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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第五章 死にたがり達は、狂乱の迷宮で舞い踊る
33/52

1・緊急指令

 十二年前。

 大歓声のインターハイ決勝戦で、恭一は完膚なきまでに敗北した。

 幼い頃から勝利に慣れ続けていた彼にとって、それは大きな挫折だった。


 繊細な十代の少年にとってあまりにも強烈な痛手は、恭一を剣の道から遠ざけ、もはや復帰は周囲にとっても、自分自身にとっても絶望的に思えた。


 打ちのめされた彼を救ってくれたのは、疎遠になっていた幼馴染。

 邦枝(くにえだ)麗。彼女こそが、暗闇の荒野に這いつくばる恭一を救ってくれたのだ。

 麗は、周囲の他人のように剣を握るのを強要しなかった。

 ただ一緒に登校し、食事をし、遊びに誘ってくれただけだ。それだけで、ささくれだった恭一の心は徐々に癒されていった。


「なあ、どうして麗は俺に部活に戻れって言わないんだ?」

「何でだろう。だって恭一って、なんだかんだで好きでしょ、剣道。だから、何もしなくても勝手に戻っていくかなって。信じてる、とも違うなあ。そういうもんかなーって」


 何気なく言い放たれた言葉に恭一は決意した。

 剣を再び握ろう、と。

 恭一を打ち倒した男、紫藤龍君に次こそは勝利しようと。

 自分を信じてくれたかけがえのない友人に、報いるために。


 彼女の投げかけてくれたやさしさは十年経った今でも覚えている。


 何せ、最後の言葉だったのだから。

 

 恭一が部活を休み続けていた事を部員や顧問に詫び、復帰を誓った翌日――

 邦枝麗は、命を落とした。

 声明も要求も何もない、謎のマンション爆発事件に巻き込まれて。


 その日を境に、恭一は試合から背を向けた。

 勝利を捧げる相手を失ってしまったから。


 そして再び試合場に立つ意義を見出せぬまま、既に十年以上。

 警官になり、理由あって賭場に身を置き、下らない権力のゴタゴタに巻き込まれた挙句に逮捕され、一体今までに何を得たのだろうか。


 今の恭一には、分からなかった。

 


