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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第五章 死にたがり達は、狂乱の迷宮で舞い踊る
37/52

5・彼女の回答は

▼十六時四分


 悪魔の言葉を受け取り、寧々子の頭は混乱でいっぱいになった。

 蓮華からは何の反応もない。ただ、不快な沈黙だけがこの場の全てだ。


『蓮華ちゃんは君に言った。ネコは私が守る、と。まるで、一度は殺意を抱いてしまった親友に贖罪するように。だがそいつはとんでもない欺瞞。そこの女は、今も寧々子ちゃんの背中を狙っているのだよ』


 言われて、思わず画面の中の《ネコ》を振り向かせ、《レンカ》の様子を確認する。

 だが、ゲームの中の彼女は何の表情も見せず棒立ちしているだけだった。


「嘘よ。嘘に決まってる」

 震える声で必死に反論するが、悪魔は一歩も引かない。


『嘘かどうかはおれの話を聞き終えてからでいいと思うがね。以前にも同じような体験をしなかったかい?

 そう、《チョコ》の企てた陰謀だ。彼は君に深い絶望を与え、殺すために仲間になるフリをした。

 どうして君は蓮華ちゃんをそこまで信じられる? 友達だから? 助けてくれたから?

 まったくナンセンスだ。根拠にも論拠にも欠いている』


 何か、恐ろしい事が起きようとしていた。

 言葉の裏で不気味な陰謀が展開しているように感じられた。


『おれは、見てきたんだ。そこの刑事なら知っているだろ?

 憎しみは、消えない。そして殺意も。いつまでも、心の奥底、暗澹とした泥濘の中でいつまでも燃え続けるものだと。

 悪魔と契約した人間は、その精神の一部を悪魔と溶融させる。いわば、別人となるんだ。この女は、寧々子ちゃんが知る小鳥遊蓮華じゃない。形だけよく似た悪魔だ』


 瞬間、寧々子の視界に変化が生じた。

 見慣れた00班本部の部屋が、ゲームの中と同じ暗闇の階段とだぶついて見えたのだ。闇の中では、膝を震わす寧々子を、美しい天使の姿をした何者かが抱きしめていた。

 二、三度瞬きすると奇妙な光景が消え去る。

 どうやら、錯覚だったらしい。だが、悪魔のどこか蠱惑的な声は、別の現実を見せつけるほどの圧倒的な存在感があったのだ。


『四層の事も思い出せ。モンスターで満ちたあの部屋に真っ先に踏み込んだのは誰だ?

 あの場面での正解は一時離脱のはずだ。危機を乗り越えるきっかけを作ったのも、蓮華ちゃんではなく寧々子ちゃんじゃないか』


 再び、幻覚が寧々子の世界を覆う。

 膝を抱えて蹲る蓮華のそばに立つ自分に、天使の姿をした悪魔。

 悪魔は寧々子の頬を撫で、まるで誘惑するかのように囁いていた。


『人間は本当に追い詰められると、言葉を失う。蓮華ちゃんが今何も言えないのはなぜか。それはおれが真実を言っているからだよ』

「そんな事を教えて、あなたはわたしに何をさせたいの。わたしに、蓮華を殺せとでも、言いたいの?」


 幻覚はさらに現実を侵食し、世界は寧々子と蓮華、そして悪魔だけの三人になる。

 不思議な事に、目の前にいるのは《レンカ》ではなく蓮華本人だった。


『まさか。自分を殺そうとした相手でさえ救おうとした寧々子ちゃんに、親友を殺せだなんて言えないともさ。

 ここまでたどり着いた君に対する好意の表れと思ってくれていい。

 おれが伝えたいメッセージは一つ。本当にゲームクリアを目指すなら、その女は切り捨てるべきだというアドバイスさ』


「切り、捨てる……?」


『そう。傷つける必要はない。ただ、そこでへたばる負け犬を置いて先に進むだけでいい。

 そうすれば、寧々子ちゃんが勝利を得る確率は、きっと上がるはずさ』


 蓮華が寧々子をずっと殺そうとしていた。

 最高の裏切りのタイミングを模索していた。

 今まで助けてくれたのもすべて嘘だった。


 悪魔の方が嘘を言っているかもしれない。

 だが、ならばなぜ蓮華は反論しない。


 どうすればいい。何が正しい。寧々子にはわからない。


 恭一の声がどこか遠くから聞こえる。

 だが、導いてくれるはずの彼の声は、何を言っているのかさえ聞き取れなかった。


 自分で、決めなければならない。


 ならば、答えは一つだ。


 闇に浮かぶ階段で蹲る蓮華に向け、寧々子が取り出したのは一本の短剣だった。

 現実において、寧々子は《ネコ》を操作しているだけのはずなのに、自分自身が短剣を握り締めているような錯覚に陥っていた。


 そのまま短剣を蓮華の喉元に突きつけ、言う。


「ねえ、蓮華。もし、わたしがこの短剣をあなたに刺したら、どうする?」

「文句は、無いわ。いいえ、お願い、殺して。私は、ネコになら殺されてもいいと思ってる。それだけの事をしたんだから」


――やっぱり。

 心の中に静かな満足感が寄せる。

 ならば、やることは一つだ。


 蓮華の手を取り、固く握りしめていた拳を開かせる。その上にそっと、持っていた短剣を乗せ、再び握らせる。

 そして、短剣を握り締めた手を、寧々子自身の喉元に持って行く。


「わたしも、同じ。蓮華になら殺されてもいい。わたしは、それだけの事をあなたにしてしまったから。死が、たった一つの救いになるのなら、それでも構わない」


 蓮華は、動かない。

 寧々子も、また同じだ。


 闇の中で薄く光る階段の上で、二人はただ見つめ合っていた。

 寧々子自身の喉元に刃を突きつけたまま。


「これが私の答え。さあ、蓮華。殺すなら殺してみて。私は、蓮華に殺されるのなら笑って死ねる。だって、絶望に沈む蓮華を、さらに奥まで引きずり込んでしまったのは、わたしだもん」

 目を閉じ、告げる。

 全身を切り刻んでしまいそうな緊張感が周囲を見たし、鼓膜が破れるほどの沈黙が支配する。

 心臓が脈打ち、血液が流れる音だけが寧々子の感じる全てだ。


 ただ、答えを待つ。


 悪魔の言葉が真実ならば寧々子はここで死ぬだろう。

 両親は悲しむに違いない。《DF》で稼いだカネもどうなるかわからない。

 何もかも投げ捨てる無責任な形になるが、それでも構わなかった。


――だって。

 待つ。ただじっと、待つ。

 限りなく永遠に近い数秒が過ぎ、そして。


 答えの瞬間はやってきた。

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