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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第三章 終末のパンデミック
19/52

1・日本壊滅

▼七月三十日 午前十時半/都内 警察病院


 死者十三名、そして警察側から負傷者二名を出した《ネクロマンサー》討伐戦及び、その後の殺し合いから三日後。

《DF》内で巨大な変化があったように、現実世界でも事態は破滅へと向かい加速していた。


「地図に表示されているのは中国四川省。この光点の位置に、《DF》のサーバーがある」

 口にしたのは、涼原だ。

 部屋にいるのは二人。恭一と涼原だけ。静かな病院の個室内で、パソコンの駆動音だけが響いていた。


「葛城の推理は当たっていた。プレイヤーの携帯電話そのものはただの携帯電話。そこを取っ掛かりにし、公総課の尽力でどうにか判明したよ」

 涼原がベッドの中で微笑む。

 彼は二日前の討伐戦で、生ける屍(リビングデツド)となったプレイヤーに襲われ、重傷を負っていた。

 右腕肘下の粉砕骨折と、左足腿部の亀裂骨折。

 特に右腕の損傷は酷く、腱と神経がずたずたに引きちぎれ、二度と箸も握れない可能性があるらしい。


「海外、か。中々厄介ですね」

 恭一が眉間に皺を寄せて呻く。

 表にできない事件な上、相手は中国だ。そう簡単に差し押さえられるとは思わない。


「厄介で済むものではないさ。聞いて驚くな。いくつもの偽装と罠を掻い潜った先、《DF》はある公的施設のネットワーク周りをジャックして運営されているのが判明した」

 電脳世界の悪魔(デジタル・デーモン)は例外なく一流のハッカーであるのを思い出す。彼らは物理的影響力を持たない代わりに、電脳世界において強い力を持っているはずだ。


 嫌な予感が、した。


「乗っ取られた施設は、人民解放軍第二砲兵団」

 軍事施設の占拠。それだけならまだいい。

 だが、次に涼原が放った言葉は、恭一が自分自身の甘さを悔いるには十分すぎる物だった。


「いわゆる――戦略核ミサイル部隊だ」

 言われた瞬間、心臓が止まりそうになる。

 いま、なんと言った。戦略核ミサイル部隊? 


 核発射施設が、電子的に支配された?


「冗談、だろ」

口にしながらも、本当は気付いている。涼原の言葉は真実だ。彼はタチの悪いブラックジョークを口にするような性格ではない。


「さらに、サーバーを突き止めた瞬間、悪魔を名乗る者から、我々はメールを受け取った。目に余る介入をすれば、日本に向けて大陸間弾道|ミサイル(ICBM)を発射する。とね」

「ま、待ってくれ。核なんてそう簡単に撃てるのかよ!?」

「確かに。国連や米軍の調査報告書にも、現在中国には即応発射できる核は無いと断定されている。だが、脅しとしては十分過ぎるとは思わないか?」

 そもそも、発射されるミサイルが核である必要性はない。

 通常弾頭のミサイルどころか、施設の自爆を謳うだけで十分だ。

 他国の軍事施設といえど、涼原たちが無視を決め込むわけにはいかないのだから。


「相手のハッタリかどうか、判断はつかないんですか?」

「今も調査中だが情報が錯綜している。基地に異常が起きているのは間違いないが、何せ向こうは一党独裁国家だ。政府(うえ)の方でも秘密裏に話し合いが行われているが、まだはっきりとは何もわかっていない。それまでは捜査を一時中断するよう厳命された」

「……他の国で、D案件の扱いはどうなってるんです?」

「悪いが、君に知る権利はない。ただ一つ言えるのは、どこの国も悪魔によるネットワーク占拠事件なんてものを表沙汰にはしたくない、って事くらいだ」

 涼原の口ぶりから察するに、日本でいう所のD案件は世界中にもあり、各国ともに秘密にしているんだろう。国家間で何らかの裏協定が結ばれているのかもしれない。


「相手が本当に核を発射できるかどうかは分からない。だが現実にミサイルサイロは稼働しており、大阪と福岡、そして名古屋に向けてロックされているのを確認している」

「そんなの、アリかよ」

「アリ、なんだよ。現実に起きている以上は」

 まさに悪夢。事件の規模は、既に警察の分を超えてしまっていた。

 軍事施設を占拠されたのも、ミサイルが日本をロックしているのも、既に政治や軍事の領域だ。

 脅しにより警察の動きが止められた以上、恭一や涼原に出来る事はもうなかった。


 事態は、最悪の方向に動いている。

 討伐戦以降、攻略チームの大半と連絡が取れなくなってしまっていた。

 彼らは警察の手から逃げPKに手を染め、自らの命惜しさに人間を食らう悪鬼と成り果ててしまった。


「くそったれ。これじゃあ、何もできやしねえぞ」

 乱暴に壁を叩き、恭一が声を上げる。

「上の方ではより深刻な事態も想定している。《DF》の参加条件はゲームをダウンロードし、キャラクターを作成することだ。悪魔が何かの気紛れで《DF》をダウンロードさせ、キャラクターを自動作成するウィルスなど撒こうものなら比喩ではなく世界の破滅さえありうる」

「ありえない。悪魔の目的は人間をいたぶる事だろう……?」

「私もそう思う。だが、お偉方はそこまで考えるのが仕事なのさ」

 全ての日本国民どころか、全ての命が人質。八方塞がりだ。重苦しい沈黙が病室内を圧迫する。

 .

