ゲームと現実。( ..)φメモメモ
「愛里!」
名前を呼ばれて振り返ると、大親友の片山実南が手を振っていた。そう、玲菜ちゃんの妹であり、私の同志でもある大親友だ。
玲菜ちゃんより茶色がかった赤毛は、きっちり編み込まれ、一筋の乱れもないほどビシッとまとまっている。普段はふんわり下ろしているので見慣れない姿だが、何でも学校仕様の髪型なのだとか。
本人曰く、チョコレート色の瞳がやや垂れ気味のため、可愛らしさを前面に押し出すとナメられる。そのための防衛策という訳だが、私に言わせると、勉強しかとりえのないカタブツと見せかけて獲物をおびき寄せた挙句、突然ガブリッ!と襲い掛かるための罠としか思えない。
そう指摘したら笑っていたから、強ち間違いではないだろう。上流階級の子弟が通う学校生活も何かと大変という事だ。
「どうだった?」
「ばっちり!」
何をと聞くまでもない。私たちは同じクラスになれたのだ。そのまま、普段の会話をしつつ、校舎へと入って行く。
「はうわ~っ!!」
ベルサイユ宮殿の内部は、やっぱりベルサイユ宮殿だった。天井の高いエントランスホールには、煌びやかなシャンデリアが眩しい輝きを放っている。初等部から高天原学園に在籍する実南は、さも当り前といった様子で、ぽっかり口を開いて見上げている私を面白そうに笑っている。
「愛里のその顔が見たかった!」
「いや、だって、たかが学校にシャンデリアって!」
本当のことを言うと、ゲームの記憶として学校内部の様子を知ってはいた。だが、二次元で見るのと三次元で見るのとでは迫力が違う。余りの眩しさに目がつぶれそうだった。
「そのうち慣れるわよ。さ、着いたわ!」
呆れたような実南の声に、はっとして前方を見ると、いつの間にか教室へ着いていた。木製の分厚いドアには、『カトレア』の文字が優美な字体で彫り込まれている。
高天原学園では全てのクラスに花の名前がついている。そう言えば、ゲームの中でも私は『カトレア』組だったけど、片山実南というクラスメートはいなかった。いわゆる『モブ・その他大勢』としては存在していたのかもしれないが、名前は出てこなかった。
『ゲーム』と違って、多岐にわたり細部まで存在しているのが『現実』の素晴らしさであり、面白さだろう。作られた『ゲーム』では決してありえないことだ。
何より、校舎内部のがベルサイユ宮殿張りの豪華さなのには驚愕した。廊下の壁は、ゴブラン織の布地をふんだんに使用し、本当に使うか甚だ疑問だが、50mごとに燭台が設置してあった。床は寄木細工のようなデザインが施され、チリ一つないほど艶やかに磨きこまれている。
一歩進むごとに、「ほえ~っ!」だの「ふほ~っ!」だの奇声を発する私に、最初こそ面白がっていた実南だが、しまいには「はいはい、さっさと歩く!」とウンザリした声を出していた。それでも友を見捨てず、教室まで手を引いてくれる所が玲菜ちゃんに似てツンデレさんなのだけれど。
ドアを押して教室へ入ると、大学の講堂のようだった。教壇を中心に、すり鉢状に学生席が並んでいる。しかし、よく見ると床はふかふかの絨毯が敷かれ、学生机と椅子は、ロココ調って言うのか、白い塗料に金の縁取り、脇にはカトレアと思しき花が流麗なタッチで描かれている。
こんな机と椅子で落ち着いて勉強できるのか?!
うっかりペンが滑って机に書いちゃったら、いくら請求されるんだ?!
いっそ、天井もシャンデリアなのか?!
