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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第四章 魔人が生まれ、裏切り者は牙を剥く
32/52

7・アクセラレーション

▼八月十八日 十五時十三分/00班本部


――――――――


《災厄珠》。

 迷宮の最下層に封印された最後の敵を召喚する。

 召喚された怪物は、周辺のプレイヤーを無作為に襲い続ける。効果時間15分。


――――――――


《災厄珠》の名を告げられた瞬間、寧々子はすぐに危機を把握した。

 迷宮を探索するうち、一度だけ見たことがあったからだ。


『七人のPKと戦ってた時、追い詰められた一人が突然使用したの。自棄になったのか、効果を過小評価していたのか、自分だけは逃げ切れると思ったのかは分からない。

 でたらめに使用される魔法珠の中に《災厄珠》は混じってた。そして、迷宮最下層に鎮座する最後の怪物、《封印されし者(シールド・ワン)》が召喚された』

 通路に仕掛けられた罠を解除しながら、口早に蓮華が事情を説明する。

 彼女の話では、《封印されし者》の戦力は圧倒的で、PK達を瞬く間になぎ倒していったらしい。


『混乱してたのと、私が傷を与えてたのもあったと思うけど、彼らは全滅した。今の私達じゃ勝ち目はほとんどない。

 レベルも全然足りてないと思うし、PKとの戦いで私の分の消耗品は使い切ってしまったから』

 見てみると、《レンカ》のHPは瀕死(レッド)にまで減少していた。慌てて回復アイテムを使うが、生憎全快までは至らない。


《チョコ》との戦いで負った《ネコ》の傷を癒すのに、ほとんどを使い果たしていたからだ。


 彼女の言う通り、今の状態で襲われれば全滅は免れないだろう。

 だが、唯一の逃げ場である階段は、罠が敷き詰められていた。


 フロア全体に響くほどの重い足音が、徐々に近づいているのを感じる。

 間違いない。《封印されし者》は着実に寧々子たちのもとに向かってきていた。


 罠の強行突破は、不可能だろう。

《ネコ》のHPでは耐えられないし、《レンカ》に至っては手負いだ。《チョコ》などもはや微動だにしない。


――だったら。

 前門の罠。後門の悪魔。追い詰められた寧々子に取れる手段は一つしかない。


「葛城さんっ!」

 閃いたのは偶然だった。余り褒められた手段ではないが、背に腹は代えられない。

「《チョコ》を操作してください! 罠は一度発動すれば、スイッチは消滅します。わたしと《チョコ》でダメージを受けながら強行突破するしか方法はありません!」

 言葉にしている間も、足音と振動は徐々に強くなっていく。もはや蓮華の罠解除を待つ時間はない。


 だが――


「葛城、さん?」

 画面の向こうの《チョコ》から返事はない。完全な無反応だった。


「葛城さん、どうしたんですか」

 迫りくる脅威と、頼るべき相手の無反応に恐怖が吹き上がる。

 いったい彼の身に何が起きたというのだろうか。


『あの刑事なら、とっくにいない。電話が来て、慌ててどっかに飛んでいっちまったよ』

 かわりに返ってきたのは、《チョコ》のプレイヤーと思しき声だった。いつの間にか今までの甲高いものと違い、若い男の声に変っている。


「どこか、って」

『オレが知るかよ』

「だ、だったら《チョコ》さん、お願いします。一緒に罠を突破してください!」

『オレが? お前と? 一緒に協力して危機を乗り越える……?』

 返ってきたのは、鼻で笑うような乾いた声。

『馬鹿にしてんのか。情けをかけられ、見下され、同情と屈辱でオレをグチャグチャにしちまったお前に、協力するだって? ふざけんな』

 吐き捨てるように言い放った直後――

 意外な言葉が、寧々子に突きつけられる。


『こんなもん、オレ一人で十分だ』

 何を言っているのか理解できなかった。ただ、硬直する寧々子たちに背に向け《チョコ》は一歩足を踏み出した。


 自らが仕掛けたに違いない罠のスイッチに向かって。


『一つだけ宣言してやる』

 かちりと軽い音が地鳴りに混じって聞こえた直後、紫色の毒液が《チョコ》の肌を溶かした。


『オレはゲームを降りない。食料がなくなろうと、あのクソ刑事に追われようと、止めるもんか。お前を殺す。絶対に、殺す』

 不思議な事に、殺すと宣言した彼の声音に殺意はなかった。


『殺して、オレの凄さを見せつけてやるんだ。そうしないと、いけないんだ。お前が、ムカつくくらい凄すぎる奴だから』

 さらに一歩、また一歩と踏み込む。

 進むたびに毒矢が、槍が、ガスが、地雷が《チョコ》を襲い、見る見るうちにHPを奪い取っていく。

 例え戦士のタフさと言えど、耐えられるとは思えなかった。


『言ってる事がワケわかんねぇのはオレだって自覚してる。

 けど、お前のせいでグチャグチャになったオレの頭を整理するには、お前をどうにかするしかないんだよ。だから、殺す。もう、決めた。決めたんだ』

 悪意も殺意もない。なのに彼は殺すと連呼している。

 寧々子には彼の真意は分からない。おそらく、本人にも分からないのだろう。


 念仏のように殺すと繰り返しながら、《チョコ》が爆煙の向こうへと進んでいく。


 背後からの地鳴りがすぐ近くに迫る。

 背後を確認すると、すでに《封印されし者》は背後まで追ってきていた。


 赤黒い鱗で覆われた三メートル近い巨体。

 巨大な二本角に、爛々と輝く金色の双眸。

