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私のライバル(3)

「それにしても、おなかがすいたぁ」


 そう、ここはまだじぃじの家だったりするのよね。お正月に前世の記憶が戻った後、バッタリ倒れて5日間ほど熱を出していたらしい。昨日から熱は下がっているけれど、念のため布団に押し込められているところ。


 寝込んでいる間、主治医の先生に往診してもらい、点滴を打ってもらったそうだけれど、病気ではないから栄養が足りない気がするわ。さっきからぐうぐうお腹の虫が鳴いているのは、空耳ではないはずよ。


「失礼いたします」


 私の独り言を聞いていたかのように襖の向こうから声がかかる。どうぞ、と返したつもりが、「どうじょ」と聞こえたわ。ほんと、3歳児って使えないわね。全然恰好がつかないじゃないと内心で冷や汗をかいていると、襖がスラリと開き、水澤さんが控えていた。うわ、びっくりしたっ!いつもじぃじの傍にいる人が何故ここに?!(;´Д`)


「お目覚めになられたら、お食事をお持ちするよう会長から言付かっております」


 驚いて目を真ん丸にしているだろう幼児に向かって、そんな丁寧に説明しなくても。いくら会長の孫娘だからって、たかだか3歳児。普通は、理解できなくてよ?私は分かるけれどもさ。


 水澤さんは、小ぶりの土鍋を乗せた脇取盆を手に、部屋へ入ってきた。布団の横に盆を置き、土鍋の蓋を取る。ふわ~っと良い香り。これって、これって、もしかして?!


「お嬢様の体にご負担がかからぬよう雑炊に致しました」


 言いながら小さめのお椀に雑炊をよそり、小さな半月盆に乗せる。既に起きていた私の膝の上にタオルを敷いて、その上にお盆を置いた。溢しても良いようにと配慮してくれたのよね。情けないけれど、溢さない自信はないからありがたいわ。


 そして、その間、私の目はお椀に釘づけだったわね。白い艶々したお米にぷりぷりした赤い身が。ああ、見ているだけでよだれがっ!!ちょっとお行儀が悪いけれど、我慢できないとばかり、お盆に載っていた陶器のスプーンでぱくり。


 やっぱり伊勢海老の雑炊だわぁ~!!ちゃんと殻でダシを取っているからスープも美味しいっ!!落としてある卵も臭みがなくて自然に育てられた卵だって分かるっ!!自然とスプーン運びが早くなり、お替わりをして雑炊、完食。あぁん、美味しかったわぁ。( *´艸`)


「もう少しお休みになられたら如何ですか」

「う~ん。やっぱり起きるっ!」


 本当は舌に残る美味しさを反復しながら微睡みたいけれど、我が家改造計画は早く着手するに越したことはないものね。特にじぃじを懐柔するには、今が一番良い機会だもの。


「では、お着替えをお持ち致します」


 てっきり誰か呼びに行くのかと思ったのに、水澤さんは部屋の隅に置かれた桐箪笥を開け、たとう紙に包まれた着物を持って来るじゃないの。中からクリーム色の生地に梅の花を刺繍した振袖が現れる。艶々した光沢はないけれど、手に取るとしっとりと柔らかい。紬、恐らくは、結城紬じゃないかしら、これ。勝手に持ち出して大丈夫なの?


 そもそもこの部屋って、桐箪笥に三面鏡、机、本棚に、大画面テレビまで置いてある。本やDVDのラインナップ、そこかしこにぬいぐるみが鎮座していることから察するに、私と同年代の女の子の部屋じゃないのかしら。


「如何なさいましたか」

「……これ、私の、じゃないよ?」


 パジャマのボタンにかけられた手を抑え、恐る恐る聞いてみたけれど、水澤さんは相も変わらずの無表情で頷き、想像の遥か斜め上をいく言葉を告げたのだけれど、それを聞いた私の口は文字通り開きっぱなしで塞ぐのにかなりの労力がかかったわ。だってねぇ……。