▼八月十九日 十四時/00班本部 仮眠室


 何か悪い夢を見ていた気がする。

 オフィス奥の仮眠室で目を覚ました恭一は、眠気覚ましに煙草を咥えて火を点けた。

 吐き出す煙と共に思い出した顔は、どういうわけか香取寧々子の不安そうな表情だった。


――あの子だけは、守ってやらないとな。

 理由はとっくに分かっていた。

 寧々子は似ている。似すぎている。

 かつて失った、大切な幼馴染に。


 寧々子と蓮華を見ていると思うのだ。

 彼女たちの関係を壊したくない、と。


 だが恭一に定められた義務は、自身の感傷ごときに左右されていい類ではない。

 そもそも、小鳥遊蓮華は既に死んでいる。ゲーム世界の《レンカ》は得体の知れない謎の人物なのだ。


 涼原と相談した結果、寧々子には蓮華の遺体が発見された事実は伏せることにした。

《レンカ》の目的が不明な以上、こちらが情報を掴んでいる事実は出来る限り漏らさないほうが得策だと判断したからだ。


――だが、伏せた所でどうなる。

《DF》を原因とする異常死は増え続けるばかりだ。

 予選開始から二週間。確認されただけでも千件以上の突発異常死が起きていた。

 露見していないものも含めればどれだけの人間が死んだのか、もはや把握しようがない。


 世間は混乱し、一部地域では暴徒も出ている。

 商店や車から火の手が上がり、警察官が袋叩きにされる光景がテレビのニュースで映し出されたのを見て、恭一は目を疑ったものだ。まるで南米のスラムではないか。

 自衛隊の治安出動も囁かれているが、遅すぎるくらいだろう。


 ネットでは人間が破裂し、溶け、引き裂かれ、ねじ切れる現場を撮影した動画が溢れかえっていた。

 狂ったことに、何の加工もされていない異様でグロテスクな映像は世界中から何百万というアクセスを集めている。

 削除しても、削除しても、どれだけ駆除しても湧いてくるゴキブリのような有様に、もはや対応不可能な状態となっていた。


 さらに、謎まで増えているのだから始末に負えない。

 何故、契約者が死んだというのにゲームは続いているのか。

 小鳥遊蓮華は契約者ではなく《レンカ》を操る本物の契約者がいるとでもいうのか。


 もはや、クリアに許された時間は多く残されていない。

 涼原の調べでは、二週間以内に米国のサーバー攻撃が決行されるとの事だ。

 もし米国が《DF》サーバーを無力化できなかった場合、日本は火の海になる。


――どうする。どうすればいい。

 起死回生の策など思いつかない。タイムリミットは徐々に迫ってくる。

 拳を握りしめ、思考していると、ドアを開けて涼原がやってきた。

 相変わらず松葉杖をつき、腕も包帯で吊っている痛々しい姿だ。


「例の遺体のDNA鑑定結果が出た。結論から言おう。結果はポジティブ。小鳥遊本人である可能性は99.9%とのことだ」

 入って来るなり後ろ手で鍵をかけながら、涼原が告げる。


「案の定、ですか。なら、あの《レンカ》は誰だってんだ」

 他人の空似である可能性も考慮しての鑑定だったが、やはり本人に間違いないようだ。


「おそらく別人だろう。契約者が死亡しているというのにゲームが続いているのが証拠さ」

 涼原の判断はもっともだ。だが、何かが引っかかる。

《レンカ》が蓮華になりすます目的も分からなければ、果たして幼馴染である寧々子を数週間も騙し続けていられるのかも疑問だ。


「結局、ゲームをクリアするしか方法はないようだ。とにかく、小鳥遊の死を我々が知っているのを《レンカ》に気付かれてはならない。

 警戒は解かず、それでいて何も知らないふりをして、出来る限り情報を引き出すべきだろうね」

「了解です」


「おや、妙に素直だね」

「それくらいしか出来ることがないですから」


「期待してるよ。何しろ聞けば君が賭博に身を染めてたのは、捜査のためって言うじゃないか。

 賭場の引き裂くような緊張感に身を置くことで心を砥ぎ澄ますとともに、判断力や読心能力を養っていたってね。

 今こそ、君の能力を発揮する時だ。《レンカ》の嘘を、目的を暴けばこちらにとってもアドバンテージになるはずだ」


「全力を尽くしますよ」

 賭場に出入りしていた理由は半分は正解だったが半分は間違いだ。

 訂正する気にもなれず適当な言葉でごまかし、立ち上がろうとした時だった。


「だが、もし、もしだ。明日の十六時までに《レンカ》の正体が判明しなかった場合……香取寧々子の携帯電話を接収し、君が《ネコ》を用い、《レンカ》を殺すんだ。これは命令だ」

 重く苦しい重圧と共に告げられた言葉は、恭一の頭に締め付けるような痛みを走らせる。

 いつものように眼鏡を押し上げながら放たれた命令は、あまりに唐突なものだった。

 もちろん予測も覚悟もしていた。

 だが想定より早すぎるし、何よりも不確定要素が多すぎる。

 小鳥遊蓮華の死がはっきりしてしまった以上、《レンカ》の正体は謎のままなのだ。


「以前言っただろう。命令違反を許すのは一度だけ。奇跡は二度も起きない、と」

「しかし、どうして急に」

「米国のサイバー攻撃の日取りを掴んだ。こちらの想定より早く、日本時間で明日の午後六時に行われる」

「明日、だって……? ふ、ふざけるな!」

 寝耳に水の話だった。だが、ありえない事態でもない。

 現在、日本国内どころか世界は混乱の極みにあり、当初の予定である九月の頭に実行する予定を前倒しにしたのだろう。


「私とてこんな命令はしたくない。もう少しなんだ。あと少しでゲームがクリアできる。なのに、どうして私はこんな命令を君に下さねばならないないんだ……!」

 涼原が壁に左拳を叩きつけ、吐き捨てる。

 彼の目下には濃い隈が浮かび、身体的疲労と精神的疲弊で頬もげっそりとこけていた。


 理不尽すぎる指令だが、覆す方法はない。


――どうすれば、いい。

 このままでは最悪の事態が訪れる。だが、恭一に取れる手段は少ない。


「命令の件、了解しました。ですが時間までに《レンカ》の正体が判明した場合、ゲーム中での殺害ではなく、身柄を押さえる方向で動かさせてもらいます」

 声を振り絞り、首を縦に振る。

 命令は拒否できない。だが抵抗の余地は残されていた。


「状況と残り時間次第だ。我々に残された時間は、もはやない」

 涼原も苦渋に満ちた声で回答する。

 タイムリミットまで、約二十四時間。

 最善の手を探すしか道はなかった。

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