7・《ネクロマンサー》討伐戦
▼十月二十七日 午前十一時五十五分/千代田区 ネクロマンサー討伐本部
四日後。《ネクロマンサー》討伐イベント当日。
怪しげな機械類で埋まったマンションの一室で、寧々子は携帯電話を睨み付けていた。
作戦開始まであと五分。
画面の中では二十人以上のプレイヤーが待機していた。
「本当に、集めちゃうなんて……」
「意外と優秀だろ? 日本の警察ってのは」
情報開示を決めてからというもの、警察の動きは迅速だった。
どのような手段で連絡を取ったのか、またどうやって説得したのかは分からない。ただ恭一の言葉通り、優秀さだけは理解できた。所在が判明したほとんどのプレイヤーと協力関係を結んだのだから。
『こちら《ライノス》。対象はx54、y27で停止中。このまま監視を続ける』
今回の主力の一人、生者ランキング五位の猛者。《ライノス》が報告してくる。
『ジャック兄妹。持ち場についたよ。しかし悪魔のゲームねぇ。面白いじゃん』
《DF》で唯一であろう固定コンビのプレイヤー、《ヒムロ》と《ホムラ》のジャック兄妹が応答する。実の兄妹らしく、息の合った連係はきっと実戦でも光るだろう。
『《レイヴン》、イベント参加プレイヤーから協力者を三人獲得。とりあえずは、PKとモンスターから身を守る相互協定を結びました。そろそろ集合場所に戻ります』
《レイヴン》は国内最高峰の格闘ゲームプレイヤーであり、日本では数少ない本物のプロゲーマーである。戦闘の実力は指折りで、少し運の巡りが違えば五位の《ライノス》を抜いていたのは間違いない。
彼が恭一に代わり、現場の指揮を執る手はずになっていた。
今も臨時で借り上げたこのマンションの隣の部屋でプレイしている。
他のプレイヤーも寧々子達同様、全国の数か所に設置された支部に集まり、警察官の立会いの下で《DF》を起動しているはずだ。
「緊張していないか?」
「大丈夫。やれます」
部屋の中央に設置されたいくつものモニターを眺めながら、恭一が問いかけてくる。画面に映し出されているのは《DF》の画面だ。
主力となるプレイヤーの携帯電話には、画面に映し出される全ての映像を恭一のもとへ送信するアプリをインストールしていた。
通信は公安が使用している極秘の暗号回線でそれぞれのプレイヤー達を繋いでいる。
連携の練習も付け焼刃ではあるが、やれる限りの事はやった。
「こちら本部。皆さんの協力を感謝します。我々はこのゲームを開催した悪魔を捕らえ、滅ぼす用意はありますが、いましばらくの時間を必要としています。皆さんを安全な日常に帰すには、皆さん自身の協力が不可欠です」
恭一がモニターを睨みながら作戦開始前の演説を始めた。
だが、どうにも慣れない丁寧語に彼自身戸惑っているようで、言葉にいつものような精彩がない。
「刑事さん。似合わないです」
堅苦しい演説に寧々子が笑う。
「……そうだな」
柄ではないのは分かっていたのだろう。寧々子の指摘で、恭一がいつもの不敵な笑みを浮かべた。
「堅苦しいのは抜きだっ! お前らはクソッタレな悪魔の思い通りに殺し合いはしない! 勝って日常に帰る。帰って大金持ちになる!」
大金持ちになる、と言った時、恭一が寧々子に一瞬だけ視線をよこした。どうしてだろうか、彼の瞳には罪悪感のようなものが僅かに浮かんでいた。
――もしかして。
彼は寧々子の事情を既に知っているのではないだろうか。
知っていてなお、彼女を助けようとしてくれたのではないか。
命を賭して、体を張って守ってくれたのではないだろうか。
逡巡の中で恭一の演説は続く。
「札束のプールで豪遊だ! 美女を、美男をはべらせ酒池肉林だ! その為には、とりあえず目の前の《ネクロマンサー》をぶっ潰す!」
敵は一匹。
死者の王、ネクロマンサー。
腐敗した巨体に秘められた莫大な体力と、それぞれが必殺の破壊力を持つ六本の腕の魔物。寧々子を親友と切り離した張本人。
だが、負ける訳にはいかない。
負ければプレイヤーたちに待つのは死だ。
自分の事ばかり考えてはいられなかった。思考を切り替え、ゲーム画面に集中する。
「行くぜっ! 作戦開始!」
景気のいい喝に、プレイヤーたちが「応っ!」と返す。
こうして、最初の山場。ネクロマンサー討伐戦が開始された。
イベント参加プレイヤー数は五十四人。内、恭一の協力者は約半数。
絶対に負けられない戦いが始まり――
そして――
▼三十分後
頭部を握りつぶされた《レイヴン》が湿った地面に横たわっていた。彼はもう仲間を勧誘する事もなければ、戦う事もない。
『お兄ちゃん、お兄ちゃんってば!』
棒立ちになったままの《ホムラ》が抵抗なくなぎ倒される。兄の操作キャラであった《ヒムロ》は、肉塊となって彼女の足もとに転がっていた。
「《ホムラ》、逃げろ! そのままだと殺されるぞ!」
恭一が個別回線で指示を出すが《ホムラ》は動かない。恐らく、彼女らは恭一が出した『別室でプレイしろ』という指示を無視していたのだ。
目の前で肉親が無残に飛び散れば冷静でいられるわけがない。彼女は今、必死に現実世界の兄の亡骸に語り掛けているのだろう。
『お兄――』
だがその声もすぐに止まる。
画面の中のネクロマンサーが六本の腕で《ホムラ》の四肢を握り、そして持ち上げ、そのまま引きちぎった。
CGで描かれた血がネクロマンサーへと降りかかり、腐敗した異形を真っ赤に染める。
「……畜生っ。これで六人か」
そう。
《ネクロマンサー》の戦力は、圧倒的だったのだ。