「ここは会長のお屋敷内に作られた、お嬢様の家でございます。ですから、ここにある持ち物は全てお嬢様のものです」

「……家?」


 部屋の間違いじゃなかろうかと首を傾げる。


「はい、ここは、会長のいらっしゃる母屋ではなく、お嬢様がお生まれになった際に建てられた離れでございます」

「……私、ここに住むの?」


 じぃじの養子にでもなかったのかと聞き返せば、水澤さんの唇の端が僅かに持ちあがった。笑ってるように見えるけれど、もしかすると怒ってるのか、引き攣ってるのかも知れない。相変わらず判断が難しい能面ねぇ。


「いいえ。今まで通り、兼重かねしげ様のお宅でございます。こちらにお越しいただいた際、お寛ぎ頂くなり、お泊まり頂くなり、お好きになさって下さい。玩具や遊具なども別の部屋に取り揃えております」


 兼重とは、父の名前だ。つまり、ええっと、じじぃは孫娘を遊ばせるために家を一軒建てたの!なぁんて無駄遣いなんでしょっ!(;゜Д゜)


 信じられない出来事に頭からぷすぷすと煙が立ち上ったわ。そんな私に遠慮なく水澤さんがお着替えをさせてくれたらしい。気が付くと、着物の着付けが終わっていたわ。ちらっと見たけど、帯も結び方が分からないくらい幾重にも襞が取られ、紐が結ばれ、華やかになっているのに、苦しくないわ。


 水澤さんってナニモノ?!


「さあ、参りましょうか」


 私の返事を待つこともなく、水澤さんは私を腕に抱き上げ、歩き始めたのよね。部屋を出て廊下を進むと所々に強面のオジさんたちが立っていて、水澤さんが通ると、きっちり45度の角度でお辞儀をするの。ドミノ倒しのようで面白いわ。


「彼らのことは、お気になさらぬよう。警備の者ですから」


 警備って何の?!というか、誰の?!まさか、私の警護ってことはないわよね。多分、水澤さんの警護ね、きっと。パッと見、水澤さんの方が彼らより強そうだけれど、死角を襲われることだってあるものね。うん。そうに違いないわ。


 水澤さんはケンカも強そうだけれど背も高い。180cmはあるんじゃないかしら。左腕で軽々私を抱き上げているので、私の上背も加わって視界が広く見える。


 160cmの母親に抱っこされてもこれほど高くないし、父親は水澤さんと変わらない長身だけど、抱っこされる場合は何故かお姫さま抱っこなので、やっぱりこれほど高くない。


 むふ。気持ちいい~っ!( *´艸`)


 初めて目にする世界に忙しなく辺りを見回していると、くっと喉の鳴る音が聞こえた、気がした。見下ろすと、水澤さんが笑っているようだった。口の端が微かに震えるだけで、もしかしたら笑ってないのかもしれないけれど。


「私の一生一度のお願い聞いて」

「え?!」


 い、今のは私の台詞じゃあ、ありませんよ?!なんと水澤さんの口から飛び出ました。びっくりです。余りの衝撃に目を見開いていると、顔を上げた水澤さんと目が合いましたわ。


「とあるまじないです」

「呪って……」


 詳しく聞こうと尋ねたが、水澤さんは何事もなかったかのように、視線を正面に戻し、からりと襖を開けた。着いた先は、お正月に大量の反社会的勢力やくざを見て前世を思い出すと同時に気を失った大広間。あの時の母の代わりに、水澤さんが入室の挨拶をしたの。私を腕に抱えたままね。



「失礼致します」

「おおっ、……まあちゃんっ!!」


 あれ?!てっきり満面の笑みで迎えられると思ったのに、何故だか咽び泣き始めたよ。大丈夫か、じぃじ?!まあ、隣でばぁばは苦笑を浮かべているから問題ないんだろうけれど。水澤さんは、いつもの無表情でじぃじに近づいていく。


「まぁちゃんは、ばぁさんにそっくりだのぉ」


 感慨深げに呟いた途端、ばぁばがスパァンッ!とじぃじをハリセンで叩いた。そのハリセン、どこから取り出したのよ?!懐から出したように見えたけど、明らかに入り切らないデカさよね?!(;´∀`)


 うん、見なかったことにしよう。うん、そうしましょう。


わたくしは、『ばぁさん』などという名ではありませぬ」

「すまん、すまんっ!ふくれる顔も可愛いのぉ。まっちゃんは!……それにしても、まっちゃんとまぁちゃんはよお似ておる。まっちゃんの着物を纏えばそれこそ瓜二つじゃ」


 まっちゃんって、ばぁばの名前は眞知子まちこだったっけ。じゃあこれって、ばぁばの着物?!


