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私のライバル(5)

「どうじょ」


 どうぞ、と言おうとして、またもや『どうじょ』と言ってしまったわ。むむ、3歳児って、どうしてこんなに口の筋肉が動かないのかしら?それとも、生まれ変わった私の機能に問題があるのかも?一度検査をした方が良いのかもしれないわね。


 なんてぼんやり考えていると、ドアが開いて水澤さんが入ってきた。予想では父が来るかなと思ったけれど、まあ、父か水澤さんのどちらかが来るとだろうと思っていたから強ち間違いではないだろう。


「お嬢さん、何をしているんですか?」

「みてのとーり、ネットでしらべものよ」


 水澤さんが何の用件で来たのか察しがついているので、特に隠す必要もなかった。指と目はノートパソコンから離さず、返事をした。


「須佐組の交流関係ですか?」


緑川みどりかわ』ともう1つのバックである『四十田あいだ』に関する記事を集めていたところだったので、何をしているのか察しの良い澤田さんにはお見通しね。


 緑川は政界との繋がり、四十田は財界との繋がりがあった。勿論、元は反社会的勢力ということは上手に隠している。私が関係を知っているのは、乙女ゲームという前世の知識を持ち合わせていたから。結果が分かれば、道筋を辿るのは容易いもの。


 緑川の私より1歳年上の双子は攻略対象者だし、双子と同じ年に生まれた四十田の末っ子、望都のぞみは双子の幼馴染という立場でヒロインにとっての悪役令嬢となる。そして、今の水澤さんの反応から、ゲーム知識を基にした三家の繋がりがビンゴだという確証も得られた。


 私は、内心興奮しながらも、何気ない口調で話しを続ける。


「緑川でも四十田でもかまわない。花菱と姻戚いんしぇき関係かんけーってもてない?」

「……何故、とお聞きしても?」


 もう舌足らずは諦めた。少々、いやかなり恰好悪いけれど、水澤さんは理解しているようだし、こだわっていると話が進まないので気にしないことにしよう。気にしない、気にしない、気にしてないッたら気にしてないッ!( `ー´)ノ


 花菱家は、旧華族の家柄で、かつてほどの栄華はないものの、それでもさまざまな業界にその名が知れ渡っている。それも魅力の一部だが、一番の目的は、花菱家のご令嬢、蘇芳すおうが早乙女貴教の婚約者となるから。


 勿論、ゲームの中のことだから現実世界では、どう転ぶか不確定要素があるのは否めない。その分、繋がりがあれば、動きを察知できるし、上手くいけばコントロールだって可能だ。


 現世の私は弁護士ではないし、正義の味方でもない。自分と家族が一番大切な普通の子供だ。ヒロインが須佐と所縁のある緑川、そして四十田に興味を示さなければ、他の攻略者たちを逆ハーしようが食い物にしようが問題ない。


 反対に、もしこちらのルートに入って来るなら何としてしても排除する。早乙女を生贄に突き出しても構わないし、可能であれば他に幾らでも切り札を集めよう。その為には、協力者が必要だった。強い力を持つ協力者が。


 私は水澤さんの無表情の瞳を見つめ、言葉を選んで話し始めたわ。大きな代償を払うことで、大きな見返りを得るのだと覚悟を決めながら。








「お帰りなさいませ、お嬢様」

「あ~今日は疲れたわ。ご飯より、先ずはお風呂を準備して頂戴」


 バリバリに固めたツインテールを解しながら、出迎えた水澤に鞄を手渡す。ふと、委員会の出来事を思い出して、兄の様子を尋ねてみたわ。


 あ、ここは、祖父が私の為に建ててくれた敷地内にある家なの。最初は何て無駄遣いだと呆れたけれど、家業やゲームに関することなど家人に知られては拙い時、この家で過ごしているの。まあ、週に2~3日ぐらいかしら。


 そんな訳で、両親と暮らしている兄と直接話すことは出来ないけれど、あちらにいる部下から兄の様子は逐一報告が入るってわけ。


「早急に顔認証システムを付けるよう指示がありました」

「……相変わらずねぇ。いい加減、諦めれば良いのに」


 兄は、妹が馬鹿正直に鍵を開ける技術を習得していると思い込んでいるけれど、実の所、水澤を通じて父から合鍵を手に入れているだけ。幼少時より陰で須佐家を支えてきた娘に、父が拒否権を発動することは先ず有り得ないもの。例え、後継者たる兄に関することでも。いえ、後継者のことだから余計に干渉は避けられないのかしらね。


 あの日、私は水澤に全てを打ち明けた。前世のことも乙女ゲームのことも。流石に3歳児が六法全書の内容をそらんじて見せれば信じざるを得ない。それは、直ぐに父の知る所となり、翌日から、水澤が私専用の世話係となった。


 乙女ゲームについては、水澤と話し合った結果、父には打ち明けず、私と水澤だけの秘密にした。大抵の人は乙女ゲームの世界だと言われても俄かに信じがたいだろうし、場合によっては変人扱いされかねないから。


 それを考えると、水澤は良く私のいう事を信じたものねと呆れてしまうけれど、彼曰く、「お嬢様は存じ上げないかもしれませんが、不思議なことなぞ幾らでも溢れているものです」だそう。水澤がどんな経験をしたのか分からないけれど、私を信じてくれるなら何でも構わない。


