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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第五章 死にたがり達は、狂乱の迷宮で舞い踊る
35/52

3・イミテーション


▼八月二十日 十五時五十八分



 涼原や寧々子は恭一の事を「強い」だの「優秀」だのと評価する。

 だが、そんなものは無意味だ。誰も救えない男など、ただの無力な虫けらだ。


 命令を受けて二十四時間。

 打てる手は、全て打った。だが、駄目だった。全ては徒労だった。


 あらゆるデータを照合しても、どれだけ情報をかき集めても、ゲーム内の《レンカ》の正体にはたどり着けなかった。


 もはや、恭一に取れる手段は一つしかない。

 寧々子から携帯電話を奪い、《レンカ》を殺す。

 本来ならば問題ないはずだ。

 現実世界において小鳥遊蓮華はとっくに死体になっているのだし、契約者を名乗る得体の知れない人物を殺せば、ゲームが終わる可能性は非常に高い。


 理屈の上では間違っていない。涼原の指示に矛盾はない。

 手から、じわじわと汗が滲みだす。疲労と睡眠不足で目がかすむ。


 涼原が指定したタイムリミットまで、あと一分。

 あと一分以内に《レンカ》の正体を掴まねば、恭一は寧々子から携帯電話を取り上げねばならなくなる。

 命令への反逆はできない。そういうルールだ。彼は涼原が仕掛けた賭けに負けたのだから。


 最後の瞬間まで諦めるつもりはなかった。ひたすらに思考を働かせ手立てを考える。

 だが、もはや可能性はゼロだった。


 あと、四十秒。

 背後から覗き込む画面の中では、寧々子が何やらアイテム欄を開いていた。

 細く、白い指が滑らかな動きで一つの消耗品を選択する。


 力強い押下(タップ)と同時、《ネコ》が黄緑色に光る魔法珠を投げつける。

 恭一の目が捉えた限りではアイテムの名前は《変化珠》。


――残り、二十秒。

 死刑を待つ囚人の気持ちに浸りながら、寧々子の画面をじっと見る。

 恭一の心は、どうしようもない敗北感でいっぱいだった。


――あと少しだったのに。どうして。

 圧倒的な負の感情が胸の中を灰色に染めていくのを感じながらも、画面から目は逸らさない。

《ネコ》が投げつけた《変化珠》は、放物線を描き、群れの一匹へと着弾した。


――あと、十秒。

 変化珠の効果はおぼろげながら覚えている。

 確か、使用することで周囲にいるプレイヤーそっくりに姿を変えるのだ。姿を変えるだけで、他に何の効果もない。

 プレイヤー同士の戦いで騙し討ちをするのには使えるだろうが、それだけだ。

 貴重なアイテム枠を潰してまで迷宮の終盤に持ち込むようなアイテムには思えなかった。


――あと五秒。

 だが、恭一の懸念は外れる。

 無数の怪物に囲まれ、どうしようもなく不利だった状況に変化が現れたのだ。


 何が起きたというのだろうか。

 まるで海を割るモーゼの逸話のように、怪物達が寧々子達の進路を空けていく。


 理由は一つしかない。

 先程投げつけた《変化珠》だ。


 

――まさかっ!