「私の娘時代の着物を香織かおりさんが手直ししてくれたのね。子どもには地味な色だと思ったけれど、政子には合っているわねぇ」


 ええっと香織さんっていうのは、母の名前でしょ。良い着物は、生地さえ丈夫なら縫い縮めて大人用でも子供用に対応できる。そして結城紬は、長く着るほどに柔らかさが増していく良い着物に間違いないわね。


 それにしても、ばぁばと私って似ているかも。両親が若くして結婚したから祖母と言ってもまだ50代。黒々とした髪は綺麗に波打ち、耳を隠して結われている。あれよ、昔のモガ(モダンガール)とかがしていた髪型。


 そして、瞳はきりりと吊上がり……確かによく似ているかも。てっきり私の顔って須佐家の血統だと思ったけれど、ああ、そうか。じぃじ、婿養子だったかも。ばぁばに頭が上がらないのは惚れてるからだと思ったけれど、そればかりが原因ではないらしい。


 ちらりと壇の下に集まった強面の輩たちを見れば、ばぁばに見惚れている野郎の方が多い、気がする。これは、ちょこっと調べる価値ありかも。身内と言えど、握れる弱みは握っておく方が良いものね。


「それにしても、思い出すのぉ。この着物を着たまっちゃんに何度、熱い願い事をされたことかっ!」


 願い事?!ふと、先ほどのお呪いが脳裏を過り、視線を下に向けると水澤さんと目が合った。微かに目が細められた気がする。お呪いってこれのことなのかな?


 ダメモトでレッツチャレンジ!


「じぃじ!」

「ん?何かな?!」


 私は相変わらず水澤さんの腕の中だったので、ちょっと体を捻ったらじぃじと同じ目線になった。


「あのね!ましゃこ、一生一度のお願いがあるのっ!」


 そっくりそのまま繰り返すより、ちょっと語尾をアレンジしてみましたが、あれ?!じぃじ、またまた目がウルウルしてきたよ?!


「おお~っ!まるでまっちゃんの娘時代を見ているようじゃっ!よっしゃ、よっしゃ!このじぃじ、まぁちゃんの願いを如何なることでも叶えてしんぜようぞ!」


『燕の子安貝』だの『火鼠の皮』だの言っているが、そんなお伽噺の宝物が現実世界で何の役に立つっ?!ってか、じぃじが『かぐや姫』を知ってることにもびっくりね。あの芸術的作品ともいえるアニメを見たのかしら?!私も前世で見たかったのに、公開直前で転生しちゃったのよねぇ。残念。


 もしかして、今世で見られるなんてことはないかしら?!もしかして、じぃじは、アニメオタク?!オタクでも嫌わないから私も貸して欲しいかもっ!Σ(゜Д゜)


 はっ!つい私情に走ってしまったわ。早くお願い事をしなくっちゃ!


「ましゃこ、ぱしょこん欲しいの。ととしゃまとおんなしのっ!」


 相変わらずの舌足らずには目を瞑るとして、当座のお願いごとは、PCよね。それも性能抜群なやつ。いつの世でも、情報を制する者が世界を制するものよ。


 以前、父の書斎を除いた時、立派なデスクトップが鎮座しているのが見えたわ。『お揃いが良い』と強請れば、同じとまではいかなくても、そこそこの機能が付いたPCが手に入るはず……と目論んだのだけれど、やはり甘かったわね。


 須佐政子、三歳にして人生を左右するほどの大きな代償を支払うことになるとは、この時、まだ知る由もなかったわ。


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