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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第五章 死にたがり達は、狂乱の迷宮で舞い踊る
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11・決着

『人生に二番目に楽しませてもらったよ。だが、彼女の死は無駄だった。無駄だったんだよ! とんだ犬死にだ。最後にとんだ退屈なプレイングをしてしまったんだから!』

 狂った笑いが、水晶の通路に響き渡る。

 寧々子の思考は、完全に停止していた。


――死んだ。死ん、だ? 蓮華が、死んだ?

 未だに周囲を覆う黒煙と粉塵。

 何度画面を見ても、《レンカ》は動かない。全身の半分近くが炭化し、腕まで引きちぎれているのだから当然だ。

 いつもの勝気な声も、その中に隠れされた優しい響きも、もう聞こえない。


 二度と、小鳥遊蓮華は口を利かないのだ。


 世界が、灰色に染まる。

《シド》の笑いも聞こえない。


 殺意もない。憎しみもない。悲しみもない。

 ただ、虚無感だけが寧々子の全てだった。


 何かを喚きながら、色を失った世界の中で、《シド》が刀を振り上げ、襲い掛かってくる。

 何故だろうか。彼の動きはどうしようもなく緩慢に見えた。


《シド》が刀を振り下ろす。

 迫る、迫る、刃が迫る。


 だが、どうでもいい。このまま消えてしまいたい。

 大切な友人と、苦楽を、命を共にした親友と同じ場所に行きたい。

 緩慢とした時の中で、呆然とする寧々子の頭に響いたのは、どういう訳か蓮華の最期の言葉だった。


――あんただけは生きて。生き残って。

 彼女が本当にそう言ったのかは、分からない。

 現実として、起爆スイッチを押すのは一瞬だったはずだし、そのような僅かな時間で何かを伝えるなど不可能だ。

 だが、寧々子は確かに聞いたのだ。蓮華の声を。


 気付けば、寧々子の指は勝手に動いていた。

 画面の中の《ネコ》が、高速で襲い掛かる必殺の太刀を紙一重で回避していた。


『なっ!』

 視界は白黒に染まったままだが、聴覚は戻ってきたようだ。《シド》の驚く声がスロー再生のように聞こえてきた。


――生きてくれ。お願いだから、アンタ達二人だけは生き残ってくれ。

 次に聞こえたのは、《チョコ》のどこか幼さが残る声だ。

 彼がなぜ《DF》を始めたかも、PKに手を染めたかも、そして最後に寧々子達を救おうとしたのかも分からない。


 分からないけれど、動かねばならない気がした。

 立ち向かわなければならない気がした。


 この世のあらゆる理不尽を、絶望を、身を縮こめて受け入れるなんて、名前も知らない彼の死を冒涜するような気がしてならなかった。


 今度は、自分の意志で画面に指を滑らせる。

 もはや寧々子に迷いはない。全身を、精神を、魂を、二つの意志が支配する。


 生きる。そして、勝つ。


 攻撃を回避しざま《ネコ》が取り出したのは、一振りの錆びた短剣だった。

 敵は強い。まともにやれば、勝ち目はない。

 技量で勝てないのならば、どうすればいい。

 答えは、一つだった。


 常に相手の裏をかき、先手を取れ。

 心を研ぎ澄ませ。相手の真理を読め。

 行動を、未来を、見極めろ。

 恭一の教えを思い出すのだ。


――俺は認めない。死が、たった一つの救いだなんて。

 恭一の声が聞こえた瞬間、寧々子の脳裏に場違いな閃きが迸った。

 彼はなぜ刑事になり、同時に賭博に手を染めつづけていたのか。その答えが、分かった気がしたのだ。


 きっと、勝ちたかったのだ。誰かに。

 寧々子が目の前の《シド》に対するように、圧倒的な力と才能の差がある相手に勝つために、精神を、戦術を、勝負度胸を、冷徹さを、ただひたすらに磨いていたのだ。

 その為に常時犯罪者に対する刑事となり、緊張感の中に身を置いた。そして、同時に賭博の道にも進んだ。きっと、そうなのだ。


――お願いします、葛城さん。あなたの一割でもいい。今だけ、力を貸してください。

 そばに恭一はいない。だが、構いはしない。彼の戦術は寧々子の心と共にある。


 瞬間、視界に色が戻り、静止していた世界が動き出した。


《シド》は次の一撃を構えている。もちろん寧々子も。


 敵が攻撃モーションに入ると同時、寧々子が最後の消耗品である《煙幕珠》を地面にたたきつける。

 直後、凄まじい風と赤黒い煙が二人の間に吹き荒れた。

 そのまま僅かな距離が開く。


『時間稼ぎか? いや……』

 寧々子はもう、逃げない。

 しっかりと短剣を構え、煙の中から僅かに見える《シド》の陰から目をそらさずにいた。


 切り札は、過去に《チョコ》が使っていた不可視の槍。

 彼から奪い取った武器を調べ上げ、寧々子は自分でも扱えるようにアレンジしていた。

