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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第三章 終末のパンデミック
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7・契約者の誘惑

「どういう事だ。俺のいない間に何があった! 説明しろ!」

「わ、わたしにも分かんないです! PKに襲われたと思ったら、《レンカ》が助けてくれて……」

 恭一の声には、様々な感情が込められていた。

 焦燥、憤怒、興奮、失望。

 勿論、寧々子は理由を知っている。警察は、蓮華を疑っているのだ。《DF》事件の主犯、契約者として。だが、悪魔の脅しのせいで、蓮華を捕えるのを諦めざるを得ない状況にあった。


「なるほど、な。テメェの安全を確保できたから姿を見せれるようになったワケだ」

 恭一が毒づく。

 だが、蓮華の操る《レンカ》は恭一の問いかけを黙殺し、一足(いっそく)で《アヤ》の間合いに踏み込み、腕を叩き斬った。

 そのまま止めを刺そうと《レンカ》が剣を突きだそうとした時――


「止めて蓮華っ。殺しちゃ駄目!」

《束縛珠》の効果から抜け出した《ネコ》が、《レンカ》の前に立ち阻んだ。同時に、《ネコ》の眼前で刃が止まる。


『どいて、ネコ。放っておけばそいつはまたあんたを狙うかもしれない。ここで殺しておかないと、あんたが殺されるのよ』

「けど、このゲームではキャラクターが死ねばプレイヤーも死ぬの。だから殺しちゃ駄目」

『……知ってるわ』

 答えると共に《レンカ》が刃を引っ込めた。直後、恭一が鋭い声で警告する。


「離れろ。小鳥遊蓮華は契約者……このゲームの主催者である可能性が高いんだぞ」

『契約者とかは分かんないけど、あたしもカツラギさんの意見に賛成。そいつはPKよ。あたし、この目で見たもん』

 どうにか相手を下した《チョコ》が《ネコ》のもとに駆け寄り、恭一に同意する。

 気になったのは、蓮華がPKに手を染めていたという一言だった。


「嘘よ、嘘よね? 蓮華が契約者だとか、PKだとか、そんなの、ありえないよね」

 PK達が逃げ去るのを横目に見ながら、蓮華を問い詰める。聞きたいことは山ほどあった。

 どうして行方をくらませたのか。今まで何をしていたのか。

 契約者だなんて、嘘だといってほしい。PKだなんて、否定してほしい。

 しかし、寧々子の質問に対しての答えは――


『ごめんね』

 という小さな謝罪だけだった。


 どうして否定してくれないのか。せめて肯定してくれれば諦めがつくのに。

 歯噛みする寧々子をよそに、蓮華が言葉を続けていく。


『許してもらうつもりはない。だけど、一つだけ我儘を言わせて。ネコ、あんたを守らせてほしいの』

 鬼気迫る声音。まるで、死を覚悟した者の懇願にさえ聞こえた。


「離れろ、寧々子。悪魔の戯言に耳を貸すな」

 ゆっくりと、それでいて力強く恭一が手を伸ばし、寧々子から携帯電話を取り上げようとする。

「止めて、止めてよっ。放して! 蓮華は親友なの。わたしを守るって言ってるのっ。葛城さんは外から命令するだけじゃない! 実際に命を賭けてゲームしてるのはわたしなんだから! 知った風な事言わないで!」

