を使用する機会はないと考えたからだ。


 だが、恭一という抜け目ない男を味方につけ、寧々子という得体の知れない才能を引き入れた結果、涼原は勝機を感じた。


「悪魔ニヒルは携帯電話の向こうで私の宣言を聞いていた。だから、賭けに引き込まれてしまった。ニヒルは多くの妨害をしてきたが、私は賭けに勝つため君達という駒を存分に使い、勝利した」

 勝利条件は『恭一か寧々子がゲームを終わらせる』というもの。

 恭一が蓮華を殺すか、寧々子がゲームをクリアすれば涼原は勝利し、悪魔ニヒルは忠実なしもべとなる。


「ようやく分かったぜ。あんたがどうして、どうやって東京を消すのかって理由が」

「言ってみるといい。恐らく正解だ」


「ニヒルに命令するんだな。ミサイルを東京に落とせって」

「その通り。私が賭けに勝った以上、悪魔とて命令からは逃れられない」

 涼原の能力により、ニヒルは東京にICBMを落とす。

 ミサイルが落ちれば、涼原の能力により東京に住む千五百万人は死ぬ。

 つまりこれから死にゆく千五百万人分の魂は、全て涼原のものとなる。永遠に消費できないほどの魂が自分のものになるのだ。


 何もかもが計画通りだった。

 恭一たちがゲームをクリアしなければ、この未来は訪れなかったのだ。


 もちろんニヒルは幾度とない妨害をしてきた。

 データを遮断し、政府上層に脅しと圧力をかけ、涼原の身動きを取れないようにしてきた。

 ゲーム中でも邪悪なPK達を扇動し、ありとあらゆる策を影から日向から仕掛けてきた。


 皮肉なことに、人類に仇なす悪魔ニヒルこそが、人間を守っていたのだ。


「解任が決定しているとはいえ、まだ私には組織の力があった。君たちがゲームを効率よく進めれたのも、私の力があったからなんだよ」

 恭一に伝えてはいなかったが、何人かのプレイヤーは涼原の手の内にあった。

 弱みを握り、脅しを使い、哀れな子羊を手駒として、涼原は恭一たちを援護していた。


「ニヒルはバカだった。あれほど効率よく魂を回収するシステムを作っていたのに、たった一つのミスを犯した。

 ゲームにエンディングを作ってしまった事だよ。希望に向かって進む人間の死は良質な(カロリー)を生み出すとはいえ、あれはまずかった。クリアできてしまうんだからな。

 私を勝たせたくなければ、途中からでもゲームを改造してエンディングを潰すべきだったんだ」


「それは、できなかっただろうよ。あの悪魔はどういう訳か、ゲームに対して執着する節があった」

 涼原とて理解できる。ダイモンズ・フロンティアは攻略出来るようにデザインされていた。

 多くの者が無為に命を落とした理不尽なゲームにも思えるが、クリアは不可能ではない。

 致命的な罠を避け、ランキングを注視し、抜け目なく立ち回った者は、多くの屍の山を背にではあるが、突破できるように設計されている。


 悪魔ニヒルの目的は一つ。

 人間を極限状況に追い込み、その壁を乗り越える者を生み出すこと。言ってしまえば愉快犯だ。

 ただ、見たいだけ。スリルとゲームと人間観察に心を奪われた中毒患者なのだ。


 そのような意味ではニヒルの目的は完遂したと言える。

《DF》は人を前に進める力を持った恭一を呼び込み、命の危機の重圧と圧倒的な戦力差を知略で覆す寧々子を育てた。

 人知を逸した強運と強靭な精神。彼らはもはや人の域を超えた何かを持っていると言っても過言ではない。


 ニヒルは賭けに負けはしたが、悲願は達した。

 過負荷の中で魂を成長させた強き人間を生み出したのだから。ニヒルは自らの美学と思想に殉じ、敗北したのだ。


「君たちは悪魔のゲームと戦っていたつもりだろう? だがね、我々悪魔はより高位の次元で、悪魔同士戦っていた。ちっぽけな人間なんかには目もくれずね」

 ミサイルだとか、大量の変死だとか、ゲームクリアだとか、全部茶番だ。

 人間が《DF》をクリアしたところで、賭けに勝った涼原がミサイルを落とす。

 クリアできなくば次の《DF》が多くの人間を再び殺す。


「君たち人間は盤面の上の駒でしかない。世界に何の意味をもたらすこともない。悪魔の玩具でしかなかったんだ。全ての行為は無駄。何もかも無駄だった」

 懐から携帯電話を取り出す。ゲームを降りたプレイヤーを探し出して押収したものだ。

 ネット回線の向こうでは、身動きを封じられた悪魔ニヒルが涼原の命令を待っていた。

 試しにいくつかの命令を下し、涼原の支配下にあるのも確認済みだ。もちろん、危害を加えないように厳命してある。


「狡猾な悪魔も私に負ければ何もできない。ずっと待ってたんだ。公安でのし上がれば悪魔関連の事件を扱える。そうすれば、悪魔に対して私の能力を使える時が必ず来る。私の能力自体はちっぽけだ。制約も多いし、リスクだってある。だが、世界のどこかにはもっと強力な力を持った悪魔がいると信じていた。そして、そのような悪魔と対峙するチャンスを狙い続けていた」

