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俺の母親(4)

性教育的な会話があります。一応、15禁にしてありますので大丈夫かと……ダメデスカ?!(;´Д`)

「……潰すって、何だよ?」


 ブラックジョークに迎合するかのように笑ったが、引き攣った喉から出たのはかすれた吐息だけだった。


「潰すっていうのは、乾の家がなくなるって意味だね」

「……俺に、出て行けって?」


 心の内で芽生えた恐怖を押し隠して尋ねると、兄は、驚きに目を見張った後、ゆるりと首を振った。


「まさか。大事な弟を追い出すような真似はしないよ」

「じゃあ殺すのか?!」

「今どきの小学生というのは、物騒だねぇ。何をされると思っているの?」


 小学生の俺だって『潰す』とか『家がなくなる』という意味は理解できる。文字通り家屋敷を破壊する。金銭的な収入を絶ち、路頭に迷わせる。子孫を持てないようにする。そして、血族を根絶やしにする。


 促されるまま口にすると、兄も、そして片山武史も面白そうに笑った。


「お前の弟、面白れぇ!」

「僕も。自分の弟が、こんなに想像力が豊かだとは思わなかったよ」


 まるで他人事のような台詞に、思わずかっとなった。


「俺は、あんたの弟じゃないっ!!」


 いつもいつも存在を否定されて来た。父に、養母に、姉に、親戚に、使用人たちに。乾家の跡取りは兄だけで、俺はただのスペアだと。いざ面と向かって兄と対峙すると、血の繋がりは否定できなかった。けれど、だからと言って、常に比較され続けて来た存在を、直ぐ様、兄と受け入れることは難しかった。


「僕たちの容姿を見れば兄弟というのは一目瞭然だけど、馨が兄と認めたくないのであれば、それでも構わないよ。ああ、そうだ。さっきの話はとても面白かったけれど、最後の、血族を根絶やしっていうのは有り得ないな」


 考え過ぎの自分を指摘され、恥ずかしかったけれど、それでも、そこまで非道ではないと知ってホッとしていると、兄の口から爆弾が投下された。


「だって、とっくに絶えた血を絶やすことなど出来ないからね」

「……とっくに絶えた?父上も姉上も、あ、兄上だっている、のに?!」


 てっきり兄が間違えたのだろうと指摘したのに、自信ありげな、いや、むしろ何もわからない子供を憐れむような視線を感じて、徐々に声が尻つぼみになっていく。


「馨は、どうやって赤ちゃんが出来るか知ってる?」


 唐突な話題の転換について行けず、一瞬、我を忘れてしまったが、兄の言葉が浸透するにつれ、出来心で検索したネットのエロ画像が脳裏を過り、顔が赤らむ。


「何を想像したのかな~?!馨クンのえっちぃ!」

「武史、からかうなよ」


 や~い、えっちぃ!と揶揄する片山武史に、兄は片手を振って黙らせ、話を続けた。小学生か、まったく……と、ぶつぶつ言う兄の呟きが耳に入った。激しく同感だった。


「保健体育の授業で習ったと思うけど、男性の精子が女性の卵子と結合して受精するんだ。つまり行為をしても男性側に精子がない場合、赤ちゃんは生まれない」

「……だんせいがわにせーし……」

「小学生には難しいかもな。つまり、ナニの時に先っちょからドピュッと……ィテッ!」


 股間に手を当てて説明を始めた級友を兄が叩いた。すぱーんっと小気味よい音が部屋に響く。


「つまり、父上は子供が出来ない?!」

「正解」


 俺の回答に、兄はにっこり微笑んだ。だとしたら、俺と兄は赤の他人じゃないか。母親が違うんだから。……いや、さっき兄は何と言った?