 言葉にして後悔する。一時の感情で取り返しのない事を口走ってしまった。

 今まで恭一は幾度となく寧々子の危機を救ってくれたのに。その中には、まさに命がけで救ってくれたのもあったはずだ。

 身を引き裂かんばかりの緊張感が部屋を、そしてゲーム内を支配する。


《チョコ》は油断なく武器を構え、恭一は千切れんばかりの力で寧々子の手首を握り締めている。

 数秒。ほんの数秒。静かな、それでいて張りつめた時間が流れる。鼓膜が破れんばかりの沈黙が空間を責め立てる。

 沈黙を破ったのは、誰の声でもない。

 耳障りな電子音だった。通信機の呼び出し音が現実世界の室内に響き渡る。涼原からの着信だ。

 恭一が一つ舌打ちをし、寧々子から手を放すと、ポケットから通信機を取り出す。


「はい、葛城」

『テレビを見ろ! 今すぐだ! チャンネルはテレビ桜花! 早くっ! 急げッ!』

 通信機から声が漏れ聞こえる。

 涼原は柄にもなく慌てているようだった。恭一が寧々子の携帯電話を注視しながら、言われた通りテレビを点ける。


「なっ!」「えっ!?」

 直後、二人の口から驚愕の声が漏れた。


 当然だ。

 テレビには、とんでもないモノ――


 悪魔が催す死のゲーム。

 ダイモンズ・フロンティアが日本中に拡大する予兆が映し出されていたのだから。




▼八月十一日 午後十一時四十二分 / 千代田区 00班本部


 テレビに映るのは、定番の深夜バラエティーだった。

 夜の十一時台のバラエティー激戦区の一つ。笑えはすれど薄い内容。目の前に映るのは、乱立するそんな番組の一つだった。

「ふざけんな……こんな馬鹿な事、あってたまるかよ」

 恭一の口から漏れるのは呪詛だけだ。今の彼には何もできない。

 例えテレビが、巷で話題の都市伝説に関する特集を組んでいたとしても。


 そして、その中でもよりによって――

 ダイモンズ・フロンティアにまつわる噂を紹介していたとしても。


 テレビの前の恭一は、ただの無力な一視聴者でしかなかった。


『満月の晩の深夜零時――』

『とあるURLにアクセスすると――』

『人生を変える大金が手に入る』

『ただし、アクセスすると危険がある』

『今までに死んだ人間もいるらしい』

『五億稼いだ人間もいるらしい』

『そのURLとは――』

 ナレーターが芝居じみた抑揚で都市伝説を話す中、恭一はただ打ち震えるしかできなかった。

 人の口に戸は立てられない。警察がいくら隠蔽しようとも、周囲の家族や目撃者から、噂は漏れる。

 そして、尾ひれがついて広まるのだ。


「涼原さん、放送を止めてください。早くッ」

『落ち着くんだ。放送前なら止められたが、今となっては不可能だよ』

「何か手はないのか」

 苛立ち交じりの恭一の問いに、答えはない。つまり、万事休すという訳だ。


《DF》事件の異常な死亡現場に関してならば報道管制を引いてある。

ただし、《DF》の都市伝説そのものはノータッチだった。嘘としか思ない噂話に規制をしても不自然な上、止めようもないからだ。


 その判断が今、最悪の形で自分達に襲い掛かってきていた。


「待てよ。有り得ないだろ。だって、だって今日は……」

『そう、満月だ』

 絶望的な声持ちで涼原が吐きだす。

 今日は八月十一日、満月。そして、現在二十三時四十五分。


 全ては、手遅れだった。


『我々は甘かった。悪魔にとってもこの事態は予想外だったはずだ。テレビが《DF》を拡散するなどと、誰も想像していなかった』

 すでに番組内でURLは公開されてしまった。

 前回とは違うものであったし、テレビで流れたURLで《DF》がダウンロードできるかは分からない。

 だが、手をこまねいて見ている訳にはいかなかった。


「止める方法は……?」

「すでに試している。URLを調べた結果、場所は中央アジア。電話での問い合わせ窓口はナシ。サーバーに攻撃をかけダウンさせようとはしているが、時間が足りなさすぎる」


「……神に祈れ、ってか。冗談じゃねぇぞ」

「この番組の平均視聴率は、約十%。十一時台の番組としてはかなり高く、しかも全国ネットだ」

 頭の中で計算する。視聴率十%。単純計算で一千万人だ。だが、その中でスマートホンを持ち、使いこなす者はどれだけいるだろうか。


