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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第五章 死にたがり達は、狂乱の迷宮で舞い踊る
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6・最後の魔人

「ごめん、ね。ごめんね。ネコ……」

 感じたのは痛みではなく、温もりだった。

 不思議な感覚だった。どこか遠くにいるはずの蓮華の体温が、寧々子の全身を包んでいるようだった。


 目を開けて確認する。

 蓮華は短剣など放り捨て、寧々子をきつく抱きしめていた。


「ごめんね。蓮華。辛かったよね。苦しかったよね。ごめんね、気付いてあげれなくて」

 寧々子に殺意を抱き、《DF》に放り込んだのは真実だろう。

 悪魔との契約により精神が変容し、文字通りまさに魔が差したに違いない。だが、そこまで彼女を追いこんでしまったのは自分なのだ。


 殺されても文句はない。

 だが、殺されるとは思っていなかった。


 寧々子を助けるために、命を懸け続けてきた蓮華の背中に、嘘はなかったから。


『それが寧々子ちゃんの答えか。正直、張り裂けんばかりに口惜しいけれど、君が決めたのならばおれは退こう。それが、おれが自分に課したルールだからだ』


 遠巻きに眺めていた悪魔が憎々しげに吐き捨てる。


『自分を破壊する一歩手前の負荷が、自分を強くしてくれる。君は悪魔の最後の誘惑に打ち勝ち、大切なものを得た。

 それは、おれがこのゲームの中で何よりも求めていたものだった。だがね、その選択は最悪だ。こいつは誘惑ではなく、マジな忠告だ。

 全てが終わった未来、その先の世界で、永遠に君は今の選択を悔やみ、嘆き続けるだろう。もっとも、君たちが生きていれば、の話だが』


 そのまま悪魔が煙と共に消え去っていく。

 不穏な捨て台詞は気になったが、今はただ親友の温もりを感じていたかった。


 どれだけの時間が経っただろうか。


 気付けば、寧々子は見慣れた00班のソファの上に座っていた。

 悪魔もいなければ、蓮華もいない。携帯電話の画面も、暗闇の階段ではない。

 水晶で形作られた幻想的な迷宮を映し出していた。


「大丈夫か? こっちからいくら話しかけても反応がなかったんだぞ。何かされたのか?」

 心配そうに恭一が顔を覗き込んでくる。強面の彼が眉間に皺をよせ、眉を下げる様子はどこかおかしみさえ感じられた。


「大丈夫です。もう、大丈夫。わたしも、蓮華も。ね?」

 語り掛けると、スピーカーの向こうから頷くような気配を感じた。


「なるほどな。今まで君は純然たる被害者だったわけだ。だが、何故話してくれなかった。自分に責が無い旨を話してくれれば、俺達だって力になれたはずだ」

『何度も、言おうとした。だけど、口にしようとするたびに胸が苦しくなって、喉が痛くなって、何も言えなくなったの。

 責任が無いだなんて、嘘。

 私が契約しなければ、殺された人々はいまも笑って日常を送っていたんだって考えたら、誰かに縋るなんて、できなかった』


《DF》事件の凄惨さは、ほんの十八歳の少女が責任を負うには余りにも重すぎた。

