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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第三章 終末のパンデミック
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6・ブラックロータス

▼八月十一日


 寧々子たちは荒稼ぎしすぎた。恐らく原因はそんなところだろう。

 鑑定屋を開くだけならまだしも、PKを返り討ちにして金品を奪っているのだ。

 ほとんどのプレイヤーには無関係ではあったが、一部の悪意ある者に目をつけられないはずがない。

 恭一が立ててくれた計画では、ある程度カネを稼いだら下の階層に降りる予定だった。


 一階層降りればそれだけ怪物は強くなる。だが、二人がかりで倒せないほどではないはずだ。

《DF》は単独(ソロ)プレイを前提にバランス調整されている。二人でいれば格上の怪物でも致命的な危機は招きはしない。このゲームにおいて何よりも警戒すべきは怪物ではなくPKだった。


 ならば、誰よりも早く第三階層に降りるべき、というのが恭一が出してくれた提案だった。

 潤沢な資金と、二人がかりというアドバンテージを生かし、他のプレイヤーがまだ踏み込んでいない下層へ降りる。


 騙し、奪い、殺し合う事を強要される《DF》において、信頼し協力しあう事こそが最短の攻略法というのは皮肉な話だった。


 だが、思うように行かないのが世の常だ。


 予定通り三層に繋がる階段を下りた瞬間、その襲撃は起こった。

 階段を降り切った瞬間を狙いすましたかのように、雨のような矢が飛んできたのだ。完全に狙い撃ちされた形だ。


 現在、《ネコ》の前に立ち塞がるのは上位レベルの戦士。名前は《アヤ》。生者のランキングにも名を連ねる強力なプレイヤーだ。

 矢で体勢を崩されたところを追撃され、寧々子は振るわれる剣を受け止めるだけで精いっぱい。反撃などできはしなかった。


 さらには《チョコ》が助けに来る気配もない。彼女もまた、すぐ近くで別のPKと戦っていた。

 視点を動かし確認すると、戦況は五分と五分。とてもではないが、救援に来れるとは思えない。


 何より不運だったのは、この場に恭一がいない事だ。

 彼は涼原に呼び出され、本部から外出していた。


『必ず助けに行く! だから今は堪えて!』

《チョコ》が必死の声で寧々子を激励するが、勝ち目はない。キャラクターの性能差があまりにも違いすぎる。何より、殺意の有無が戦いの情勢を決定づけていた。

 早くも限界が訪れてしまう。


『死ね』

 ただ一言呟き、《アヤ》が懐から《束縛珠》を取り出す。

 回避は間に合わなかった。魔法珠から黒い茨が伸び、《ネコ》の四肢に絡みつく。


 完全に、動きが封じられてしまった。HPも危険域(レツド)に突入し、もはや打つ手はない。


《アヤ》の凶刃が、《ネコ》の頭に向けて振り下ろされる。


――死ぬ? わたしは、死ぬの?

 不思議と恐怖はなかった。

 仮想世界と現実のはざまで、思考がふわふわと漂っている。

 振り下ろされる剣が、やけにゆっくりと見えた。


――これで、楽になれるのかな。

 思えば、この一か月の間は魂が張り裂けそうな苦難の連続だった。

 命を掛け金にした悪魔のゲームに、夏の羽虫のように死にゆく人々。

 どうして自分は生きているのだろう。彼らの屍の上に立ち、生き続けているのだろうと何度も考えてきた。


 だが、もう悩まなくていいのだ。辛い時間は、終わりを迎えるのだ。

 死がたった一つの救いならば、私はそれを受け入れよう。それが、多くの人々を見殺しにして生きながらえてきた、香取寧々子の最期ならば。


 そして、今まさに、剣が《ネコ》の頭蓋を砕こうとした瞬間。


――ちがう。

 寧々子の意志に反し、指が勝手に動いた。同時に、画面の中の《ネコ》が地面を転がりながら攻撃を回避する。


「ちが、う。諦めちゃダメ。泣いても、ダメ。そう、そうだった」

 脳裏に浮かぶのは、自信に満ちた葛城の言葉。


「笑うの。ピンチの時こそ。追い詰められた時こそ、余裕の笑みを浮かべるの」

 心に刻みつけられた文言が、寧々子の口を動かし、声にする。

「笑わなきゃ。笑って、生きて、生きて蓮華に、会わなきゃ」

 不格好に唇を吊り上げ、《ネコ》を操作し、起き上がらせようとする。

 だが、敵に甘さはなかった。


『何を言ってるか分からんが、死ね。もう終わりだ』

 地面に転がる《ネコ》に向かって、今度こそトドメの一撃が振り下ろされる。


 だが、しかし。

 風を切る音と共に、相手の動きが止まった。


「……え?」

 喉の奥から、奇妙な声が漏れる。終わりの時は訪れなかった。

 何が起きているのかわからず、画面を凝視する。


《アヤ》の肩口には、ナイフが刺さっていた。

 何が起きているのか、分からない。敵のアイテム効果で身動きの取れない現状では、確認さえもできなかった。


 そのままさらに、無数のナイフが《アヤ》を突き刺していく。

 投げナイフは寧々子の視界の外、背後から飛んできていた。

 絡みつく茨を必死に引きちぎり、ようやく背後を振り向く。


「え、嘘……うそ、でしょ」

 声が、震える。当然だ。

 そこには、寧々子の予想の外、だがそれでいて何よりも望んだ姿が立っていたのだから。


「小鳥遊……蓮華だと?」

 背後から聞こえた男の声に、振り返る。

 声は、恭一のものだった。先程まで外に出ていた恭一がすぐそばに立っていたのだ。

 彼は、《DF》の画面を食い入るように睨み付けている。寧々子がパニックの中で戦う内、帰ってきていたらしい。


 画面の中の《レンカ》と、現実世界の恭一。

 まさに、最悪のタイミングでの邂逅だった。

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