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ダイモンズ・フロンティア  作者: 白城 海
第二章 殺人遊戯は現実世界を汚染していく
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3・次なる一手

▼七月二十一日 午前十時半/千代田区某所 00班本部

 PK同士の血みどろの争いから離脱し、二日後。警視庁からほど近い00班本部で恭一と涼原は報告会をおこなっていた。


 本来、課を束ねる立場にある涼原には、D案件一つに構っている暇はない。だが、激務の合間を縫ってでも彼は恭一のもとに訪れなければならない理由があった。


《DF》事件における悪魔は、デジタルな存在である可能性が高い。

 恭一も説明を受けたが、近年は契約者本人ではなく契約者の持つパソコンや携帯ゲーム機に悪魔が寄生していたケースがあった。

 人間の営みが変わるにつれ、悪魔の有り方も変化するのだ。


 それら電子世界の悪魔(デジタル・デーモン)は、どれもが一流のハッカーに匹敵する技術を持っていた。万能ではないが、セキュリティが甘ければすぐさま情報を盗む程度の事はしてのける。

 故に、本件に関してはメールなどでの報告書のやり取りはできない。


 そして報告会の矢先。涼原が最初の情報を提示した時だった。


「……マジですか」

 恭一が頭を抱えて呻く。涼原の情報は小鳥遊蓮華の行方に関するものだった。

「くそったれ。まさか、三か月前から行方不明とはな」

 小鳥遊蓮華。十七歳。道内の高校へ通う高校三年生。

 今年三月に交通事故で両親と死別。

 身寄りがないため養護施設に入るが、四月の半ばに行方不明となる。

 捜索願は届出済み。


 そして《DF》がアップロードされていたサーバーの最も古いアクセス履歴は、四月十五日。蓮華の失踪と重なる。

 寧々子には悪いが、擁護する気にもなれなかった。


「こいつは、クサいなんてモンじゃない」

「GPSは動いていない。調査の結果、メールと通話アプリの使用履歴から今は都内に潜伏しているのが判明した。

 ただ、ネットカフェや宿泊施設を当たってみても成果なし。失踪人の捜索を口実に動員できる人数には限りがある」


 それきり会話が途切れる。次は恭一の番だ。

 人手が必要な調査や、表向きの仕事にカムフラージュできる事柄は涼原率いる正規のチームが引き受けてくれている。

 恭一に与えられた最大の役目は、組織のルールに縛られない身軽さで彼にしかできないアイデアを提案して実行する事なのだ。


 そして、彼には妙案があった。


「攻略チームを作りましょう」

 結論から叩きつけると、涼原が面食らった顔をした。思惑通りだ。

「先程頂いた報告書によれば、プレイヤーの中で所在で判明したのは二十四人。間違いないですね?」

「ああ。君に頼まれたアクセス履歴から割り出した。残念ながら、判明したのは今月に登録した人間だけ。過去の分は何者かに改ざんされていた痕跡がある」

復旧(レストア)はどうです? たしか公総にはサイバーテロの対策班がいたはずだ」

「時間をかければ可能かもしれない、との事だ。バックアップも含めて何度も上書きを繰り返されたらしく、あまり期待しないほうが良いらしい。ただ、参加人数だけは本物の情報のようだ」

「なるほど。で、こいつは一昨日のバージョンアップの知らせを受けた際に思いついた事なんですがね」


 発端は、日曜に開催される討伐イベントだ。

 通常、《DF》ではプレイヤー同士が協力する事態は少ない。宝箱や経験値が怪物にトドメを刺したプレイヤーの総取りなためだ。

 加えて現在はPKまである。昨日を皮切りに、自分以外の他人は全て敵、といった空気になっているのは間違いなかった。


「だからこそ、協力させます。殺し合いなんざさせてたまるか。協力させて、生き残らせましょう……例え脅してでも」

 イベントは間違いなく荒れるだろう。参加するだけで七日もの間カネと経験値が二倍になるのだ。参加しない理由はどこにもない。

 加えて、普段は顔を合わせないプレイヤーたちが一斉に集う場をPKが黙って見ているだけとは思えない。


「所在が分かっている人間だけでも救いましょう。協力させ、情報を共有させるんです」

《DF》には解説書(マニュアル)は存在しない。説明されるのは操作方法だけだ。

 アイテム一つとっても、あらゆる消耗品は《?:銀の珠》や《?:赤い草》といった不確定名称で登場する。プレイヤーは、一度使用するまで自分の手持ちアイテムが何なのかも分からないのだ。