 短剣の見た目をした大槍は、確実に相手の意表を突くはずだ。回復アイテムを使用したとはいえ、《シド》の残りHPは少ないはずなのだから。


『最後の賭けに出るってか。上等だ。君も楽しませてくれそうじゃあないか』

 煙の中から《シド》の影が狂気に満ちた声を漏らす。


『だが、どうする。先程キミは《征王剣》の一撃で、HPを1にまで減らされたはずだ。あれからどれだけ回復できた?』

 相手に問いに、寧々子は答えない。

 僅かな対峙。痛いほどの沈黙。魂が引きちぎれるほどの緊張感。


 そして――最後の戦いが始まった。


 凄まじい速度で影が飛ぶ。

 壁を蹴り、床を跳ね、変幻自在な動きで《ネコ》へと致命の一撃を加えようと幻惑してくる。


――まだ、まだよ。

 勝負は一瞬。寧々子では相手の動きに対応できない。

 チャンスはただ一度。相手が攻撃してくるときだ。攻撃の隙を突き、カウンターを決めるしかない。


 永遠にも匹敵する数秒。

 脳が痺れ、内臓が締め付けられる緊張感が寧々子を襲う。

 だが重圧に負けてはいられない。

 歯を食いしばり、待つ。


 そして、その時はやってきた。

 複雑怪奇なフェイントから放たれたのは、真っ直ぐの刺突。

 煙の中の影を視界に捕えた瞬間、寧々子が《見えない槍》で切り返す。


 刀と槍のリーチ差は圧倒的だ。確実に相手より先に攻撃を決める自信があった。

 思惑通り、影に槍が突き刺さる手応え。


 だが――


『残念。もう、そのトリックは、先程の戦士が見せていた』

《シド》は寧々子の行動を読み切っていた。

 煙幕の中で自分が槍で突き刺したのは《レンカ》の死体だったのだ。

 直後、《ネコ》の胸元に衝撃が走る。

 懐に飛び込んだ《シド》が、手に持った刀を深々と突きさしていた。


『さよなら、かな?』

 だが、致命傷を受けたはずの《ネコ》の動きは止まっていなかった。

 親友の遺骸を突き刺した槍を放り棄て、腰にさげていた短剣で《シド》の腹部を刺し貫いたのだ。

 それでも《シド》に致命傷を与えてはいない。僅かに威力が足りなかった。


『どうせロザリオだろう? ならばキミのHPはもう1。頬をナイフがかすっただけで死ぬ。マッチ・ポイントだ』

 相変わらず余裕を崩さない態度で《シド》が懐から短刀を取り出し、《ネコ》へと突き立てる。

 必死に打点をずらすが、肩口を貫かれてしまった。


『終わりだ……なっ!?』

 その時、とうとう《シド》が恐怖の声を漏らした。


 全ては、思惑通り。

 寧々子は、笑っていた。不敵に、自信満々に、堂々と。


 画面の中の《ネコ》は、止まらない。攻撃の手を、休めない。

 相手は驚くはずだ。戸惑うはずだ。

 止めをさしたはずの《ネコ》が、刀に胸を貫かれ肩口に短刀を突き刺された《ネコ》が、攻撃の手を休めないのだから。


 二度、三度、四度。

 密着距離から何度も何度も、何度も何度何度も短剣を突き刺す。


『何故、だ』

 もはや《シド》に反撃する力はない。ただ、力ない声を発するだけ。HPは、ゼロになっていた。


「蓮華のお蔭。そして、今までわたしを助けてくれた人達すべてのお蔭。それだけです」

 説明する気にはなれなかった。


 戦闘の直前、《ネコ》のレベルが上がりHPが全回復したことも。

 レベルアップのための経験値は、《レンカ》の死でもたらされたことも。


 鍵は()()()()()()()()()()()()()()、《リモコン爆弾》だった。

 ゲームのプログラムは爆弾による《レンカ》の死を、《ネコ》が《レンカ》をPKしたものとして処理していたのだ。

 そして、PKにより《ネコ》には多量の経験値が入った。

 そう。レベルアップに届くほどの。


 寧々子はその現象を利用した。

 煙幕を張り、自分のHPが回復していることを相手に知らせないように立ち回った。

 不可視の槍も囮だ。切り札を破った瞬間は、どんな相手であろうと必ず隙が生まれる。


 現実ならば、反撃できずに死んでいた。だが、これはゲームだ。

 HPが0にならない限り、特殊な状態異常を受けない限り、行動に制約など無い。

 彼女は持ちうる全てを駆使して、《シド》を出し抜いたのだ。


 しかし、寧々子はただひたすらに恭一の教えに従っただけだ。

 常に相手の裏をかき、先手を取れという言葉を、盲目的に信じただけだ。自分一人の力ではない。


『賭けは、俺の負け、かあ』

「知ってますか? 本当の勝負師っていうのは、賭けなんてしない。運否天賦なんて不確かなものには頼らないそうですよ。葛城恭一っていう人が言ってました」

 何故か、伝えないといけない気がした。理由は分からない。だけど、言わなければいけない気がした。


『そうか。葛城君、が。やっぱ強ぇなあ、あいつ。もう一度戦いたかったもんだ』

 そのまま、《シド》が全ての活動を停止する。


 死体のそば、水晶の床には、銀色に輝く最後の鍵が転がっていた。

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