『僕たちの容姿を見れば兄弟というのは一目瞭然』


 父の血を引いていないと知っている兄が言うセリフじゃない。じゃあ、母が同じ?!いや、それは今まで何度も考えたけれど、絶対にありえないと結論を出したはず。


 最後に残った結論は、父親が同じだけれど、乾総一郎いぬい そういちろうではないということだった。ああ、そうか。実母、妹と共に消えた運転手だ。すとんと腑に落ちた顔の俺を見て、理解したことが分かったのだろう。兄は、先を続けた。


「乾総一郎は、自らに跡取りを作る能力がないと知って、家庭も乾の経営する会社も蔑ろにした。そのため、家長の座を下ろされたんだよ」


 バカだよね。きちんと仕事さえしていれば不問にされたのに。そもそも乾総一郎自身、先々代と血縁関係がないんだから。たかが血の繋がりくらいで全てを失うなんてね。


 兄と片山武史が父を嘲笑う声が聞こえたが、予想外の真実を聞かされ、耳に膜が張っているかのようにボヤけて頭に入って来なかった。


 ふと、養母はどこへ行ったのか疑問が過った。滅多なことで家を離れず、兄の部屋のドアに近づくだけでも飛んできて叱りつける人だったのに。それに、使用人の人影も見当たらない。屋敷全体が、廃墟のようにシンと静まり返っている。


「母上は、どこ、にいる?!使用人たちは?!」


 背中を、嫌な汗が伝わり落ちる。姉が不在なのは学校に行っているからだろう。いや、そうであって欲しいと無理やり頭から姉の存在を引き剥がした。それなのに、返ってきた答えは予想以上に怜悧な響きを伴っていた。


「母上?ああ、あの雌豚?豚は豚らしく、ちゃんと養豚場へ連れて行ったよ。子豚と一緒にね」

「ついでにブタの家来たちも、全員追い払ってやったぜ。スッキリしただろ?!」


 ゲームの話をしているみたいな気軽さだった。もしかしたら、実家へ帰したとかそんな意味なのかもしれない。けれど、確認するのが恐くて問い質せなかった。


 養母と姉の話をする2人の瞳は、明らかに笑っていなかった。兄にとっては実の母親だったはずだ。散々いじめられた俺が言うなら分かるけれど、何故、実の息子が母親を家畜呼ばわりするのか。不思議に思ったけれど口にすることは出来なかった。


 そんな思いが顔に出ていたのか、兄に替わって片山武史が説明してくれた。


「お前たちの母親はな……いや、馨も事情は知ってんだろ?」

「俺だけ母親が違うことですか?」

「そうそう、分かってんじゃん。じゃあ、最初からな。聡志さとしの母親は、息子を部屋に軟禁していたんだ。病気と偽ってな」


 思いがけない話に、言葉が出なかった。


「聡志が子供の頃、総一郎氏が種無しだとは誰も気付いていなかった。いつまでも子供が出来ないことに焦った奥方の比佐子氏は、年恰好の似ていた運転手と関係を持った」


 生まれのは、父にも運転手にも似ていない子供。咄嗟に、母方の祖父の血を引いていると言い訳したが、不安に駆られた養母は病弱と偽って兄を父から遠ざけた。


 次に生まれた姉も同じく運転手との間に出来た子供だったが、今度は養母にそっくりだった。二子を授かり、肩の荷が下りたと安堵したが、皮肉なことに自身の吐いた嘘に苦しめられる。


 父が病弱な長男だけでは心もとないと、遠縁の娘に子供を産ませると宣言したのだった。乾家において当主の決定は絶対のものとなる。そして、恐れていたことが起きる。


 母親が違うはずなのに瓜二つの長男と次男。流石に怪しんだ父は、密かに自分の体を検査してもらうと同時に、遠縁の娘に第二子を身ごもらせ、誰と関係を持ったか調べさせた。


 結果、自分が無精子症で、遠縁の娘が運転手と関係したことが判明した。生まれた第二子も長男、次男と同様、運転手の祖父と同じ色を持つ女児だった。妻たちの裏切りを知った父は、狂ったように暴れ、遠縁の娘とその赤子、運転手を放逐した。その後の3人はようとして行方が知れない。


