聡明王の勅命 -勇者一行の作り方-
――ここはある王国の国王の間。
「くかー。食った食った」
王のスマートンは腹をさすりながら、最高級のふかふかロッキングチェアに腰掛けた。
「それにしてもお主の用意する飯は旨いのぅ。太ってしまいそうじゃわい」
「いえいえ、私ではなくシェフ、そしてシェフを雇った王の功名でございましょう。あと、国王というのは少し肥えているくらいの方が民にとっては安心するものでございますよ」
王の一歩後ろに引いたところにいる背筋のピンとした若い男が応えた。
「ガハハ。お主も世辞が上手くなったのう、執事よ」
「世辞などではございませんよ。聡明王として名高いスマートン様にお仕えさせて頂けるだけで、この執事、感涙ものです」
執事はそう言いながらニコリと微笑んだ。
聡明王、というのは魔王軍との戦乱により荒んだ地方政治を平定し、都の経済を回復させた王に民衆がつけたあだ名である。
「敬語も板についてきたではないか。やはり、お主はただの農民に終わらせるにはもったいなかった男じゃの」
「そうでございましょうか。いかんせん、平民生まれなものですから、なかなか勝手が分かりません」
「それで構わんのじゃよ。」
王は立ち上がってくるりと執事の方へ向き直った。
「お主はただ、ワシを見ておればいい」
「恐縮です」
執事はペコリと辞儀をして、皿の後片付けを始めた。
――そして、それから2年後。
王は早朝に執事を呼びつけた。
数分後、コンコンと国王の間の扉を叩く音が響いた。
「入れ」
「失礼致します」
つかつかと調子のいい歩調で王の前まで歩いていき、膝をついた。
「よくぞきた。聡明なる我が執事よ」
血色の良い顔で王は執事を迎えた。
「ご用とはなんでございましょうか」
「なぁに、そんな大したことではない」
鼻をほじくりながら、手に持っている帳簿でパタパタと仰いでいる。
「ご冗談を。王がこんな時間にわざわざ私めを呼びつけるほどのことが大したことではないわけがございません」
執事は王の態度にわざと語気を強めて言った。
「ガハハ。口が過ぎるぞ、我が執事よ。だが、それでこそお主じゃ」
「はぁ……。心配したのですよ、王。あなたの身になにかあったかもしれないと思って駆けつけたのですから」
立ち上がって、やれやれ、と言うように執事は苦言を呈した。
「おお、それはすまんな。少し臣下には秘密裏にすすめたいことがあっての」
「それはまた重大な……」
「何、簡単なことじゃ。お主に人事係を任せたい」
軽い口調で王は言った。
「人事、ですか?それは何の?」
「世界の殆どの人々は未だ新たに迫りくる魔王を知らぬ。だが、このままではやがて世界は魔王の手に……、それだけはなんとしても食い止めねばならぬ。そこで、我が聡明なる執事よ。お主に、100人の勇者候補の中から3人の勇者を選んで欲しい、というか選んでもらう」
「はい?今なんと」
きょとんとした顔で執事は聞き返した。
「じゃから、100人の候補から3人の勇者を選ぶのじゃ」
「いやその前の魔王がどうこうと」
「ああ、新たな魔王の力を観測したのじゃ。このことはいずれ民衆にも噂として流しておく。パニックにならない程度でな」
「魔王は先の戦乱で滅びたのではなかったのですね……」
執事は表情を暗ませ、俯いた。
「……すまんのぅ」
「いえ、王が謝ることではありません。王は戦いで乱れた世を正してくださった聡明なお方です。民衆はみな、王に感謝しております」
顔を上げて真剣な面持ちで執事は言った。
「じゃ、その聡明な王の頼みをきいてくれるな?」
「はっ、もちろんでございます。で、その候補100名とは?」
「これじゃ」
王はさっきまで扇のように使っていた帳簿を執事に手渡した。
「そこに100名の豪傑たちの名前、性格、特技、住所を記しておる。その中からお主が好きなように選べ」
「臣下には秘密ということは、これは王がお作りに?」
「そんなことはどうでも良いじゃろう」
帳簿にはとても詳細に候補たちの情報が連ねてあった。
その中には、実際に会ってみないと分からないようなものもある。
執事はその意味を汲み取った。
「この任務、承りました。期限は何時まででしょう?」
「1ヶ月じゃ。その間、執事の仕事はしなくてよいぞ」
「承知しました。それでは1週間後に勇者3人をここに揃えてましょう」
ニッコリと執事は微笑み、それに王はガハハ、と豪快に応えた。
――その夜。
「勢い良くいったものの、これどうすっかなぁ」
王宮のはなれに住む執事は、ベッドに転がって頭を悩ませていた。
今日一日で一通り帳簿には目を通し、あらかたの選考は済んでいた。
最終的な決定は六日後にするとして、それまでに絞った人数で面接をするか。
「いや、王はきっとこの帳簿の全員と会っている」
そして、その上でこの人事を自分に任せたということは、その点において王よりも自分のほうが優れていると、王が判断したのだ。
ならば、応えなくては。
「よし、俺も全員と会おう」
