俺の母親(2)
(片山?片山実南と関わりがあるのか?)
穏やかな声に興味を惹かれたが、それでもドアを開ける気にはならなかった。男は、気分を害する風でもなく、ドアの向こうから淡々と話し続けた。
兄の聡志と同じ豊葦原学院のクラスメイトだと言う。兄は、一度も登校していないのに、未だクラスに在籍しているらしい。私立の学校だし、金を払えば何でもありか。
そして、男は、やっぱり片山実南の兄だった。
「君が妹の誕生日会に来てくれたのも知っているよ。ありがとう。妹の我儘につきあってくれて」
その場にいたかのような発言だったが、生憎、俺には片山の兄らしき人物に心当たりがなかった。まあ、あの日は色々ショックだったから覚えてないのも当然かもしれない。
「所でさ、君って、同じ屋根の下に住んでいるのに、聡志と会ったことがないんだって?」
面白がるような響きが、癇に障った。
「だから何だ?何が目的だ?」
「目的?目的ねぇ。聡志と仲良くなりたいから?」
「嘘だっ!に、兄さんをたぶらかす気だなっ!」
相手の嘘を暴いた気になっていたのに、ドアの向こうで爆笑が巻き起こった。ひーひー笑う声の合間に、(さすが小学生っ!語彙が少ねえっ!)とか(ドラマかよっ!)とか聞こえる。
真剣に向き合っている相手を笑うなんて失礼な奴だっ!と頭に血が昇った瞬間、ドアを開けていた。
当時は何を笑われているのか理解できなかったが、今考えると小学生相手に大人げないのは片山武史も同じだろう。もっとも相手を挑発してドアを開けさせるつもりだったのなら大した作戦だ。当時、小学生だった俺は易々と術中にハマったのだから。
しかも、ドアを開けて片山武史を見た瞬間、怒りは綺麗さっぱり消し飛んでいた。何故なら、目の前の男が、目も眩むばかりの原色ばりばりアロハシャツと迷彩柄の短パンを履いていたのだ。
片山家は、乾家より財力がある。加えて、豊葦原学院の学生ともなれば、私服も高級ブランド(しかもスーツ!)で固めているのだろうと想像していた。予想外の出で立ちに開いた口が塞がらなかった。
「あ?このシャツ、キてるでしょ!欲しい?馨君と仲良くなった記念に、今度、3人のお揃いでキめようか!」
3人って、俺と兄さんと、コイツ?!お揃い?!このド派手なアロハを?!
「くくくっ、真っ平御免って顔してるねぇ。分かり易すぎだけど、まあ、子供らしくていいかな。普段は、きちんとポーカーフェイス出来るみたいだし?」
「なんだ、それ!偉そうに言うな!」
俺がどれだけ必死になのか知りもしないくせにっ!!咄嗟に殴りつけたが、片山武史は「おお、恐っ!」と笑いながら走り出した。夢中で後を追えば、いつの間にか兄の部屋の前まで来ていた。
片山武史は、ノックもせずにドアを押し開け、ニヤリと笑みを浮かべて入って行った。俺は、開かれたドアの前で思わず、足を止めた。
幼少時、養母から「兄の部屋へは近付くな!」と折檻を受けた恐怖が蘇る。ここから今すぐ離れろ、と焦る声が脳裏に響くけれど、足は凍り付いたように動かなかった。
その時、部屋の中から静かな声がかけられた。
「そこにいるのは、馨?話がしたいから入って来てくれないか?……お前を叱る者は誰もいないから」