 想像するだけで胃が重くなり、吐き気さえ感じてしまう程だ。

 そんな中で蓮華が出来る事といえば、寧々子への罪滅ぼしだけだったのだろう。


「そうか。君は重責の中で、たった一人で耐えていたんだな。ならば、頼みがある。どうか聞いてほしい」

『何でしょうか。私の知っていることなら何でも話します。だけど、ネコにはいったけど、大した情報は持っていませんよ』

「構わない。頼みというのは一つ。どうか、俺と面談してほしい。捕えたり、殺したりはしない。ただ、話したいだけだ。信じてほしい、必ず力になる」

 恭一が放った声は真摯だった。嘘が無いように感じられた。

 だが、寧々子は知っている。彼が最悪の場合、蓮華を殺すように命じられていると。


 止めようと思った。だが、言葉にはならなかった。

 何故なら、恭一の目には、まるで死地にでも向かうかのような深い決意が浮かんでいたから。


 蓮華の答えはない。考えあぐねているのだろう。


「俺は君の責を問わない。ただ、手助けしてほしいだけだ。これ以上犠牲者を出さないために、最悪の事態を回避するために」

 諭すような口調に対し、ようやく蓮華が答えを出す。


『構いません。むしろ、殺してくれるならそれでもいいです。私が死ねば、それでこの事件は終わるんですから。自殺は、できないんです。そういう、ルールだから』

「だめっ!」

 反射的に出た言葉は、二人の内どちらに対してのものだろう。

 何かを企てている恭一へのものか、それとも自分の命を紙屑ほどにも思っていない蓮華へのものか。


 分からない。

 分からないが言葉は勝手に溢れてくる。


「葛城さんが蓮華を追えば悪魔はミサイルを撃つんでしょ? だったら駄目よ! そんなことしたら……」

「悪魔は、撃たない。もう撃つ必要が無いんだ」

 確信のこもった口調だったが寧々子には納得できない。


「だったら何でわざわざ……!」

『八王子の第七ユースホテル。そこの304にいます』

 割り込んだのは、蓮華の淡々とした声だった。


「少し遠いな。すぐに向かう。鍵はあけておいてくれ」

 寧々子には、恭一が何を考えているか分からなかった。だが、止めることもできはしない。

 不安そうに見つめる寧々子に向け、恭一が近寄り、そっと頭を撫でた。


「大丈夫だ。悪いようにはしない。ただ、一つだけ頼みがある」

「何ですか?」

「二人とも、生き残ってくれ。おそらく、すぐに最後の戦いはやって来るだろう。

 だが、俺はここにはいられない。二人で、協力して、必ず生きてゲームをクリアするんだ。

 確かにこの世は生き地獄かもしれない。だが俺は、死がたった一つの救いだなんて、認めはしない」


「……分かりました」

 相変わらず恭一の意図は分からない。

 だが、信用するには十分だった。彼の投げかける励ましひとつが、髪をそっと撫でるごつごつとした手が、寧々子に力を与えてくれるのだから。


「最初にレッスンをしただろ。覚えているか? まずはレッスン1」

「今まで得たおカネは、おカネと思っちゃいけない。思ったら、死ぬ」

「そうだ。これまでで君は二億を超えるカネを得ている。だが、クリアするまでその札束はただの紙切れだ。とは言っても、未だにプレイヤーのカネをどうするかは決まってないんだがね」

