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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第三章 終末のパンデミック
21/52

3・協力者

『ち、ちょっと。いきなり黙らないでよ! あたしと手を組まないかって言ってるの!』

 音声通話機能を通して、甲高い女の声が耳を突く。

 目の前の少女は《戦士/チョコ》。本人の弁ではレベル十三らしい。

 話を聞いてみるに、《チョコ》は先日の討伐イベントには参加しなかったとの事だ。

 ゲームを再開したら、唐突に食料供給が途絶える旨を伝えられ、PKに襲われ、さらには怪物までに追いかけられているのを寧々子に救われたらしい。《DF》が死のゲームだという事実も知らないのだろう。


「どうします?」

 聞いた話から考えるに、今の計画に加えるには申し分ない相手に見えた。

 護衛としておくには最適な戦士。そしてレベルも低くなく、この殺し合いゲームで協力を申し出る程には人間が出来ている。


『何を考えてるか知らないけど、あんまり迷うならあたしは消えるわよ。信用できない相手と組めるワケないし。あと十秒ね』

 そのまま《チョコ》がカウントダウンを始める。

 恭一の答えは決まっていた。


「横から失礼するよ。悪いが、その提案は断らせてもらう」

『へ、何で? って言うかアンタ誰』

 拒否されるとは思っていなかったのだろう。《チョコ》が素っ頓狂な声を上げた。


「《ネコ》の友人だ。で、協力の話だが……少なくとも今は組めない」

 恭一は知っている。

 このゲームは殺し合いのゲームであり、騙し合いのゲームなのだ。

 無条件で他人を信用すれば、いつか後ろから刺されてしまう。《チョコ》がネクロマンサー討伐戦に参加していないという話や、自己申告したレベルさえも嘘かもしれないのだ。


「さっきの話の中で《ネコ》が言ったろう。このゲームは既に、人が人を喰らう悪魔のゲームに成り果てている。組むには条件が必要だ。お互いをパートナーとして認めるための、対等な条件が。それを呑んで貰えなきゃ、組めやしない」

『……まあ、当然の要求ね。いいわ、話だけは聞いてあげる』

 不承不承、と言った声音で《チョコ》が同意する。

 こうして、静かに交渉は始まった。




▼午後零時三十分


 三十分後。

 恭一側からは《DF》が死のゲームである事を伝え、これまで生き延びてきた経緯を話す。《チョコ》からも同様だった。


「話は分かった。逃げるのみで、PKなどしたこともない。そしてほとんどログインしていなかったため、ため込んだ食料でスタミナを持たせ、ここまで生き残ってきた。レベルが高めなのは、二か月前からプレイしていたから」


『そうよ。問題ある?』

「いや、納得だ。こちらも《ネコ》が話した通り、他のプレイヤーに害を与える気はない」

《チョコ》の発言におかしな所はない。PKに手を染めた様子も見当たらなかった。放つ言葉も理路整然としており、迷いや矛盾も感じられない。


 だが、恭一の頭には妙なしこりのようなものが残っていた。

 簡単に信じるな、と本能が警告を発している。

 視線を横にやると、涼原が首を縦に振りながら口を開く。


「引き入れるんだ。これは命令だよ」

 涼原の口調は有無を言わさないものだった。

 反論の理由が自分の直感でしかない以上、上司の指示は無視できない。どうにも拒否できない圧力があった。

 仕方なしに言葉を続ける。


「で、こっちにはなかなか面白いアイデアがあってね。丁度、協力者を探していた」

『面白いアイデア?』

「そう、上手くいけば億単位のカネが手に入る」

 億という単語に相手は興味を引かれたようだ。

 画面の中の《チョコ》が恭一の言葉を聞きのがしまいと近寄ってくる。


『どんな方法?』

「言えるかよ。協力が決まってからだ。ただし、それには二つの条件がある。まず一つ、《チョコ》、君の住所は? 都道府県だけでいい」

『どこ、って東京だけど?』

「そいつは幸運だな。君は、条件の一つを満たした。俺達の協力者は首都圏に住んでいないといけない。そしてもう一つ……」


 恭一にとって最重要事項である条件、それは――


「君は、俺とオフラインで面談し、互いに身分を明かさねばならない」

『はぁ? それ、マジで言ってんの?』

 普通に考えたら有り得ない。

 ネット世界で初対面の人間同士が現実で会うなど軽卒にもほどがある。

 だが世間では軽率と言われる行為こそ、何よりも慎重で確実な同盟方法なのだ。

 故に、所在が恭一たちの近場であるのも必要条件だった。


「お互いに公的な身分証を出し合い、確認する。さっきも言ったが、このゲームは命を賭けた死のゲームだ。用心に用心を重ねるのは当然だろう」

『けど、何で身分証明がいるの?』

「警察が動いてるからだ。俺達が参加していた《ネクロマンサー》討伐チームは、警察主導によるものだった。噂によると、何人かのPKは既に当局に拘束され、そのせいでゲーム中で死んでいる。

 つまり、何か不穏な事をやらかせば警察の手が伸びる。互いに身分を証明し、裏切りがあったら警察にゲタを預けるのが一番安全ってワケだ」

 今は、自分が警察官だとは言えない。

 ゲーム内での会話は悪魔や契約者が監視している可能性もあるからだ。もしかしたら既にバレている可能性があるが、念には念を入れておくべきである。現実での面談の際に明かす予定だった。


「お互いの身分証明。裏切りの抑止力。そいつが、協力の条件だ」

『身分……証明……?』

 いままで快活だった《チョコ》が唐突に言いよどむ。やはり、何かが不自然だった。


「どうした? 悩む必要なんてない。お互いに身元を明らかにする事で、裏切りのリスクを減らす。

 PKが義務になりつつあるこのゲームで、用心にやり過ぎってことはないんだから。

 何もおかしなことはない。対等(イーブン)な約束だと思うぜ?」

 理路整然と説明すると、再び《チョコ》が押し黙った。

 口を閉ざした理由は果たして身分を明かす事に対しての純粋な抵抗感か、それとも腹に一物抱えているからか。


 肌を刺すような沈黙が場を支配する。

 畳みかけるように語った恭一に対し、彼女の答えは――


『……いいわ。ただし日時と場所はこっちで指定する。あんたたちがゲームをエサに何かを企んでる悪者だって保証はないから』

 条件付きの受諾だった。


「構わないさ。ただし、今週末までだ。俺達には時間が無い。君が今週中に会えないようでは、他を当たる」

 相手の提案に恭一も了解する。

 結果、《チョコ》のプレイヤーとは八月三日の日曜日、新宿区内のファミレスでの会合が決まった。


「作戦は会った時に話す。それまでせいぜいカネの使い道を考えているといい」

『あんた、性格悪いわね。絶対モテないわ』

 捨て台詞を吐いて去っていく《チョコ》を見送りながら、そっと息を吐く。一つのハードルは越えた。


 だが、気は抜けない。実際にカネを稼ぐ段階に入ってこそが、本番なのだから。

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