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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第二章 殺人遊戯は現実世界を汚染していく
17/52

9・変質、そして次のステージへ

▼午後零時四十二分


 突然に放たれた寧々子の言葉に、ほんの一瞬、恭一の思考が停止した。

 止める間もなく、彼女は言葉を繋いでいく。


「今、湧いた屍鬼たちをやっつけてください! 屍鬼単体は大した強さではありません!」

 騒乱の《DF》世界に、寧々子の声が響く。

 だが、誰も聞いてはいないようだった。

 それでもなお寧々子は続ける。


「報酬は、百万です! 参加するだけで、百万円をお渡しします!」

 周囲の喧噪が、ほんの一瞬止まった。


「ボスとは戦わなくて構いません! 雑魚を足止めするだけで百万円を支払います! 倒せなくてもいい、とにかく戦ってくれれば百万出します!」

 上手い、と状況を忘れ恭一は感心してしまった。

 命の代償に百万は余りにも安すぎる。

《DF》が死のゲームだと知っている人間は動きはしないだろう。

 だが、寧々子が語り掛けたのは何も知らない『攻略チーム』外のプレイヤーだった。


 プレイヤーたちは考えるはずだ。

 雑魚を足止めするだけで、百万円。危険なボスには、関わらなくていい。

 危なくなったら逃げてしまえばいいのだと。


 陣をかき乱す屍鬼さえどうにかできれば、勝機はあった。

 事実、ほんの先程まで恭一達は優勢だったのだから。

 腹立たしくはあるが、犠牲はあれど間違いなくこのゲームはクリアできるように作られていた。


「けど、いいのか? 君は、カネが必要だろう……?」

 寧々子の提案に恭一が問いかける。

 外部の参加者は約二十人。必要なカネは二千万近い。

 後になって『攻略チーム』から徴収するのは可能だろうが、間違いなく反発を招くだろう。


「やっぱり、知ってたんですね。ごめんなさい、何だか分かんないけど言っちゃいました。大丈夫です、わたしの所持金を全部吐き出すつもりですから」

 うっすらと寧々子が微笑む。

 彼女の目には不思議な力が宿っていた。

 全てを受け入れた聖母のような、慈愛の眼差し。


「わたしは、刑事さんを信じます。おカネの事を黙っていた、嘘つきのわたしなんかを命がけて守ってくれたあなたを。例え、あなたが蓮華を疑っていたとしても、信じます」

 予想外の言葉に思わず目を見開く。

 確かに今、彼女は言った。『蓮華を疑っていたとしても』と。


「いつから気付いていた?」

「気付くも何も、普通は疑うと思うんです。ゲームに引き込んだプレイヤーが消息不明だなんて。けど、わたしは蓮華を信じてます。刑事さんと同じくらいに」

 恭一も信じ、蓮華も信じる。矛盾をはらんだ言葉には一本筋の通った意志が込められていた。


 直後。

 恭一は決断する。


「真の勝負師は運否天賦に頼らない。あやふやな物に賭けはしない。だが、俺は賭けよう。君という少女の勇気と決意に。あと、前にも言ったろう。刑事さんは止めろって」

「じゃあ葛城さんもわたしの事を君って呼ぶの止めてください。寧々子でいいです。ほとんどの友だちはそう呼びますから」

「分かった。オーケイ、寧々子。行くぞ」

 寧々子の言葉によって既に何人かの外部プレイヤーは動いていた。

 乱戦の中で、僅かながら被害が抑えられていく。

 寧々子が矢継ぎ早に回復アイテムを前衛たちに投げていくと、仲間の後衛たちが彼女の動きに続いていく。


「全快した戦士は前に出てくれ! 屍鬼どもは外部の連中がやってくれる。俺達は《ネクロマンサー》に集中するんだ!」

 戦況は徐々に持ち直していた。

 未だ死者は増えていない。逃亡した者も、徐々にではあるが戻ってきている。


――行ける!

 プレイヤーたちの心にも落ち着きが戻ってきた。その瞬間を狙っていたのだろうか。寧々子が打ち合わせにない言葉を放ち始めた。


「ここにいる皆さんに、言わなければならない事があります。このゲーム、ダイモンズ・フロンティアは、現実のおカネが手に入る代わりに一つの代償を捧げなければいけません」

 止めるべきか迷う。だが、恭一は放置する事にした。

 いつかは知らねばならない事だ。後々のPK行為を抑止するためには、危険の最中にある今がベストだろう。


「それは、皆さんの命です。ゲーム中でキャラクターが死ねば、プレイヤーも同じ死に方をする。原理は分からない。信じられないかもしれない。けど原理が分からないのは、皆さんが手に入れたおカネだって一緒です」

