俺の母親(5)
「人類滅亡って、世界の人口を知ってるのか?」
思わずバカじゃねえの?!と呆気にとられてしまった。
「勿論、全人類を端から殺害するなんて、そんな面倒なことはしないよ」
「いいか、馨。この世界のどこかに神様の卵がいる。それが無事に孵化すれば神様の勝ち。孵化を阻止できれば俺たちの勝ちだ」
なんだ、それ。ゲームかよと嘲笑いつつ、勝つとどうなるか聞いた。
「俺たちが勝つと、仲間の神様が怒って人間を滅ぼしてしまうんだよ」
「……じゃあ神様に手を出さねえ方が良いんじゃねえの?」
「バッカだな、馨!良いか、俺らの夢は人類滅亡だ。神様の孵化を阻止するだけで神様が人類を滅ぼしてくれるんだぞ!夢を叶えてくれるんだぞ!」
片山武史は、うっとりとした表情で力説した。手段としては合っているけれど、どこかおかしい。
「神様が人間を滅ぼすなら俺たちも死ぬんじゃあ?」
「まあ、そうだな。けど、問題ない。俺たちは直ぐに生まれ変わるからな」
「死ぬ時は、あっという間だから怖くないよ」
片山武史も兄も、前世でどんな死に方をしたのか楽しそうに話をしている。前世?生まれ変わる?本気で言ってるのか、こいつら。
「馨、疑ってる?まあ、突然言われてもピンと来ないよね。でも、本当のことだよ」
「ついでに俺ら、前世と前々世でも神様の孵化を阻止してるし。現世でも阻止できれば、三連覇だ!」
新しいゲームの攻略法を自慢し合う子供みたいに、2人は前世と前々世で如何にして神様の孵化を阻止したか話している。阻止した後、如何にして人類が滅亡の道を辿ったかも。
火山の大爆発。大地震。津波。家屋倒壊。大火災。ありとあらゆる災厄が大地を襲い、小さな人間などひとたまりもなく消えていく。その地獄絵図は、どんな映画やゲームより圧倒的な迫力を持ち、一度でも体験すれば病みつきになるという。
狂ってる。
「狂ってる?……そうかもしれねえな、きひっ」
片山武史が、奇妙な笑い声を立てる。自分が狂っていると見せたいのだろうか。兄も同意するように頷き、言葉を続けた。
「でも、僕たちだけじゃないよ。この世界にいる全ての人間が狂ってる。だろ?誰も彼もが自分のことしか考えてない。寧ろ、そんな愚かな人間たちを救うために何度も生まれて来ては、愚かな人間たちに潰される神様の方が哀れだろう?」
「だから俺たちの夢は、神様の救済行為でもあるのさ、きひっ」
確かに乾家にかかわる奴らは、みんな狂ってるし、自分のことしか考えない奴らだ。でも、中には違う人間もいる。他人の子供の嘆きにも真剣に向き合ってくれるような。
「狂っていない人間だって、いる、と思う」
「……誰のこと?」
何だかんだ言っても乾家周辺の人間関係しか知らない兄は、不思議そうに首を傾げる。だが、片山武史は交流も広く、無駄に頭の回転が速い。じっと俺を見つめていたかと思うと、ずばり正解を切り出した。
「以前、実南の誕生日会でお持たせにした菓子屋だろ?」
片山武史は、ニヤリと方頬を歪めて店の名前も当ててみせた。渋々、頷くと、けらけら笑い始めた。
「お前、どうやって菓子屋と繋がりが出来た?確か、お前が引き籠ったのは、誕生日会のすぐ後……電話かメールだな?」
図星を指されて、反射的に顔が赤らむ。
「だったら、菓子屋の顔は見てないだろ?」
「……ホームページで見た」
「そいつは、嘘だ。お前、騙されてるぞ」
我が意を得たりとばかり、片山武史はほくそ笑んだ。そして、真実を教えてくれた。俺とメールしていたのは、店主ではなく、俺と同じ年の女の子だという事を。
それ以来、俺は菓子屋へメールするのを止めた。