 直近のプレイヤーキャラクターそっくりに姿を変える魔法を、自分ではなく怪物にかけたのだ。


 ならば、どうなるか。

 答えは簡単。怪物は《ネコ》そっくりに姿を変え、錯覚した怪物たちから標的にされる。


 恭一が幼い頃にプレイしたゲーム。《DF》にコンセプトのよく似た迷宮探索RPGでも、似たようなテクニックは存在した。


――やはり、この子は凄い。


 恭一の訓練された手練とも違う。死を目前にしても冴えわたる対応力には舌を巻くほかなかった。

 だが《変化珠》で他人を身代わりにできる確証はなかったはずだ。

 土壇場でとてつもない博打に出る勝負度胸に感嘆しながら、携帯電話を奪い取る為の準備に出る。

《ネコ》達が階段を下りた瞬間に動くつもりだった。


 本心では、このような愚行は行いたくはない。


 何故なら、恭一の所見において、涼原の命令は……


――待て。待てよ。


 瞬間。

 稲妻のような衝撃が恭一の脳内を直撃した。


 きっかけは、寧々子が放り投げた《変化珠》だ。

 珠の持つ効果と共に恭一の頭に浮かんだのは、第一階層で起きた《ネクロマンサー》との戦いの記憶だった。


――そう、だ。そうだ。俺は、俺達は何て思い違いをしてたんだ。

《DF》のルール上、キャラクターが死んだ場合、プレイヤーもキャラクターと同じ状態になる。


 キャラクターが死ねば、プレイヤーも死ぬ。

 キャラクターが真っ二つになって死ねば、プレイヤーも両断されて死ぬ。

 キャラクターが生きた屍になれば、プレイヤーも死体のまま動き出す。


――つまり、つまりだ。


《変化珠》を使って《レンカ》に化けたキャラクターが死んだ場合、プレイヤーはどうなる?


 あくまでも仮説だ。確定的な証拠など無い。

 それでも、それでも……


――まさか、あの死体は。発見された小鳥遊の死体は。


《レンカ》に化けたまま死んだ、プレイヤーのものだったのではないか?

《レンカ》に化けたキャラクターが死んだと同時、プレイヤーは小鳥遊蓮華と同じ姿へと姿を変えて死んだのではないか。

 理屈など知った事か。常識から逸脱した推理であるのも分かっている。

 だが何せ《DF》は悪魔のゲーム。既に死体まで動いているのだ。可能性はゼロではない。


 ならば、何故他のプレイヤーが《レンカ》に化ける必要があったのか。

 思い当たる節はあった。蓮華の死体が発見される直前、《チョコ》とPK達の襲撃を振り返る。

 黒羽の目的は、寧々子に絶望を与えること。

 ならば、死闘を繰り広げる《ネコ》の背後から《レンカ》に化けたPKが攻撃するプランも立てられていたのではないか。


「小鳥遊蓮華。一つ聞きたい」

 暗く、長い階段を降りる二人に向けて声をかける。

 恭一が背後に立っているのに気付いた寧々子が驚きの声をあげるが気にしない。


『何ですか?』

「先日、君を襲ったPKの中に、《レンカ》そっくりの奴はいなかったか?」

『いましたけど、それが何か』

 求めていた答えを手に入れ、歓喜と同時に歯噛みする。

 蓮華にとって、PKの中に自分そっくりなキャラクターがいたことなどどうでもいい事だ。自由にキャラクターの外見を設定できる以上、一人や二人同じ外見の者がいたとしても気になる訳がない。

 警察組織が蓮華の死体を発見したという情報を本人に隠しているのだからなおさらだろう。


 悪魔の陰謀など関係ない。今回ばかりは恭一(ニンゲン)が作り出した幻想の悪魔に踊らされていた形だ。

 寧々子のように蓮華の今までの行動を信じていれば、このような愚かな遠回りはしなかった。

 だが、それでも恭一は見抜いた。辿り着いたのだ。


 小鳥遊蓮華は、生きている。

 ゲーム内の彼女は、間違いなく本物の小鳥遊蓮華で、契約者本人なのだ。


 涼原の命令は「情報が掴めなければ《レンカ》を殺せ」。

 だが恭一は情報を掴んだ。《レンカ》の正体を確信した。

 ならば命令は無効だ。子供の屁理屈並みではあるが、現場の判断で動かさせてもらう。


――まだチャンスはある。

 首の皮一枚ではあったが、まだ望みはあった。


 だが、次の手を打つために口を開こうとした時。


『むかし、むかしあるところに、一人の女の子が住んでいました』

 暗闇の中に、何の前触れもなく、低く深い声が響き渡った。


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