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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第二章 殺人遊戯は現実世界を汚染していく
12/52

4・ネクロマンサー

▼七月二十二日 午前十時五分/目黒区路上(車内)


 寧々子は、車の中で待たされていた。これから仲間になるであろう松井と会っておいたほうが良い、と恭一に連れてこられたのだ。

 初の勧誘工作ということで、時間を作り次第彼の上司も来るらしい。


 助手席のシートを下げ、俯いて足を揺らす。簡単な話がつくまで寧々子は車内で待機を命じられてた。

 学校は夏休みなので問題ないし、山のように出された課題に手をつける気にもなれはしない。


――わたしは、嘘つきだ。最低の、嘘つきだ。

 携帯電話を弄びながら、心中で吐き出す。

 寧々子は、恭一を騙している。

 寧々子にはカネが必要だ。父の会社を立て直すためのカネ、二億もの大金が。そのような重大な事実を恭一にはまだ伝えていない。


 怖かったのだ。

 彼は警察官だ。《DF》で得たカネは得体が知れない。昔の偉人が描かれた旧一万円札。どう見ても本物にしか見えないが、正規のルートで造られていない以上、偽札なのだろう。ならば恭一は取り締まる立場にある。

 話せるはずがなかった。


 だが、そんな寧々子を恭一は守ろうとしてくれた。彼の助けがなければ《ヘイト》に殺されていた。恭一がいたから、寧々子は今も生きているのだ。

 もし今、寧々子の前に悪魔が現れて「カネと安全をくれてやる。そのかわり葛城恭一を裏切り、捜査を迷走させろ」と言われれば、彼女はどうするだろうか。

 答えは、出なかった。

 迷いと恐れが寧々子の胸を昏く染め上げる。


「笑え」と恭一は《ヘイト》に襲われた時、言った。彼の言葉を思い出し、無理矢理に笑おうとする。

 だが駄目だった。

 浮かんだのは、醜く歪んだ嘘つきの顔だけ。


「……笑えない、よ。駄目だよ」

 今の彼女には、目の前の問題を脇に置くのが精一杯だった。

 思考を切り替えるために携帯電話を取り出す。最近ではキャンプを張るのも一苦労だ。怪物(モンスター)に見つからない横穴は、PKに襲われた際に絶対的な不利となる。だが、PKに即時対応できるような場所は、怪物と遭遇する可能性がそれなりに高かった。


 お蔭で寧々子の睡眠時間は削れる一方。

 恭一は00班とやらの本部で保護したがっているようだが、一つ屋根の下というのには抵抗があった。

 だが現実問題として、夜、たった一人で自室にいるのは恐ろしくて仕方ない。枕を抱え、泣きながら朝を待つ日々はもう限界だった。


 深くため息をつきランキングを開く。いまのざわついた心境でゲームをプレイする気にはなれなかったのだ。


「あれ、また……?」

 墓標には、一人の名前が追加されていた。

 二位、三千五百七万円。死亡時刻はほんの数分前。


 キャラクターネーム――


「……《ヒバリ》?」

《DF》には、キャラクターネームの重複はない。同名の人間は存在しないルールだ。


 つまり――


 松井清隆は、死んでいる。

 それも、恭一がマンションに入る直前に。

 慌てながらもどうにか画面を操作し、《ヒバリ》の死亡原因を閲覧する。


「そんな……」

 瞬間、寧々子の背筋に震えが走る。

 モニターの中では、不気味なフォントで、《ヒバリ》の死の様が淡々と描かれていた。


―――――

 戦士:ヒバリ レベル10

 第一階層【x18 y20】地点において、ネクロマンサーの通常攻撃によって倒れる。

―――――


《ネクロマンサー》。1Fの階層主。寧々子と蓮華を分断した元凶。

《ヒバリ》が殺された座標は、寧々子のキャンプからほど近い場所だった。恭一との話し合いがまとまったら、ゲーム中でも協力する予定だったからだ。


「近くに、ネクロマンサー(あいつ)がいる」


 恐怖、憎悪、闘志、狼狽。

 全てが混ぜこぜになって寧々子を苛む。


 戦っても勝てない。何せ討伐イベントが開催される事から、ネクロマンサーは複数プレイヤーが組まねば倒せないような能力設定なのは間違いないからだ。


――逃げなきゃ。

 寧々子の背を押したのは、恭一の「生き残るのを一番に考えろ」という言葉だった。すぐさまランキングを閉じ、《DF》世界に飛び込もうとする。


 その時だった。

 携帯電話から、けたたましいアラームが鳴り響いた。襲撃の警報。《ネコ》がゲーム中でダメージを受けた知らせだ。

 画面が暗転し、《DF》に切り替わる。

 損害チェック。ダメージは低い。妙な状態異常(バツドステータス)も受けていない。即時行動可能。問題はなかった。


 視界を回転させ、襲撃者を探す。

 相手は、《ネコ》の真後ろにいた。

 青白い顔をした人間。虚ろな目で《ネコ》をぼんやりと見ている冒険者。だが、プレイヤーではない。首があらぬ方向に向いている異形は、紛う事無く怪物だ。

 敵をタッチし、簡易情報を表示する。


「え、嘘……!?」

 寧々子の喉から悲鳴が漏れた。

 目の前のモンスターの名前は……《屍鬼/ヒバリ》。

 

 先程死亡したプレイヤーと、全く同じ名前だった。

 直後、彼女の頭に閃きが走る。どうして今まで想像しなかったのだろうか。


 第一層の階層主、ネクロマンサー。

 ファンタジー小説などではメジャーな存在。

 意味は、死者を操る魔術師。


 ()()(()()


――まさか!?

 DFは、ゲーム内でキャラクターが死んだ瞬間、プレイヤーも同じように死ぬ。

 キャラクターが血を吸われて死ねば、プレイヤーも干からび、キャラクターが首を刎ねられれば、プレイヤーの首もすっ飛ぶ。


 つまり――


 ゲームと、同じ状態になる。


 もし、キャラクターが生ける屍(リビングデツド)となったなら、現実のプレイヤーはどうなる……?


「葛城さんが、危ない……」

 死体が動くわけがない。それは常識だ。だが、寧々子たちはとっくに常識から逸脱した世界にいるのだ。

 恭一が刑事とはいえ、銃など持っていないのは寧々子にだって分かる。拳銃を携行するには特別な理由と許可が必要なのだから。

 

 一刻も早く警告しなければならなかった。《ネコ》を操作しながら、車を飛び出す。

 屍鬼となった《ヒバリ》と戦うつもりはない。近くにネクロマンサーがいる可能性が高いのだ。見つかれば《ネコ》の死亡は必至。今は何としてでもこの場を離れなければならなかった。


 所持品から《煙幕玉》を選び、背後に投げ、全力で逃げ出す。


――お願い。間に合って!

 現実とバーチャルの双方で全力疾走しながら、寧々子はただ祈るしかできない。


 眼前の危機で、彼女の頭から悩みは吹き飛んでいた。

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