執事は腹を決めた。
――それから六日後。
「くはぁー、疲れた」
夜の帳も深く降りて、執事はベッドの上に転がった。
なんとか100人全員と会うことができた。
王は時間をかけて王宮に召集したが、執事にはそんな時間はなかったため、馬で一人ひとり会いに行くという強硬手段に出た。
都中を馬で駆け回ったため尻に酷く痛みが残ったが、執事は満足していた。
この1週間、全力を尽くして選考したのだ。
きっと、王も納得して頂けるだろう。
執事は静かな寝息をたてていた。
――翌日。
執事は、3人の勇者を連れて国王の間に馳せ参じた。
国王スマートンは立ち上がって大きく手を広げて言った。
「よくぞきた!勇敢なる我が執事たちよ!」
「はっ。お命じの通り、選りすぐりの勇敢な者たちを連れてまいりました」
「じゃ、紹介してもらおうかのぅ」
「はっ。では初めに、こちらがこの王国屈指の剣豪、ラキでございます」
執事がそう言うと、一人の黒い鎧を着たがっちりした男が前へ出た。
「ご紹介与りました、ラキでございます。王国軍の精鋭剣術部隊、分団長を仕っております」
丁寧な口調で、その眼差しからは誠実さが読み取れた。
「職業としての実績はもちろん、幾百もの剣豪との決闘にも敗北を許しておりません。その実力は私がこの目で確認致しました」
執事は王の目をしっかりと見ながら言った。
「うむ、よかろう」
執事が言い終えると、ラキは一礼して後ろへ引いた。
「次は、この方。鉄拳の武闘家、ハオでございます」
そう言うと、筋肉隆々の女武闘家が前へ出た。
「ご紹介頂きました、ハオです。い、以前、様々な国で腕試しをしてきましたっ」
緊張しているのか、少し噛んでいるが、その女の放つオーラからは只者ではないと感じ取れた。
「実力はもちろんのこと、感性が鋭く、魔族の奇襲にも反射的に対応することができます。この目で確認してきました」
そう言いながら、執事は横腹をさすった。
「ふむ、よかろう」
王がそう言うと、ハオはペコペコと辞儀をして戻った。
「では最後に、こちらは大賢者、ノロックでございます。」
執事がそう言うと、ローブを羽織った妖しい男がゆっくりと前へ出た。
「紹介ありがとう、私の名はノロック。よろしくお願いする」
貫禄のある風貌で、賢明さが伝わってくる。
「多様な魔術を駆使し、破壊魔法から蘇生魔法までこなします。さらに、資金のやりくりまでできます。この目で確認しました……」
「うーむ、よかろう」
なぜか執事は憂鬱な表情をしている。
「あと」
執事は付け加えるように言った。
「この者達は魔族との戦闘経験を持っています」
「ほほう……」
王は感心した。
パンッ、と手を叩き王は言った。
「よくぞここまでバランスのとれたパーティを組んでくれた。執事よ、感謝するぞ」
「はっ、もったいなきお言葉」
執事は心の中でガッツポーズした。
この一週間の努力が報われた気がした。
「戦力として申し分ない。そして、人格的にも問題ないじゃろう」
「では、このメンバーでよろしいですか?」
「ああ、構わんがの……」
「いや、でもパーティといったら普通四人じゃろ」
「へっ?」
執事の思考が止まった。
この老人は何を言っているのか。
「それに、なんと言うか……キレが足りんのじゃ。ふむ、剣士に武闘家に賢者……」
「えっえっ」
「そうじゃ、勇者が足りんのぅ。おっと、そこにちょうどキレのある聡明で若い男がいるじゃないかね」
「えええ!?」
キョロキョロと周りを見回す執事。
王は執事の目の前に歩いていくと、大きな声で言った。
「こやつらを集めたのは、他でもないお主じゃ。指揮を取るのはお主しかおらん。それにお主は魔族がどういうものか、その身を持って見たはずじゃ」
執事の脳裏に鮮明な記憶が蘇る。
農民として暮らしていた少年はある日、目の前で両親を失った。
そこに、国王が現れて救ってくれたのだ。
「なるほど、国王。あなたは最初から」
「言ったはずじゃ。ワシはお主をただの農民に終わらせるつもりはなかったし、ただの王の執事にも終わらせるつもりは毛頭ない。」
「あなたって人は全く……。でも、それでこそ聡明王だ」
若い男がそう言うと、ニッと王が笑った。
魔王が力を取り戻すことを予測し、それに対抗するためのパーティを作る。ただ、腕っ節がいいだけでは勝てない、聡明な頭脳、そして魔族への執念が必要だ。
ならば、月日をかけて作り上げればいい。
見事にその掌の上で踊っていた若い男は最強のパーティを作り上げた。
若い男は王のその聡明さ見続け、それ故に慕ってきた。
ならば、その掌が垂れるまで踊り続けてやろうではないか。
若い男は決意した。
「では、ここに勅命を下す!」
国王の大きな声に四人は背筋を伸ばし、顔に力が入る。
「そなたら四人に勇者一行としての権限、そして義務を与える!必ずや魔王を討ち果たしてくるのじゃ!!」
「はっ!!」
「ではまた会おう!我が勇者たちよ!」
王はニヤリと微笑をうかべた。