「以後、総一郎氏は聡志を病弱という理由で外へ出してはならないと厳命した。妻であり、最初の裏切り者であった比佐子氏への復讐だろう」


 使用人たちは、俺を監視するだけでなく、養母や兄も監視していた。養母が内緒で兄を表へ連れ出そうとするたび、兄は部屋へ戻され、無用の薬を飲まされたらしい。


「知ってる?健康な人が必要もないのに薬を飲み続けると、免疫力が下がって本当の病人になってしまうんだよ」

「俺が初めて、この屋敷へ来てお前に会った時、ガリガリで片足どころか体ごと棺桶に突っ込んでる感じだったもんなぁ!」


 まるでお笑いのテレビ番組を見ているかのように楽しそうに話をしているが、内容はお昼のワイドショーで流せないほど残酷なものだった。


 自分で撒いた種とはいえ、自分の息子が軟禁され、日に日に弱っていく様を見せつけられる。一方、同じ罪の子なのに他人の息子は健康で名門の学校へ通っている。養母としては、他人の息子が憎くて仕方なかっただろう。


 そして、姉。養母は自分の息子を溺愛し、他人の息子を憎んだため、可も不可もない姉は忘れられた存在だった。兄にちょっかい出すことは許されず、弟にちょっかい出しても咎められなかったため、全ての矛先は弟へ向かう。


 そんな母子の異常な関係に気付いていながら、事態を静観する父。いや、己を欺いた女と、その罪の子たちが互いを苦しめ合う様を見るのは楽しかったのかもしれない。使用人が母子の噂話を聞こえるよう口にすれば、確執はさらに深まっていったのだから。


 どっちにしろマトモな家族じゃないのは明らかで、兄が潰すと宣言したのも頷ける気がした。


「お前の弟、中々に利発だな」

「それは、僕の弟だからね」


 ぼそぼそと2人が話すのを眺め、冷めた紅茶を口にした。部屋へ入って暫くして、初めて見る顔の使用人が運んできたものだった。片山武史が指示を出していたから恐らく片山家の使用人なのだろう。


 冷めた分、少し苦味が出ていたが、それでも紅茶は美味しかった。こんな良い茶葉で淹れた紅茶なんて、終ぞこの家では飲んだことがなかった。僕にだけ出されなかったのか、乾家の使用人が紅茶を上手く淹れられなかったのか、もしくは茶葉も片山家から持って来たものなのか。


 何でも構わなかったが、無性に、あの菓子屋のクッキーが食べたいと思った。甘いのに、ほんのり塩味が利いているバタークッキー。生姜の砂糖漬けを刻んで、生地に練り込んで焼いたジンジャークッキー。ああ、粉チーズを乗せて焼いたチーズクッキーも合うかもしれない。


 ついでに、メールで今起きている状況を書いたら、彼女は何て言うだろう。人生を悟っているかのように冷静だけれど、小説やドラマに出てくる母親みたいにお節介な一面もある菓子屋。大丈夫かと励ますメールをくれるだろうか。それとも、良くある話だから問題ないと笑うだろうか。


 サイトに載っていた人の良さそうな中年女性の顔を思い浮かべつつ空想していると、唐突に、片山武史が偉そうな口調で俺に話しかけてきた。


「よし!乾馨、お前を俺たちの仲間にしてやる!光栄に思え!」

「……仲間?」


 片山武史の隣で、仲間になっても光栄じゃないけどね、と揶揄する兄を小突きながら、彼は話を続けた。


「そうだ。俺と聡志には将来の夢がある」

「……夢?」


 なんだ、そんなことか。だったら俺を巻き込まないで2人で勝手にやれば良い、と口を開こうとした瞬間、爆弾が投下された。


「俺たちの夢は、人類滅亡だ」

「……じんるいめつぼー?」


まだサブタイトルの内容が続くので、最後の章をカットしました。話の大筋に変更はありません。

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