 盾が猛攻を捌き、矢が風を切る音が響く中、寧々子は演説を続ける。

 届かなくてもいい。

 けれど、できれば届いてほしいという彼女の心が伝わる声音だった。


「わたしはクラスメイトを殺された。最愛の親友も行方不明になった。このゲームを作った誰かは、わたしたちが死ぬのを見て楽しんでいる。殺し合いを望んでいる。けど、わたしたちは思い通りにはならない」

 戦っているプレイヤーの中で、数人ほどの動きが鈍った。

 恭一にはわかる。彼らは過去にPKを行ったのだろう。突然突きつけられた現実に戸惑っているのだろう。

 だが、受け入れねばならない確固たる事実だ。


「誰かを犠牲にして生きるくらいなら、死んだ方がまだマシ。だから、だから目の前の《ネクロマンサー》を倒したら、わたしたちに協力してください! わたし達は人間です、悪魔のゲームに放り込まれても、協力できるはずなんです!」

 叫びと共に、《ネコ》が攻撃アイテムである《振動珠》を放り投げる。

 緑色の宝玉が《ネクロマンサー》に当たると同時、敵の体内に爆発的な衝撃を与え、《極短時間の行動不能(スタン)》の状態異常を与える。


『今だっ! 畳みかけろ!』

 誰かの号令と共に、一斉に戦士たちが取り囲み、攻撃を叩きこむ。


 不思議な光景だった。

 ほんの昨日まで、一切の協力を拒んでいたプレイヤーたちが連携し、強大な怪物と戦っている。

 立場も、目的も、何もかもが違う人間たちが手を組み、悪魔のゲームに抗っている。


――意外と捨てたモンじゃないな。人間って奴も。

 彼らの胸には大なり小なり、同じ思いがあるはずだ。悪魔の考えた殺し合いゲームの駒にはならない、と。


 どれだけの時間が過ぎただろう。

 五分かもしれないし、一時間経ったかもしれない。

 ただ、永遠のように長い地獄が終わったのは、間違いなかった。


《ネクロマンサー》の名前の色が、瀕死(レツド)から死亡(グレー)へと変わる。同時に、巨体がゆっくりと地面へ崩れ落ちた。


 誰もかれもが満身創痍。

 大量に床置きしていたアイテムもほとんど残っていなければ、スタミナも空に近い。

 PKをするなら絶好の機会だろう。だが、誰も動かない。ただ、地面にへたり込むだけだ。

 場に流れるのは、死闘の直後とは思えない、どこか弛緩した牧歌的な雰囲気。

 今の彼らには奇妙な連帯感ができていた。


『コングラチュレーション迷宮第一層の階層主、ネクロマンサーは君たちの手によって斃れた』

 誰もがぐったりとする中、システムメッセージと共に、迷宮全体に低い男の声が響いた。


『報酬として討伐の参加者全員に、一週間の経験値及び取得するカネが二倍になる特典。そして――』


 何か、嫌な予感がした。

 恭一は、覚えていた。以前にも同じ事があったと。

 寧々子とコンビを組んだ初めての日。アップデートの内容通知の時だ。《ネクロマンサー》討伐イベントの他に、このクソゲームはろくでもない知らせをプレイヤーたちに送ってきたのだ。


 そして、彼の予感は的中する。


『トドメを刺した《ライノス》には、ボーナスとして五千万のカネを進呈する』

 メッセージと同時に、今しがた指定された《ライノス》にスポットライトが当たり、札束が彼のキャラクターに吸い込まれるエフェクトが映し出される。


 空気が、凍り付いた。


 主催者はまさに悪魔だ。

 イベントが終了し、誰もが疲れ切り、判断力を失った瞬間に、誘惑する。

 ざらついた殺気が画面越しからも伝わってくるようだった。


 だが――


「甘ぇよ、悪魔さんよ」

 恭一が、不敵に笑ったと同時だった。

『こ、この金は山分けだ! みんなで頑張ったんだ、当然だろ!』

 上ずった声で《ライノス》が周囲に向けて声を張り上げる。恭一が与えた指示通りだ。

 イベント終了直後、主催者が何かしらのアクションを行ってくるのを恭一は読み切っていた。

 彼の想定には、最優秀プレイヤーを選出し、大金を渡し、周囲の嫉妬と欲を煽り、PKを誘発させるというものも含まれていたのだ。


《ライノス》の言葉で、周囲のプレイヤー達が落ち着いていく。

 山分けと言われて躊躇なく殺しに来る人間はいない。もしPKを行えば、周囲のプレイヤーに袋叩きにされるのは目に見えているからだ。

 HPもスタミナもほとんど空っぽに近い現状なのだからなおさらだった。


 しかし――!