 ぼんやり過ぎ去った過去に思いを馳せ、学生鞄を手渡すと、丁重に鞄を受け取った水澤の口から辛辣な言葉が漏れたわ。


「誰でも仏の手の中で暴れている猿だと気付きたくはないですから」

「くくくっ。けど、猿は猿でも将来、須佐コーポレーションを背負って立つからには、そろそろ現実を知った方が良いんじゃない?」


 確かに、と、水澤は微かに唇を歪めたわ。これでも笑っているらしいのよね。伊達に3歳から付き合っている訳じゃないわ。最初は疑問形だった彼の無表情も今では完璧に理解できる自信があるわよ。ふふん。一か八かの賭けで全てを告白して以来、私と水澤は一蓮托生となったのだから。




「やっぱり加茂黒の守りは固いわね」

「あそこの息子が手強いですね」


 お風呂から上がった後、水澤に髪をタオルドライで乾かしてもらいながら報告書に目を通す。夕食代わりに水澤の用意したマンゴーを口に入れる。ん~冷えてて美味しいっ!!


 あれから順調に手を回し、早乙女貴教を始め、大半の攻略者たちと、その悪役令嬢たちと繋がりを持ったわ。私、頑張ったんだからっ!!


 唯一の心残りは、ゲームが始まる前にヒロインも攻略しちゃえと思ったけれど、加茂黒の守りが異常なほど強かったのよね。強すぎて迂闊に近寄ることも出来ない状態だったの。一介の菓子屋と代議士にどんな繋がり上がるのか調べると、養子にした息子の一人で八雲夏彦という名前が挙がったわ。


 更に追加でもう一人。神条真人という中途編入の小学生。こいつも大勢いる加茂黒の孫の一人だった。八雲夏彦と同様、目も覚めるほどの美少年なのにゲームの登場人物ではないのが腑に落ちないのよね。


 2人は、どの攻略者たちよりゴージャスな見た目と経歴だったけれど、そんな攻略対象者はいなかったハズ。ファンディスクも全て攻略したし、隠れキャラも全て見つけ出したもの。


 バグなのか、私の死後、新たに追加されたキャラなのか。いずれにしても、2人がヒロインを見張っているなら、他の攻略者たちに手を出す気配がないなら、それはそれで全然構わない。現状、取るべき手段もないので放置状態となっている。


 それより気になるのは、橘馨の存在だった。ゲームと違って死ぬはずだった義兄が元気になったうえ、どうやら片山の息子と繋がりがあるらしい。義兄が病床に伏せっている時は、やさぐれた父親が遊び呆けていて会社をつぶしかねない勢いだったので、折角なら須佐家で取り込んでしまおうと動き始めた矢先、片山に掻っ攫われたのよ。ムカつくわ。


 片山家は、我が家と同じく建築会社を営んでいるけれど、発注から建築まで全てを賄えるほどの大企業、所謂、ゼネコンってやつ。対する我が家は、反社会的勢力やくざ上がりで、ちまちま繋げたコネクションだけが頼りのシガナイ零細企業。


 勝負は目に見えているけれど、遊び人風体の片山の息子に出し抜かれたのが癪に障る。いつか目に物を見せてやろうと虎視眈々と爪を解いている最中なのよ。


「それよりお嬢様、守備は如何でしたか?」


 守備とはヒロインとの接触のこと。ゲームの中では、もう少し愚兄がヒロインにハマってから決闘を申し込むのだけれど、ぐずぐず待っていたら来年になってしまうし、何より先手必勝ってことで多少無茶な言い訳だなと思ったけれど使わせていただきましたよ、はい。


「決闘に関しては上手くいったけれど、でもねぇ……なぁんか、違うのよねぇ」

「特待生ではないことですか?」


 優秀な水澤は、既に天野愛里の身辺調査を済ませてるわ。ゲーム通り、北村祐輔の母と天野耕太の父が再婚したものの、学費捻出に苦しんで歌の特待生として入学するはずが、まさかの正規入学。しかも、トップってナニよ。おかげで31位となった私がラナンキュラスになったじゃないのよ。ああ、思い出すだけでもイライラする。


 いい?これは私の実力じゃあないのよ?試験当日、ちょっとばっかりお腹がゴロゴロしてたから実力が発揮できなかったんだからね?中等部では常に10位台をキープしていたんだからね?


 あ、今トップ10じゃないのかって笑ったわね?いい?私はね、学校の勉強さえしていればいい愚兄と違うの。勉強をする傍ら稼業も手伝わなくちゃならないから大忙しなのよ、分かってくれたかしら?


 ごほん。つい私情が。


「ここ数年の経歴だけ見ると、特待生で入学した御崎愛璃の方がヒロインなんだけど、天野愛里の生い立ちも気のせいで無視するレベルじゃないのよね」

「時間はまだございますから、焦らず見極めれば宜しいかと」

「そう呑気に構えていることも出来ないわ。ゲームオーバーは私たちが卒業する時だけれど、兄と緑川の双子のルートが潰れたと確定するのは、3人が卒業する2年後だもの」


 焦る気持ちばかりが先立ち、ぱらぱら書類を捲っていると、すっと手を握られ、気が付けば書類の束は水澤が放り投げていた。バサバサ広がった紙の白さが目に眩しいわ。


「まだ2年もあります。今夜一晩、ぐっすり休んでも差し支えありません」


 ぐいぐいと背中を押され、ベッドルームに押し込められてしまったわ。流石に3歳から私の世話をしてくれているだけあって、私の体調なんかお見通しよね。ベッドに入るなり、重い瞼がゆっくりと閉じていく。


 額に微かな熱を感じ、久しぶりに、ゆったりとした気分で眠りに就いた。


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