様々な思いが去来し、やけくそ気味に天井を見上げれば、さすがにシャンデリアではなかった。それはそうだろ。あれは天井を照らす間接照明だから暗すぎるわ!と思ったけれど、代わりに、どこの音楽ホールかってくらい、豪華な照明がついていた。
名前は分からないけど、沢山の電球が連なった円柱状の照明、あれが幾本も天井からぶら下がっているのだ。金額で言えば、ちゃっちいシャンデリアより遥かに高いんじゃないか、あれ。
「……なんか、庶民には理解できないわ」
ぼそっとつぶやくと、実南は器用に片眉をあげて笑った。
「何言ってんの!愛里の家だって、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いじゃない!これくらい、慣れないとやってけないわよ」
そう、そうなのだ。ふと気づくと、我が家はお金持ちになっていた、らしい。
鹿子さんのケーキが売れに売れ、今や『カリスマ主婦パティシエ』として何冊もお菓子本を出版し、教室も展開している。もともとプロなのだし、家事能力が皆無なのに『主婦』がつくのは如何なものかと首を傾げたが、「実際に主婦なんだし、その方が身近に感じられてファンが増える!」と出版社の人から力説された。
そんなものかな、と思ったけど、反論しなかった。以前は、私がネット販売やスケジュールを管理していたが、今では鹿子さんの事務所を立ち上げ、本格的なプロのマネージャーさんがついている。もう私があれこれ口出しする立場でもない。
ちょっと寂しい気もするが、その分、自分の時間が増え、将来に向けてやりたいことができると思えば、わくわくする気持ちがあるのも否めない。
それに、我が家がお金持ちになったのは、鹿子さんだけではない。私の父親も立ち上げた会社が軌道に乗り、今では主要都市に、いや国外にも支店を構えるほどに成長した。
故に、祐兄は玲菜ちゃんの希望もあって、中等部から高天原学園に外部受験し、寄付金を支払って一般生徒として在籍している。もちろん、成績はトップクラスだけれど、特待生枠は学費の工面が難しい生徒の為の制度なので、我が家は該当しなかった。
私も中学から入学するよう誘われたが、どうにも敷居が高かったし、小学校の同級生が面白い奴らばかりで、しかも、みんな地元の公立志望だったので、中学までは近所の学校へ通った。
高校も、その辺の学校へ行くつもりだったけれど、同級生の進学先はバラバラになっちゃったし、あ、でも連絡は取り合ってるけどね。それに、祐兄と玲菜ちゃんが『私の将来に役立ちそうなもの』が学園にあるというので、外部受験した。当然、私も特待生ではなく、一般生徒である。
ゲームでは、鹿子さんのお店も父親の会社も高校入学した辺りから軌道に乗るので、祐兄ちゃんは公立の小中学校を経て特待生で学園へ、ヒロインである愛里は無理を言って母親の母校である私立の小中学校を卒業し、特待生で学園へとなっている。
なんだか色々と違うけれど、ここはリセットできるゲームじゃないし、攻略対象者たちと恋愛する気もない。だったら、展開が大きく違ったところで何の問題もないだろう。
それに、両親はお金持ちかもしれないが、大半は株価での話だし、大きくなるためには借金もしているだろうから実際のお金は殆どないと思う。
大体、お小遣いが増えたわけでもないし、食事が豪華になったわけでもない。唯一、お金持ちらしい行為は、祐兄と私の学費を支払ったことくらい。実南の聞くところによると、寄付金併せて1人1千万は下らないだろうという話。つまり、2人で2千万……そりゃ、贅沢する余裕なんてないよね。(;´・ω・)
ということで、個人的に『お金持ち』という感覚は皆無なのだ。今日も今日とて、入学式の後は最寄りの駅で学割の定期券を買うべく、長蛇の列に並ぶ予定。あ、あとで学割証明、もらわなきゃ!祐兄いわく、先生たちも滅多にない作業だから理解してもらうのに時間がかかると言っていたっけ。
そんな感じで、気分は『庶民代表』だけど、本当の庶民からしたら、「とどのつまり、あんただって庶民じゃないじゃん!」と反論されるのは確実(私だってするし!)なので、庶民代表宣言は撤回致します。
お騒がせしました!<(_ _)>
内容は変えていませんが、記述で変な部分があったので訂正しました。実南の外見を追加しました。