 悪魔は恭一以上に狡猾で、残酷だった。

 騒ぎが収まった瞬間、新たなメッセージが流れる。


『ネクロマンサー討伐により、第二階層への階段が解放される。

 今後は特別な場合を除き、階層主は存在せず、プレイヤーたちは好きなタイミングで深層への探索が可能となる』


 再びの、嫌な予感。それも、今までにない最大級の。

 そして、やはり彼の予想は現実となる。


『なお、現在をもって毎日午前零時の食料配給を停止する』

「何、だって」

 今度こそ、周囲のプレイヤーたちは騒然となった。

 いままで《DF》というゲームは、限られたスタミナで効率よくカネを稼ぐのが目的のゲームだった。

 だが、今この瞬間から、スタミナの供給源である食料が停止されたのだ。

 スタミナが0になれば、まともに動けなくなる。それでも無理をして動けば、HPが見る見るうちに減っていく。

自販機(ベンダー)でも課金アイテムとして食料が販売されているが、高価すぎて実用レベルではない。


 このままでは探索など到底不可能――いや、それどころではない。

 全員が飢え死にしてしまう。何せスタミナは、行動をしなくても極少量の自然減衰があるのだから。


『待てよ! だったらどうやって探索すればいいんだよ!?』

 誰もが思った疑問を、《ライノス》が口にする。予想に反し、システムメッセージは彼の質問に答えた。


 余りにも残酷で人間の弱みをついた、まさしく悪魔の誘いを。


『今後は、PKの報酬として三日分の食料を支給する。自販機(ベンダー)とPK以外に食料供給の方法は、ない。生き延びたければ、殺せ。それでは冒険者よ、健闘を祈る』


 それきり、世界が静まり返る。

 誰も、口を動かそうとしなかった。誰もが、同じ事を考えていた。


「殺さなければ、殺される?」

 絶望感すら感じられる声で、寧々子が呟いた。


 マイクが拾わないほどの小声で彼女が呟くと同時――

《ライノス》の頭に、巨大なオノが突き刺さった。


 プレイヤーたちが一斉に惨事の中心に視点を向ける。


『……だ、だって、仕方ない、だろ』

 加害者は、男戦士だった。恭一は知っている。彼の名を。

 日野翔太。キャラクター名は《ケトル》。

 名前の通り、はにかんだ笑顔が魅力的な大学生だった。彼は、恭一自身が勧誘した、『攻略チーム』の一員だった。


 モニターの中では、黄色く染まった《ケトル》の名前が映し出されている。

 黄色は、《飢餓》。スタミナが0になり、HPが徐々に減っていく状態を指していた。


 彼は今まさに、餓死寸前の状態に瀕していたのだ。


「……馬鹿、野郎」

《ケトル》の動きを皮切りに、プレイヤーたちが動き出した。

 一目散に逃げ出す者、PKに走る者、混乱に乗じて床のアイテムを拾い出す者、騒乱から離れ、弓矢やクロスボウを構える者。

 既に乱戦に巻き込まれ、殺し合いの切っ掛けになった《ケトル》は死亡していた。


 いままで、恭一が見てきたのは、地獄などではなかった。

 ここが、本当の地獄なのだ。

 人が人を殺し、喰らう、修羅と飢餓の地獄なのだ。


「動ける奴は今すぐそこから離れろ! 食料問題はあとで考える! 今はとにかく生きて逃げろ! PKには手を染めないでくれ! こっちとしても庇えなくなるッ!」

 回線を通じて全員に発令する。

 『攻略チーム』がゲームをプレイするそばには公安部員が控えているはずだ。ならば、無茶な行為もできないだろう。

『全公安部員に通達。自衛による反撃のみは見逃して構わない。ただし、自らの欲に負けた者はすぐに取り押さえろ。これは命令だ』

 直後。恭一を含む公安部員に対し、命令が下された。


『すべての責任は……私が、取る』

 声は涼原のものだった。彼も、今の狂乱を前に何もかもをなげうって対応する腹積もりなのだ。

 しかも、彼の声には苦痛が混じっている。《ネクロマンサー》によって現実世界で動き出した死体に怪我でも負わされたのかもしれない。


「襲われた場合の反撃はしてもいい! だから、とにかく生き延びてくれ!」

 悲痛な叫びが秘匿回線を通じて日本中へと広がっていく。


 七月二十七日。この日、ダイモンズ・フロンティアの世界は変質した。

 命を賭けてカネを奪い合うゲームから、自らの命のために人を殺すゲームへと生まれ変わったのだ。


 たった一つの、変化によって。


三話以降は少々ペース落ちます

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