 巨躯が狭い通路を削り取りながら、徐々に、徐々に寧々子たちに近づいてくる。

 丸太のように太い腕を真っ直ぐ伸ばし、血まみれの手で《ネコ》を握りつぶそうとしているようだった。


『ネコ! 行くわよ、急いで!』

 既に画面の中の《レンカ》は《チョコ》を追って走り始めていた。

 地雷が巻き起こした爆発煙のせいで、前方がどうなっているのかはもう分からない。

 ただ、《チョコ》を信じて走るほかない。


 通路は通過できないと思ったのだろう。

《封印されし者》が深く息を吸い込み、そして吐いた。

 口から放たれた炎が通路に充満し、寧々子たちを凄まじい速度で追いかけてくる。


 走る。走る。ただ走る《ネクロマンサー》に追われた、あの日のように。

 ただ違いが一つあった。

 隣には、親友がいる。


 未だに蓮華が何を考えているのかは分からない。

 だが、寧々子はどこまでも友を信じるつもりだった。


『階段を下りれば、敵は追って来れない。だから、早く、早く!』

 永遠にも感じられる数秒。

 フルマラソンより遥かに長い二十メートル。


 煙を抜ける。

 暗闇の階段を駆け下りる。


 そしてようやく――


 寧々子たちの背後から禍々しい気配は消え去り、静寂の迷宮へと再び踏み入れた。


 第四階層。

 血液のように岩壁をマグマが伝う、紅のフロア。

 最終階層の手前。死と裏切りの物語の終盤戦が今まさに始まろうとしていた。


「あれ、《チョコ》さんは……?」

 不思議な事に、一緒に走り抜けたはずの《チョコ》の姿はなかった。


「もしかして、途中で力尽きて……嘘。嘘、でしょ」

 せっかく助かった命だというのに。もし自分が一緒になって罠を受けていれば、と後悔が胸を締め付ける。


『血の跡が続いてる。恐らく、彼は生きてるわ。何があったのか詳しくは分からない。けど、止めを刺すなら――』

「駄目、追わないで。確かに《チョコ》さんはわたし達を裏切った。けど、もういいの。もう、いいの」

《チョコ》はもう敵対してこない。不思議な確信が寧々子にはあった。

 蓮華は何も言わない。

 付き合いの長い二人の間に、言葉はほとんど必要なかった。


「とにかく、落ち着ける場所を探そ。消耗品もあまり残ってないし、残ってるプレイヤーの数とか、色々調べないといけないこともあるし」

 危機は去ったが、やるべきことは山積みだ。

《チョコ》は姿を消し、アイテムは残り少なく、未知のフロアに二人きりだ。


 そして、気になることはもう一つ。

 電話を受けて唐突に姿を消した恭一の行方だった。


――葛城さんがいてくれれば。

 いつの間にか精神の支柱になりつつある刑事を思うと同時、通信機に着信が入った。

 相手はもちろん恭一だ。


『無事のようだな。少し確認したい。小鳥遊はゲーム内にいるのか?』

 電話に出るや否や、口早に恭一が問いかける。疑問を許さない力強さだった。


「もちろん隣にいますけど。どうしたんですか?」

『いや、気にしなくていい。《チョコ》はどうなった?』


「えっと、わたし達を助けてくれてから、そのままはぐれちゃいました」

『そうか、警戒だけは怠るな。あと、そこの《レンカ》には今まで以上に気をつけろ』

 すぐさま通話は途切れ、脱力感が寧々子を襲う。

 彼のもとで一体何が起きているのか、寧々子は知る由もなかった。





▼八月十八日 十六時 /品川区 『カラオケハウスYY』403


「小鳥遊は……いや、《レンカ》はゲーム内にいるそうです」

「なるほど、ね。だったら目の前のこいつはどう思う?」


 小鳥遊蓮華を発見した。

 至急、指定の場所に急行せよ。

 この命令はすべてに優先する。


 涼原からの連絡を受け、都内にあるカラオケボックスに到着したのが五分前。

 現場は物々しい雰囲気に包まれていた。


 それもそのはず。


 何故なら。


 発見された今回の事件の最有力容疑者、悪魔に最も近い女。

 契約者、小鳥遊蓮華は――



 遺体で発見されていたのだから。



 胸に巨大な風穴が空いた、無残な姿。

 鮮血の大輪がソファを、床を、機械を、べっとりと染めていてる。


 きっかけはカラオケ屋からの通報だった。

 通報時間は、恭一と黒羽が対峙している最中。

 お蔭で恭一は錯乱する黒羽を放って現場に急行する羽目になった。寧々子の事だから上手くやってくれるだろうが、心配はぬぐえない。

 だがそんな不安を蹴散らすかのように、現場には契約者の死体が転がっていた。


「どういう事だろうね。遺体は間違いなく小鳥遊蓮華。だが、《レンカ》はいまだゲーム内で香取寧々子を手助けしている。私には何が何だか分からない」

「……俺にも分かりませんよ」


 五流のミステリなら双子の妹だったりするのだろうが、生憎ここは現実だ。

 小鳥遊蓮華に身寄りはなく、双子だったという事実もない。


 ただ、寧々子には黙っているべきだと判断した。ゲーム内の《レンカ》の正体は不明であるが、すぐさま事を起こす可能性は低い。

 むしろ、蓮華の遺体が発見された事実を《レンカ》に気付かれる方が危険だろう。


「小鳥遊は死んでるのに、ゲームはまだ続いている。一体、何が起きてるってんだよ」

 全ての捜査も推理も覆され、目の前が真っ暗になるような錯覚が恭一を襲う。

 窓から見える景色。狭い空では、暗雲が立ち込め、強い雨がガラスを叩き始めていた。


今まで一緒にいた蓮華は誰なんだろう。


次回、第五章。

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