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俺の母親(3)

 初めて耳にする兄の声。細いけれど、意外にしっかりしていた。家から出られないほど重病人が発するとは思えないくらいに。


 緊張で喉が渇くのに、額に汗が滲む。


(あれだけ兄の顔を見てやりたいと望んだんだろ、動け!俺の足ッ!)


 心の内で叱咤し、そろり、そろりと歩を進める。ドアを抜けると、そこは、燦々と陽の差し込む部屋だった。大きさは自分の部屋より大きい。てっきり部屋の中央へベッドが置かれているのだと思ったが、ベッドはどこにもなかった。左手の奥にドアがあることから、そちらがベッドルームに通じているらしい。


 俺の部屋は一部屋の中にベッドも勉強机も押し込まれた、ごく普通の子供部屋だった。次期当主と、そのスペアの違いをまざまざと見せつけられたようで、あっという間に心の中はどす黒い靄が覆った。


「君が、馨だね。初めまして……というのも変な感じだね」


 声のした方へ目を向けると、重厚な黒皮張りのソファセットがあった。奥の長ソファに、黒いシャツに黒いズボンを身に着けた男が座っていた。その横で片山武史がだらしなく寝そべっている所を見ると、黒ずくめの男が兄の聡志と思われた。


 空色の髪にオレンジの瞳。オレンジの瞳は共に父親譲りだったが、空色の髪は、乾家の誰も持ち合わせていない色だった。幾つもの疑問が脳裏を過る。


 俺だけ実母が異なると噂されていたのは、間違いだったのか?!いや、それにしては、長男長女に接する態度と俺への態度が違い過ぎるだろう。


 それとも、実母は養母と同じ色を持っていたのか?!俺は写真ですら見たことがないから、実母がどんな色をしていたのか分からない。けれど、養母は薄紫の髪に緑の瞳で、長女が同じ色を受け継いでいる。


 俺の知る限り、父方、母方、どちらの親戚にも、空色の髪を持つ人はいない。とすると、実母が兄も生んでいたのか?!だとしても、俺と兄への態度が異なる説明にはならない。


 いくつもの疑問が、答えを求めて頭の中をぐるぐる駆けめぐる。


「ぼさっと突っ立ってないで座れば?」


 口火を切ったのは、片山武史だった。そして、兄が何かに気付いたかのように言葉を続けた。


「あ、病気が移るのが心配なら、このソファ、毎日消毒してるから大丈夫だよ」

「……違げーだろ。お前が移るんだろうがっ!」


 消毒―――そうか。病弱な兄は、外部から持ち込まれる雑菌で病気になる可能性もある。ベッドルームが別にあるのも、不用意に感染しないためなのだろう。自分の存在が兄の生命を脅かすかもしれない。そう考えると、背筋がぞくりとした。


 俺は、初めてではない、その甘美な想像を、2人に気取られないよう顔を引き締めながら大きなソファへ浅く腰を掛けた。


「……話って何?」


 部屋へ入る前、確かに言われた。話がしたい、と。ただの言い訳なのかもしれないけど、他に話の切っ掛けが掴めなかった。どうせ大した話でもないだろうと思っていたのに、予想外の爆弾宣言が投下された。


「ん、この家は潰すから、馨は好きにしていいよって話」


 隣で片山武史がゲラゲラ笑った。


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