これって、危ないフラグだったりするのでしょうか?!(; ・`д・´)
「お願いだから、そんな即答しないでよ~。お兄さん、泣いちゃうぞ?!」
「……お好きにどうぞ。誰も留めませんから」
武史さんは、愛里ちゃんが冷たい~っ!!と叫んでテーブルに突っ伏した。肩を震わせているけれど、嘘泣きなのはバレバレだったりする。いつもは、泣いている武史さんを無視して会話を勧めるのだけれど、今日はちょっと展開が違った。
「愛里ちゃんが我が家に嫁いでくれたら、毎日、遊び放題だよ!ねえ、母さん」
唐突に話を振られた実南たちの母親、片山佳那さんは、ちょっと考え、嬉しそうに小さく手を叩いた。
「そうねぇ、愛里ちゃんが家に来てくれたら一緒に買い物へ連れて行ってあげるわ。銀座に素敵なドレスを作るお店があるのよっ!あ~ん、この間発売された新作、愛里ちゃんに似合うと思うわっ!」
佳那さんは、小柄でほっそりした肩に艶やかな栗毛をなびかせ、玲菜ちゃんそっくりのグリーンの瞳をうっとりと輝かせた。確か、四捨五入すると50代になる筈なのに、少女のような仕草をする。というか、服装から何から少女そのものだったりする。
今日も瞳に合わせた菫色のワンピースに、これでもかとリボンとフリルがついている。足元はシルクの靴下にロイヤルブルーのエナメルシューズだ。先の丸いラウンドトウに、リボンストラップが良く似合っている。
普通、50代女性がロリな格好をしたら、間違いなくドン引きしてしまうだろうけれど、年齢さえ知らなければ、確実に20代、うっかりすると10代に見える佳奈さんには、誂えたように似合っている。いや、きっと奥さまを溺愛しているご主人のことだからオートクチュールなのだろう。しょっちゅう2人でパリに行っているようだし。
とはいえ、ご主人である片山家当主、克俊さんと手をつないで歩けば、十中八九、犯罪者に間違われるし、玲菜ちゃんと実南と3人で並ぶと姉妹に間違えられることは当たり前、それどころか、しっかりものの実南が長女で佳奈さんが末っ子に見られてしまうこともあるという。
おばさま、恐るべし!Σ(・ω・ノ)ノ!
おばさまの紹介をしている間に、おばさまの話に玲菜ちゃんが加わり、新作ドレスの話が、いつの間にかウェディングドレスになり、ハネムーンへと広がりを見せている。私というより、玲菜ちゃんの話になっている気もするけれど。
ちらりと同席者に視線を漂わせると、祐兄は眉間に皺を寄せて武史さんを睨んでいる。実南も不満そうだが、武史さんは意に介する様子もなく、にまにましている。
3対3……残るは、鹿子さんだけ。と思ったら武史さんが先制攻撃を仕掛けてきた。
「どうでしょう?母と妹たちは、すっかり乗り気のようですけど?」
こくりと喉が鳴る。鹿子さんの答えで結婚が決まる筈もないけれど、それでもやっぱり緊張する。こちらの気持ちを知ってか知らずか、鹿子さんはにっこり笑って口を開いた。
「そうねぇ。あと10年くらいしたら考えても良いわねぇ」
「……僕では役不足だと?」
武史さんの口は弧を描いているのに、目が笑っていない。思わず、空気が張りつめたけれど、鹿子さんは一向に気にしていない様子でコロコロと笑った。
「まさかぁ!片山家の跡取りに役不足なんてないわ。未熟なのは愛里の方です。こんな子供を他所様へ嫁がせるなんて、何かあったら親の責任だもの」
「愛里ちゃんは、何もしなくていいんですよ。ただ僕の隣で笑っていてくれたら、それだけで良いんです」
うげ、退屈過ぎて死んじゃうっつーの。……なんだろ?武史さんってば、私をやけに美化している気がする。個人的な接触が少ないせいかもしれないけれど、人を見る目はあるのに私に関してだけ正常な判断が下せない感じ。
これが、恋は盲目ってヤツ?!という気がする一方で、私ではない誰かを見ているような気もする。
ダレヲ、ミテイルノ?
ふっと脳裏に、年配の男性が浮かんだ。顔中、無精髭を生やしていて、どこか遠くを見ている。決して『私』を見ることのない、冷たい鋼色の瞳。
コノヒトハ、ダレ?
記憶を探ったけれど、今世でも前世でも会ったことのない顔だった。髭で良く分からないが、世界史で習う古代ローマ人のような服を着ている。
カレハ、ワタシノ―――――
「ただ笑っていれば、なんて言うのは容易いけれど、行うのは難しいのよ?」
微笑みを浮かべたまま、真剣な声で諭すように答える鹿子さんの声に、脳裏に浮かんだ映像は霧散した。再度、思い描こうとしても、どんどん線が歪んで似ても似つかぬ顔にしかならない。
まあ、いいか。そのうち思い出すか、思い出さなければ重要ではない、ということなのだろう。今は目の前の遣り取りに集中すべきだ。いや、集中しなければ。
「笑うと言うのはね、自分に余裕がないと出来ないの。だから、私は愛里ちゃんに納得のいくまで教育を受けさせて、仕事をさせて、自分一人で生きていけるって自信が持てるまでお嫁に出すつもりはないわ。例え本人が望んでもね」
本人には内緒の話だが、意外と真面目に子育てを考えていた鹿子さんに驚かされた。祐兄も目を見開いて、ビックリした顔してる。そりゃそうだよね、いつもの鹿子さんは、天然っていうか、おっちょこちょいで、そそっかしくて、忘れっぽくて、その日その日が充実していれば良いって人だ。
けれど、よくよく考えてみれば、鹿子さんは祐兄が幼い頃、ご主人を亡くしているんだっけ。はっきり聞いたことはないけれど、製菓学校に在学中、講師として来ていたご主人と出会って、卒業と同時に結婚したらしい。
結婚して、ご主人の念願だった店を持って、子供が生まれて、順風満帆だった人生が一転、ご主人に先立たれ、残された店と子供を守らなければならなくなった。お菓子作りの技術はあったと思うけれど、経営者となると話は別だ。
再び笑えるようになるまで、人に言えない苦労が、辛さが、どれだけあったんだろう。
一日一日を後悔せずに生きると決めるまでに、どれだけの時間がかかったんだろう。
人生経験に裏打ちされた言葉に、武史さんも笑みを消した。
「そこまで言われては仕方ないですねぇ。一旦、保留にしましょう。でも、覚えていてくださいね」
外人みたいに肩を竦めた武史さんは、後半の台詞を私に向けて呟いた。
「僕は未来永劫、貴方だけのものですから」
―――――――――― ビキッ。
卵の殻にヒビが入ったような、頭の中で何かが漏れ出たような、奇妙な感覚。あれ、目の前が暗くなっていくのに、どうすることも出来ず、意識を手放した。