 自嘲するように口元を崩し、再び復習が続けられる。


「続いてレッスン2。こいつは言うまでもない事だが、持ってるアイテムは全て使い果たせ。リソースは残すな。今生き残ることだけを考えろ」

「……はい」

「そして、レッスン3。常に相手の裏をかき、先手を取れ。こいつはまあ、残っているのがプログラム通りに動く《封印されし者》だけだから余り考える必要はないか」

「そんなこと、ないです。また悪魔が何かを言ってくるかもしれないんですから」

 大真面目な顔をして首を振る寧々子がおかしかったのか、再び恭一が相好を崩した。


「そして、最後」

「追い詰められた時こそ、不敵に笑え。ですね?」

「分かってるじゃないか。じゃあ、頼んだぜ」

 軽く頭をぽんと叩き、そのまま身を翻し、オフィスを駆けていく。

 どういう訳か、彼の背には死をも決意した悲壮な覚悟が見えているような気がした。


「無理、しないでくださいね」

 小さな願いは、恭一には届かない。だが、言わずにはいられなかった。


「……行こう、蓮華」

『うん』

 画面に目を戻し、《ネコ》を操作する。

 階段を下りてすぐの場所に、自販機(ベンダー)が設置されていた。

 携帯食料を使用し、回復しておく。これで自販機から消耗品を手に入れる余裕が増えた。そのまま攻撃や回復用の消耗品を荷物一杯まで購入しておく。

 所持金が二億をわずかに下回ったが、気にしてはいられない。命より大事なものはないのだから。


 そのまま二人で並び、通路を歩く。

 最終階層である第五層は、一本道だった。


 敵の姿も見えない。水晶の壁が、床が、どこまでも続くような透明感と共に寧々子達の精神を締め付ける。美しい光景ではあったが、長居したいとは思わなかった。


 三十分ほど歩いただろうか。

『ねえ、ネコ。一つ、気になることがあるの』

「どうしたの?」


『さっきの部屋。おかしくなかった?』

「おかしいって、階段があった部屋の事? わたしは何も感じなかったけど」

 口にすると同時に、足を止める。

 蓮華の言葉が気になったからではない。目の前に、巨大な扉が立ち塞がっていたからだ。


『ならいいんだけど。私も何が変だったのか分からないし。それに……』

「気にしてる場合じゃ、なさそうだよね」

 透明感ある輝きに満ちたフロアに、黒く禍々しい門扉が一つ。

 扉の先に何が待ち構えているのか、容易に想像がついた。


『この門をくぐる者、一切の希望を捨てよ。だって』

 門扉に刻まれた文字を蓮華が読み上げると、寧々子が息を巻いた。


「冗談。わたしは希望を捨てない。もし蓮華が絶望しそうになったときは、わたしがそばにいる。涙が枯れるまで、苦しみが溶けるまで、ずっとずっといる。だから蓮華も絶望しない」

『そう、ね。私も、絶対にネコを守り抜く。例え、私が死んでも、ネコだけは守る』

「だから、そういうのはダメっていってるじゃない。もう、いくよ」

 どこまでも悲観的な蓮華の背中を軽く叩き、門を押し開ける。


 扉の先には、先程までと同じ水晶造りの部屋が広がっていた。

 半径百メートルは軽く超えていそうなだだっ広い部屋だ。


 その中心に、敵はいた。

 今は影しか見えない。だが、間違いないだろう。


 第三階層で寧々子達を追ってきた、災厄の王《封印されし者》。

 近づくごとに、相手の影は形を帯びていく。


 以前遭遇した時より、大きくなっているように感じられた。

 体長は五メートル近くはあるだろう。魔人じみた体躯は爬虫類のような姿に変わっており、以前よりはるかに威圧感を増している。おそらく、この巨躯こそが本来の姿なのだ。


 一歩進むたびに、嫌でも緊張感が増していく。重苦しい重圧感に涙が溢れそうになる。

 そして、ようやく最後の敵を視界全てを収めた時――


 ようやく違和感に気付いた。


「え……」


 嘘ではないか。

 幻覚ではないか。

 何かの間違いではないか。


《封印されし者》は、死んでいた。


 全身を切り刻まれ、不気味な体液を床に溢れさせ、一切の生命活動を止めていた。


 そして――


『よお。遅かったじゃないか。とても、退屈だったんだ』

 頭上から響く、聞き覚えない男の声。

 視線を上にやって気付く。


 最終最後の敵《封印されし者》の死骸の頭上に、男が片膝を立てて座っていた。


『初めまして。俺の名前は《シド》。今朝まで開催されていた予選ダンジョンの生き残りさ。

 やっと来てくれて助かったよ。退屈していたんだ。何せ、せっかく恐るべき強敵と出会えると思ってここまで来たのに、最後のボスは大したことが無かったんだから』


 今になって合点がいった。蓮華の言っていた違和感の意味に。そして、《封印されし者》から発せられる恐るべき重圧の正体に。


 蓮華の違和感、それは四層の階段部屋に存在した地面の窪みだ。事実、寧々子も一度躓いていた。

 通常、迷宮の床は整地されているようになだらかだ。だが、戦闘によって僅かに破壊される場合もある。


 蓮華は感付いていたのだ。誰かが、先にいるかもしれない、と。


 予選ダンジョンの生き残りである《シド》はおそらく寧々子達と同じ四層に放り込まれた。そして三人は出会う事なく、最後の部屋までたどり着いた。


『どうした。こっちは退屈なんだ。何か喋ってくれよ。

 それとも、俺の話を聞きたいのかい? 困ったな。喋るのはあまり得意じゃないんだ。だけどまあ、目的だけは話してもいいだろう』


 それだけ言い、《シド》が立ち上がる。


『君達には、俺の退屈をすこしだけマシにしてほしいんだ。そのちっぽけな、命を懸けて』


 言うが早いか、飛び降りざまに《シド》が手に持った鉄塊にも似た巨大な剣を振りかぶる。

 超高速で襲い来る斬撃を前に、寧々子の思考は完全に停止していた。

本日終了です。

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