 携帯電話の液晶画面にはここ数分で数十件の着信履歴が残っている。

 部下から、上司から、政府関係者から。もちろん全て無視していた。


 もはや警察の任務などどうでもいい。これからもっと素晴らしいものが待っているのだから。

 戦術・戦略兵器の使用による大量の魂回収。どのような悪魔も人間も成したことのない偉業の為ならどのようなリスクも怖くなかった。


「君達は本当にいい仕事をしてくれた。葛城が小鳥遊の変死体の謎を解き、《レンカ》が《ネコ》の《リモコン爆弾》で死んでくれなければ、私は負けていたかもしれないのだから」

 全てを語り終え、息を吐く。

 今まで涼原の手駒として尽力してきた男への褒章は終わった。

 彼は賭博師でありながら、悪魔同士の賭博の駒でしかなかった。

 その滑稽さが抑えようもなく愛おしかった。だが、甘い時間はもう終わりだ。


「さあ、間もなくミサイルは落ちる! 目を見開き、破滅の瞬間を見るがいい!」

 己の選択の、努力の結果、千五百万の命が消え去ったのち、彼はどんな表情をするだろう。


「そしてすべてが灰に帰した時に私は君に命令しよう。死ね、とね!」

強靭な魂に最高の絶望を与え、殺す。上質な魂は悪魔にとって最高の美食なのだ。


 携帯電話を目の前にかざし、口を開く。

 最後の言葉を発するために。


「悪魔ニヒルに命令する。ロックしているミサイルを放ち、全てをぶち壊せ。私と契約した涼原総真の願いどおりに」

「止めろぉッ!」

 叫びと共に恭一が手を伸ばそうとするが、ほんのわずかに体が動いただけだった。

 悪魔の支配から人間如きがそう何度も抜け出せはしない。何度も言うが、奇跡は一度だけなのだ。


「着弾まであと十分。三千キロを十分ほどで飛んでくるんだ。それまでもう一度乾杯と行こうじゃないか」

 ブランデーを注ぎながら、テーブル越しに恭一の顔を覗き込む。

 彼の表情は能面のように凍り付いていた。


「人間は追い込まれると口数が多くなる。だが、真に追い詰められた人間は言葉を失うんだ。顔から血の気が引き、瞳から光は失われ、唇は青ざめる。そう、その顔だ。今の君のようなね」

 小刻みに震える恭一に対し「乾杯しろ」と命令する。

 抗う事も出来ず彼はグラスを握り、涼原が差し出したものへと手を伸ばしていく。


「知ってるかい? 悪魔はね、人間の絶望した表情を何よりも喜ぶんだ。もっと見せてくれ。強き者の魂が砕け、闇の中に沈んでいくまでの顔を」

「……奇遇、だな」

 かすれた声で恭一が喉を震わす。

 おそらく最後の足掻きなのだろう。


「実はな、俺もなんだ」

 唇が歪み、さらに声を出す。

 そこでようやく涼原は異変に気付いた。


「調子に乗ってテメェの悪事をベラベラと喋る悪党を叩き潰し、絶望に打ち震えるツラを見るのが、何よりの喜びなんだよ」

 どういう訳だろうか。恭一は笑っていたのだ。

 不敵に、ふてぶてしく、己の敗北など微塵も感じていない風に。


 直後、冷たさが涼原の顔面を襲った。何が起きたかはすぐに理解できた。


 恭一が、なみなみと注がれたブランデーを涼原に向けてぶちまけたのだ。

 予想外の出来事が続き、ほんの一瞬ひるんでしまう。


「もう遠慮はいらねぇ。派手に行かせてもらうぜ!」


 直後。


 高層ビルに響いたのは、静寂を引き裂く銃声だった。


――馬鹿な。

 頭を撃ち抜かれ、混濁する意識の中で思考する。

 能力は絶対だ。如何に恭一と言えど、支配から逃れる方法ない。

 まさか再び奇跡を起こしたというのだろうか。


――ならば。

「命令、だ。死ね」

 しかし、答えは涼原の胸を貫く弾丸で返ってきた。


――命令が、効いていない? 何故だ。何があった。

 答えは、出なかった。


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