 その時だった。涼原が唐突に、頭に巻かれた包帯をほどき始めたのだ。

「さあ、それじゃあ行こうか」

 どういう訳だろうか。

 左足が砕け、右手も満足に使えない状況で、彼は立ち上がるつもりだった。

 点滴のチューブを引っこ抜き、ベッド脇の松葉杖を掴む。


「行くって、どこへ?」

「警察が動くのは、事件解決の為に決まっているだろう? 悪魔からのメールには、最後にこう書かれていたんだ。『おれはただ、素晴らしいゲームを見たいだけだ。全五階層の迷宮を踏破した者が現れた時、生き残った者全ての無事を約束し、ミサイル施設からも手を引く』とね」

 目の前の男は、諦めていなかった。


「今回の事件を最後に私は任を解かれる。あまりにも犠牲を出し過ぎた。そして負傷し、仕事ができない現在、現場では私抜きで仕事を回す態勢を整えているに違いない。逆を言えば、今は《DF》事件に専念できるって訳さ」

「……涼原さん」

「私の出した拘束命令で何人もの部下が、民間人が死んだ。だが、例えこの事件を最後に解任されるとしても、それまでは私は公総課長であり、D案件の責任者だ。あらゆる犠牲を払ってでも、この事件をこれ以上広めるわけにはいかない。D案件の露見は、日本の終わりなのだから」

 恭一と涼原では立場は違う。だが、ぶつかることもあっても目的は同じだ。

 当然、恭一も諦めるつもりはなかった。


「悪魔は確かに言ったんですね、全五階層と」

「そう。目標は五階層の踏破(ゲームクリア)だ。もはや満月までに契約者を確保する手立てはない。だが、ゲームを終わらせさえすればとりあえずの鎮静化、一時凌ぎはできる。しかし、悪魔が約束を反故にする可能性もあるがね」

「それでも俺達に選択肢はない、か。最悪の状況じゃないですか」

 立ち上がろうとする涼原に肩を貸し、恭一が静かに笑う。


「状況は最悪。手駒は香取寧々子だけ。我々に残された道は一つ。彼女を全力で支援し、クリアを目指す事だ。葛城、君にはあるんだろう? 勝利のためのアイデアが」

 不慣れな様子で杖を脇に挟み、涼原が問いかけた。

 彼の言葉は道理だ。悪魔の脅迫は、目に余る介入――つまり、蓮華の確保や《DF》運営の妨害をすればミサイルを落とす、だ。

 ゲームクリアを手助けするなとは言っていない。


 ならば、やるしかないだろう。


「ええ、勿論。恐らく、俺達が香取の手助けをしても、ミサイルは落ちないでしょう」

「悪魔からの文面には、知恵を絞り策を巡らす人間の姿を見たいといった節があった。過去の資料と照らし合わせるに、今回の悪魔は『愉快犯型』に分類される。奴は極限状態に置かれた人間の姿を観察して楽しんでるのさ」

 胸糞悪くなる話だった。

 ネットワークの向こうにいる化け物が、人間同士の殺し合いを酒のつまみにでもするかのように眺めているのだから。


「故に、ゲームは困難ではあるがクリアできるギリギリのバランスでデザインされているはず。だったら見せてやろうじゃないか。我々人間の底力を」

「言われるまでもありませんよ」

 頷き返し、ポケットから携帯電話(ガラケー)に似た通信機を取り出す。

 先日の協力者獲得作戦の折に支給されたものだ。警察の暗号無線を応用強化した代物で、盗聴の心配は皆無の特別製らしい。暗記しているナンバーをプッシュし、寧々子を呼び出す。


『はい、香取です。どうしました?』

 電波の向こうの寧々子は、元気がないように思えた。

 当然だろう。ほんの二日前に血みどろの殺し合いに遭遇してしまったのだから。

 彼女は度を過ぎたお人好しで、責任感が強い子だ。きっと、止められなかったのを悔やんでいるに違いない。


「食料の支給が止まって二日が経った。そろそろ真剣に生き残る相談が必要だと思ってな。今から上司と一緒にそちらに向かう。松井の死体が動いた時に助けてくれた涼原さんだ」

「……葛城。君はいつも協力者に向かってそんな口の利き方をしてたのか?」

 眼鏡を抑えながらうんざりと涼原が言っているが、無視。

 そのまま寧々子の返答を待つ。


『ちょうど良かった。私からも葛城さんに伝えなきゃならないことがあって』

「どうした? 何でも言って欲しい。何せこっちは情報が欲しくてたまらないんだ」

 数拍の、間。呼吸の中に感じるのは、怯えの感情だった。

 ようやく寧々子が口を開く。絶望感のこもった声で、ゆっくりと。


『ダンジョンが、狭くなったんです。第二階層に降りてから、一気に。それに、戻りの階段も消えてなくなっちゃって……』

 最初のフロア、一層では地図を埋めるだけで一週間以上を必要とした。

 だが、二層に降りると、わずか二日で地図が埋まってしまったというのだ。

 それも、食料配給がなくなり、スタミナを温存しつつ動いた状況でもあるに関わらず。


 続々と二層へ降りるプレイヤーたち。狭くなったフロア。後戻りのできない状況。

 そして、食料配給の停止。


 全てが物語っていた。悪魔はこう言っているのだ。


『さあ、人間ども。殺し合いをしろ』と。


――上等だ

 事態は流転し、状況は悪化する。それでも、恭一に諦めるつもりはない。


 目的は一つ。香取寧々子と共に、全五階層の迷宮を踏破する。

 ゲームクリアだ。


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