 しかも、アイテムの中にはプレイヤーに致命的な損害を与える危険な品まで混じっているのだから始末に負えない。

 《閃光珠》に代表される消耗品が強力な理由は、リスクがあるからこそだった。


「一度使用したアイテムは、以降は効果が判明した状態で入手できます。つまり、十人単位のプレイヤーがアイテムを交換するだけで、かなりの数の消耗品が識別できる。切り札の効果が分かりさえすれば、彼らの生存率はグンと上がるはずだ」

 幸い、《ネコ》の職業は商人だった。商人は戦闘能力がやや低い代わりに、アイテムの効果を識別する鑑定能力を持っている。

 攻略チームを結成するにあたって、強力な効果を持つ消耗品は大きな力になるだろう。


「果たして上手くいくかな?」

「俺が説得します」

 恭一が真っ直ぐに見据えると、涼原は数秒間の黙考に入る。


「すぐに管理・運営方法を提出してくれ。ただしD案件と00班の公表は禁止だ。香取は君が監督するから特例として、不特定多数に情報が漏れるのだけは看過できない。状況次第では私も現場に出よう」

「いいんですか? 司令塔が前に出て」

「通常ではありえない。だが人手が足りないからね。前例がほとんどないからといって、動かないわけにはいかないだろう。決まったらまた連絡を頼む」


 条件付きではあるが涼原からの許可が出る。

 彼としても蓮華を見つけるまでの時間を稼げるのは助かるはずだ。

 さらには直接プレイヤーと面談する事で、契約者(ホシ)に繋がる情報を掴めるかもしれない。それが出来るのは《DF》事件を担当する恭一だけだった。


 涼原と別れるなり、すぐさま作業に入る。


 計画書は半日かけて制作した。

 恭一だけで彼らを管理できるシステムを考えるには少々骨が折れたが、プレイヤー達が慣れれば負担も減り、自由に動けるようになるだろう。


 涼原の許可が降りるなりプレイヤーの一人に電話をかける。

 相手は都内に住む男子大学生だ。自分が警察官である事を明かし、この謎のゲームの攻略協力を求める。


 反応は悪くなかった。

 PKに狙われるくらいなら、稼ぎは少なくなっても協力の道を選ぶと言ってくれたのだ。翌日直接会って話をすると約束をし、そのまま電話を切る。


 もちろん問題もあった。ゲーム内で得たカネをどうするかだ。

 恭一の立場としては回収せねばならない。だが相手が素直に引き渡すとは思えないし、下手をすれば協力拒否される可能性もある。

 寧々子とですら今はカネの話を避けているくらいなのだ。彼女が二億を必要としている以上、カネの事で揉めるのは目に見えている。


――これじゃ「見捨てろ」って言った涼原さんと変わらないな。

 自己嫌悪で深く嘆息する。悪魔のゲームに巻き込まれたただの高校生を、恭一はいいように利用している。

 カネの事は話さず、親友である蓮華を疑っているのも伝えずに。それでも彼女や他の《DF》プレイヤーを守るために嘘が必要なのなら、やらねばならなかった。


 とにかく、今は手を動かすのが先だ。

 電話を取り、何人かに連絡を取る。色良い返事が貰えなければ直接押しかけるつもりだった。

 下手をすると日本中飛び回る事になりそうだが構わない。彼らの命が助かれば、それだけD案件が表沙汰になるのを避けられるのだから。


「見てろよ、クソ悪魔。人間様が思うように殺し合いをすると思ったら、大間違いだ」

 携帯電話を握り締め、静かに闘志を燃やす。

 だが、運命は恭一の思惑を阻むように動いていた。


 翌日。


 約束をしたマンションへ恭一が訪れた時。

 ほんの二十時間前に恭一と会話をした大学生は。


 不気味なゲームとPKに不安を抱えていた彼は――

《ヒバリ》こと松井清隆は――


 玄関先で、死んでいた。


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