 現在、スマホの普及率は約五十パーセントだと聞く。だが若年層のテレビ離れはかなり大きい。

 概算でしかないが、視聴者の中でスマホを使いこなしているのは恐らく全体の二、三割程度だろう。

 さらに、テレビを見たからと言って、必ずしもURLを試しはしない。

 午前零時ちょうどにURLを入力し、DFをダウンロードするのは……全所持者の内、数百に一人もいないはずだ。


「私の見込みでは――」

「二千から三千ってとこだろ。最悪だ」

 言葉にした瞬間、現実感が襲い掛かってきた。

 最悪などでは済まされない。未曽有の悪魔災害を形容する単語は、この世に存在しないのだ。


 犠牲者数はこの際問題ではない。大規模な災害でもありうる数字だ。

 死者の数より恐ろしいのは、D案件が表沙汰になった場合の混乱だ。治安は悪化し、人々は政や法を信頼しなくなる。

 果てに起こるのが何なのか、想像さえできない領域だった。


――どうする、どうすればいい。

 サーバーをダウンさせるのに失敗すれば、間違いなく数千人のプレイヤーが新たに加わる。

 そして、涼原の話によると止めるのは無理筋らしい。

 どれだけ脳をフル回転させても、逆転の手筋は見えない。気付くのが遅すぎた。完全なる手詰まりだ。

 焦りが精神を黒く浸食していく。


 瞬間、脳裏によみがえったのは、寧々子が責め立てる声だった。


――葛城さんは外から命令するだけじゃない。

 先程、彼女が口にした言葉が頭の中に響き渡る。


――そう、だ。俺が、俺が参加すれば。

 自分が、ダイモンズ・フロンティアをダウンロードする。細く脆い糸にも似た閃きだった。

 恭一自身が《DF》世界に飛び込み、二千人を統率する。可能か不可能かは問題ではない。


 やるしか、ないのだ。

 考える時間はもはや残されていない。零時まであと五分もないのだから。


『やめておくのね』

 心を決め、ポケットから自らの携帯電話を取り出した時だった。恭一を、止める声が部屋中に響きわたった。

 しかもあろうことか、その声は他ならぬゲームの中の《レンカ》こと小鳥遊蓮華から発せられたものだったのだ。


『あなたは、こっちに来てはいけない。ネコが生き残るには、あなたの力が必要なんだから。それに、どうせ……』

 淡々と、囁くような声で蓮華が続ける。


『あなたが実際にゲームをすれば、三日で死ぬ』

 智策に長けた恭一でさえ、蓮華の放った言葉の意図が理解できなかった。なぜ恭一の身を案じる必要があるというのか。それともただの挑発か。判断はできなかった。


『ゲームをクリアしたければ、この悪夢を終わらせたければ、今は黙って見てて欲しい』

 分からない。全く理解できない。推理する要素が少なすぎる。

『たとえ、何千人が死ぬ事になろうとも』

「何故、断言できる」

 震える拳と共に問いかける恭一に対し、蓮華の答えはシンプルなものだった。

 単純だからこそ、説得力があった。


『私が、契約者だから』

 瞬間、心臓が凍り付くような錯覚に襲われる。確かに今彼女は自供した。己が契約者だと。

 恭一の葛藤をよそに、少女はただ告げるだけ。何の感情も込めず、静かに。

 寧々子が怯えた眼差しで、じっと恭一を見つめている。彼の決断を待つように、まっすぐと。


 蓮華の忠告を信じるべきか、信じないべきか。


――違う!

 絶望的事態と、契約者が目の前にいるという事態に動転していた。

 問題は信じる信じないではない。目の前の主催者が放った忠告に従うか、拒否するかなのだ。


 恭一が《DF》に参加する事のメリットとデメリット。

 不参加を決め寧々子にあらゆるリソースをつぎ込むメリットとデメリット。

 黒幕の本意。全てをひっくるめて思考する。


 手元のカードは数少ない。そして時間も。

 だが、その少ない手札から予測できる全ての可能性を模索しなければならなかった。


 どちらを選ぶにせよ、賭けだ。判断材料が少なすぎる。

 ならば、最後に頼るのは己の直感と経験しかない。


 結果、恭一が取った選択は――


 携帯電話を、ポケットに収める事だった。


 すぐそばで、寧々子がそっと息をつく気配がした。

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