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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第三章 終末のパンデミック
20/52

2・突破手段は失策の中に

▼七月二十九日 午前十一時五十三分/千代田区 00(ゼロ・ゼロ)班本部


「ようこそ、って言えばいいのかね?」

 もはや通い慣れた00班本部に足を踏み入れると、恭一は寧々子に向けてとりあえずの歓迎の言葉を述べた。

 彼女が本部に来るのは初めてだったからだ。

 いつもの応接ソファに三人が腰かけると、同行してきた涼原がおもむろに口を開く。


「先程車内で伝えたように、明日から香取さんにはこの本部に詰めてもらうことになります。ご両親への連絡などはこちらで行いますし、身の回りの事は女性職員を出しますので、必要なことがあれば言ってください」

「……はい、よろしくお願いします」

 恭一が見た所、寧々子の心身は限界近い。

 明日からしばらくの間、彼女は00班本部で寝泊まりすることになっていた。幸い今は夏休みだ。


 寝ている最中のゲームプレイは恭一がやることになっているが、実際のところは気の休まる暇などないだろう。

 代理でプレイを行うということは、自分の命を他人に預けると同意義である。

 襲われる不安とは別の意味での緊張感が寧々子を苛むのは想像に難くない。

 それでも、彼女には気張って貰わねばならなかった。


「さあ、早速始めるぞ」

「あの、その前に」

 割り込んだのは寧々子だった。そのまま申し訳なさそうにゆっくりと口を開く。


「わたし、このままでいいんですか? ただ、生き延びてるだけで、他の人を踏み台にして生き残り続けるだけで、いいんですか?」

 彼女の表情に刻まれているのは罪悪感だった。

 寧々子自身はPKを行っていずとも、彼女は何度も目の前で人が殺されていくのを見ていた。そして、死者の犠牲の上で生きているのを自覚していた。


「なら、どうしたい?」

「ゲームクリアを目指しちゃ、駄目ですか?」

 予想していた言葉ではあったが、内心で拳を握りしめる。まさに今、寧々子と恭一たちの思惑は一致していた。

 声に込められたのは、静かな決意。梃子でも動かない力強い意志だ。

 ただし、彼女の腕は小刻みに震えていた。


「そんなこと言って、君はただ二億を稼ぎたいだけなんじゃないかい?」

 本来ならば好都合な提案に対し、涼原が嘲るように口を挟む。

 彼は値踏みしているのだ。寧々子に今以上の深淵へと踏み込む覚悟があるかどうかを。


「二億は、欲しいです。お父さんの会社を助けたいから。だけど、違うんです。このままじゃダメなんです。人が命やおカネのために殺し合うのは、こんな世界は、あっちゃいけないんです! そんなの認めたら、わたし達は人間じゃなくなっちゃう、から」

