殺人遊戯場の一幕
▼七月二十八日 午前四時二十分/関東某所 ビジネスホテル
目の前で、獲物がキャンプを張っていた。迷宮の岩陰、怪物の視界に入らない片隅で、小さく、ちいさく、小動物のようにうずくまっていた。
狩人の気分に浸っているのは、《ジェリー》こと須山幾人。彼はもともと警察が主体となった攻略チームの一員だったが、今は連絡を絶って単独行動をしている。住んでいたアパートも、夜逃げ同然に引き払ってしまった。
もちろん、《ジェリー》の死が須山の死につながることは知っている。それでもなお、PKを止める気はなかった。
彼は既に一人の命を奪っているのだから。
現実世界の彼は逃亡者。
だがそれでも構わない。たかがゲームで大金が得られるなら、他人の命どころか自分の命さえも惜しくはない。
画面をタッチし、獲物のキャラクター名を表示する。
相手の名前は《戦士/ヘイト》。
これから自分の糧となる犠牲者を見て、ほくそ笑む。
相手は明らかに自分より格下だ。武器は1Fで拾える最下級の《古びた短剣》。
防具も初期装備の《服》のまま。今の今まで生き残ってきたのが信じられないほどのカモだった。
足音を殺し、静かに近寄る。
獲物のリーチは短い。対してこちらは二層で拾った両刃の片手剣だ。
気付かれる前に攻撃し、距離を取ったままでいれば負けはしない。
間合いまであと三歩。
二歩、一歩。
そして半歩の距離まで近づいた時だった。
「……え?」
《ジェリー》のHPが何の前触れもなく減少した。画面隅に表示されたHPゲージが一気に半分にまで削り取られる。
「ち、ちょっと待て。何が……!」
混乱の中画面を注視すると、目の前の《ヘイト》が短剣を構えていた。もちろん構えているだけで、相手が握る武器は《ジェリー》に届いてはいない。
――なのに、なぜ。
疑問に答えるかのように《ヘイト》が短剣を引き、突き出す素振りを見せた。
直後のHPが一桁になってしまう。
間違いない、相手は何らかの手段で攻撃している。
《ヘイト》は画面の中で笑っているように見えた。
表情などないゲームのキャラクターのはずなのに……
「騙されやがって、馬鹿が」と嘲っているように見えた。
回避し、反撃しようと試みる。だが無駄だ。不可視の武器を見切れるわけもなく、三度は突き刺されてしまったのだから。
HPがゼロになった瞬間――
須山の胸に激痛が走った。瞬きほどの間も与えられず、体が、頭が痺れていく。
――おかしい、おかしい。何が起きている。
命令を聞かない体を無理矢理ねじ伏せ、全身全霊の力で痛みが走った場所に視線を向ける。
原因は、左胸にあった。
痛いに決まっている。苦しいに決まっている。
何故なら、彼の胸には、槍で穿たれたかのような大きな穴が開いていたのだから。
彼自身は気付いていないが、穴は胸から背中にかけて貫通していた。肺と心臓を傷つけた穴は、紛う事無く致命傷だ。
虚ろになっていく意識の中、遂に彼は答えに辿り着く。
――そう、だ。課金アイテムの。
自販機で購入できるアイテムの中に、あったはずだ。
装備の見た目を変更する魔法の珠、《着飾珠》が。
通常は気に入った装備を好みの見た目に変えるだけの自己満足用のアイテム。
だが、《ヘイト》は《着飾珠》を用い――
短剣の外見をした長槍を作ったのではないか。
可能か不可能かはもう、関係がなかった。
彼が真実に気付くには、もはや手遅れだったのだから。
視界が、暗くなっていく。何も、考えれなくなっていく。
最期の最期に彼の頭に浮かんだのは……
――死にたく、ない。嫌だ、いやだ。死にたくない!
という、確かな後悔だけだった。
週明けから三章やります