「……なるほど、な」

 恭一が腕を組み、呟く。


「なら聞く。ここより深層を探索するには、多くの食料が必要だ。君にはPKしてでも食料を奪う覚悟があるのか?」

 残酷な質問なのは分かっていた。だが、必要な問いかけだ。


「PKは……しません」

「じゃあもう一つだ。もしPKに襲われた際、君は相手に反撃し、トドメを刺せるか?」

「……でき、ません」


 歯を食いしばり答える寧々子に、涼原が「話にならない」とばかりに肩をすくめる。

「つまり君はこう言いたいワケだね。PKはしない。例え殺されても、殺しはしない。だけど食料は欲しいし、ゲームはクリアしたい、できれば二億も欲しい。と」

「そう、です。おかしいです、よね」


「……いいや、全然?」

 今にも泣きだしそうな寧々子に向け、恭一が片眉を上げて笑みを向ける。

 まったく、彼女はどうしようもないお人好しだ。いつか食い物にされて酷い目に遭ってしなうのではないかと心配にすらなる。

 だが、だからこそ、恭一としては組む価値があった。


「PKせずに食料を入手し、迷宮の化物を蹴散らし、できれば二億を稼ぎながら最終階層を踏破する、か。

 あるぜ、その方法」


 ソファを蹴飛ばすように立ち上がり、スーツのジャケットを翻す。隣で涼原が顔をしかめているが知った事か。

 寧々子が確固とした意志でPKを拒否し、ゲームクリアを目指すと言ってくれたのは僥倖だった。


 何せ恭一は、まさに彼女が目指すのと全く同じ景色を見て策を練っていたのだから。


「前にも言ったろ。このゲームで最も大事なのはカネだ、ってな」

 もはや先行プレイヤーにレベルでは追いつけない。

 さらに、PKをされれば商人である《ネコ》は圧倒的不利。勝機は、カネにしかなかった。


「化物やPKがどんなに強力でも、ひっくり返す手段はある。そいつは消耗品だ。俺の見立てでは、第二階層以降は今までほどモンスターや罠に危険性はないしな」

「どうして、ですか?」

 第一階層はいわゆる『初見殺し』と呼ばれる危険なモンスターが多く存在していた。

 近づけば眠りの魔法をかけて一方的に攻撃してくる魔術師や、スタミナを削り取る吸血蝙蝠などだ。


「スタミナの主な回復手段がPKになったことにより、ゲームのデザインは根本から変わった。死の罠を掻い潜ってカネを稼ぐゲームから、プレイヤー同士の奪い合いへと」

 今までの調べと過去のデータから、悪魔の目的は極限状態にある人間を観察する事だと推測できる。


 もし自分が悪魔ならばこう考えるはずだ。


「迷宮の化け物に簡単に殺されちまっちゃ、悪魔としても退屈だろう。

 人間同士が知恵と憎しみをぶつけ合う姿を観察するには、迷宮の罠やモンスターはスパイス程度であるのがちょうどいい。

 もちろん、迷宮のギミックを軽視すれば待つのは死だが、今よりは幾分楽になるはずだ」


 迷宮の魔物や罠がプレイヤーを殺してしまえば食料の絶対数は減少する。

 果てに待つのは全員の飢え死にだ。そのような事態を悪魔が望むとは思えない。


 さらに主戦場が対人戦になることで、より重要性がます要素があった。

 無論、カネだ。


「君はこれから消耗品や携帯食料を購入するために必要なカネを稼いでもらう。それも、莫大な額をだ」

 その方法は、たった一つ。《ネコ》でしかできない事だった。


「君がこれから興すのは、商売……名づけるなら鑑定屋ってトコロか」

 ぴしりと指さすと、寧々子が目を見開き、手を打った。


「そっか、鑑定能力!」

 鍵はゲーム中の消耗品、そして商人の鑑定能力にあった。

 ゲームバランスをひっくり返すほど強力な消耗品には重大な欠点がある。

 初めて拾った時点では、効果が分からない事だ。効果を知るためには、実際に使用するほかない。


 例えば、目の前に敵が迫っているとする。

 体力は残り少なく、手持ちには未鑑定のアイテムしかない。

 プレイヤーは一か八かで手持ちの魔法珠を投げつけるしかないだろう。

 その時使用したアイテムが、自分自身に使用すべき《回復珠》や、《分身珠》ならば? 結果は危険どころの話ではない。

 さらにはアイテムの中には、使用者に致命的な損害をもたらすであろう《災厄珠》や《自爆珠》。《猛毒草》等も混じっているのだ。


《ネコ》の職業である商人は、アイテムの鑑定能力を持っていた。

 失敗時には最大HPの三割を失うが、それでも得体の知れないアイテムの効果を判別させられるのは大きい。


「私も以前に死者のランキングを見たが、商人は少なかった。三つの職業の内、戦士が六割、盗賊が三割、商人が一割だったかな。確か生存者の上位五名にも商人はいないはずだ」

 さすがと称賛するべきか、涼原がすらすらと数字周りの情報をはじき出す。

 当の寧々子が間違って選択してしまったことからも、商人は不人気職だった。


「ランキングの上位陣は、《ネクロマンサー》討伐チームには入っていなかった。故に、奴らの所持品は、ほとんどが未鑑定品のはずだ。奴らはカネを持っているからこそ、自分の命を守りたい。諸刃の剣である未鑑定アイテムの情報は喉から手が出るほど欲しいはず」

 上位プレイヤーの所持金は億をゆうに超えている。重ねて、二層では怪物が強くなる代わりに、宝箱から得られるカネも増えていた。彼らを顧客にし、カネを稼ぐのだ。


 だが、一つ問題がある。


「もし、お客さんが襲って来たらどうするんです? 鑑定が失敗すれば、最大HPの三割を失います。そんな状況だと、逃げるのもムリですよ……?」

 寧々子が疑問に思うのも当然だろう。

《ネコ》のレベルは迷宮を探索するには低くはないが、プレイヤー全体として見ると高くもない。奇襲を食らって勝つ見込みはゼロだ。

 それでも、秘策はあった。


「護衛をつける。涼原さん、攻略チームの中から連絡が取れる戦士を二人ほどお願いします」


 だが――


「残念だが葛城、それは出来ないよ」

 得意げに言い放った恭一に対し、涼原が首を振る。

「どうして? 例の脅しが心配なら、主催者にバレないように、アナログ的手段で連絡を取ればいいはずだ」

「そうじゃない。そうじゃないんだ。問題はもっと根本的なことにある。いないんだよ、適格者そのものが」


「……え?」

「攻略チームの面々が逃亡したのは知っているだろう? 連絡が取れるのは八名。全員が食い詰めた盗賊だ。そして残念なことに《ネコ》よりレベルの高いプレイヤーも存在しない。数で攻めるとしても、協力者全員分の食料までは手が回らないだろう?」

「……マジ、かよ」

 不運、というべきか。どうにもならない状況に、頭を抱える。


「大々的に捜査員は動かせない。逃げたプレイヤーを追いかけるのは不可能じゃないが……」

「一度逃げた連中は使い物にならない。止めておきましょう」


「だが、手段を選べる状況ではないように思えるけどね」

「現場を仕切ってるのは俺です。横から出てきて――」


「それを言うなら君だって――」

 寧々子のことなど忘れ、二人でああでもないこうでもないと言い合う。


 そのまま争いが続き、数分が過ぎ去った時だった。


「……あの」

「この堅物クソメガネッ……って、どうした。何かあったのか?」

 もはや会議なのか口喧嘩なのか分からないところまで口論がエスカレートしているところに割って入ったのは、寧々子だった。

「私に協力したいって人と会ったんですけど……」

「……は?」

 再び素っ頓狂な声を上げてしまう。


「二人が喧嘩してる間、モンスターに襲われてる人がいて。一緒に倒したんです。この人」

 言われて恭一達が画面を注視する。

 そこには、浅黒い肌に金髪を湛えた少女が佇んでいた。


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