前世の家族と再会しました。(*´▽`*)
はっと息を呑んで目が覚めた。まだ恐怖で心臓がばくばくしているが、辛うじて体に伝わる温もりで悲鳴を上げずに済んだ。隣に、真人君が丸まって眠っている。
信じられないけれど、真人君は、私の昔の名前を呼んだ。『あの人』の呼び方で。あの人というのは、『貴方へ捧げる愛のメヌエット』の中でナレーションとシークレットキャラの声をアテた声優のトールさんだった。
トールさんと、彼の奥さんであり、『荒野の歌姫』の原作者でもあったサミさんは、施設育ちの私を養女にしてくれた人たちだった。そればかりか、学校も碌に出ていない私に、全てを与えてくれた人たちだった。
御崎さんからトールさんが亡くなったと聞いたけれど、まさか生まれ変わっていたなんて。しかも、私と同じ世界に、前世の記憶が残ったまま。
「すごい偶然」
そっと呟いて、寝ている真人君の頭へ手を伸ばし、柔らかな金髪を撫でた。前世のトールさんは、出会った時、既に70歳近かった。それでも、大人で紳士的で、若い頃はさぞやモテたんだろうなぁと思っていた。
本当に、声だけ聴いてると70歳なんて、とても信じられなくて、しかも、実物を見ると若々しいから更に信じられないという不思議な人だった。
目の前の真人君は、まだあどけなさが残る顔立ちで、渋さ全開のトールさんからするとメチャクチャ可愛かった。でも、顔の造作は全然似ていないのに、偉そうな態度は変わらないかも。
夏彦が、『中身はオッサン』だと言った意味が良く分かる。あ、別にトールさんはオッサンじゃないけど。
「あ、起きた?」
真人君の髪を弄びながら、回想にふけっていると、ガラッと戸が開いて夏彦が入って来た。
「ごめん。私、倒れてそのまま寝ちゃったみたい」
「……前世の記憶が一気に戻ったんだから仕方ないさ。知恵熱みたいなもんだ」
そう言えば、夏彦も前世の記憶があるような感じだった。夏彦も記憶を取り戻した時、倒れたりしたんだろうか。私が知る限り、倒れたことなどないけれど、何となく聞きにくかった。
夏彦のこと、何も知らなかったんだと思い知らされた後だったから、考え過ぎだと自分へ言い聞かせても、埋められない溝を感じる。
夏彦は、そんな私の想いを知ってか知らずか、スタスタと部屋の奥へ向かった。奥には時代劇に出てくるような長火鉢があって、土鍋がかけられていた。蓋を取ると、ふわっと美味しそうな香りが漂って来た。
「雑炊作ったけど、食べるか?」
「え、夏彦が作ったの?」
やっぱり私は夏彦のこと何も知らなかったんだ。料理が出来るなんて聞いたこともないし、勿論、手料理を味わったこともなかった。
「まあ、一度覚えたことは忘れないからな」
「ふうん」
夏彦なら有り得るなぁなんて思いながら、雑炊の入ったお椀を受け取った。冷ましながら口に運ぶと、懐かしい味がした。
「夏彦の料理って初めて食べるけど、すっごく美味しい。それに、とっても懐かしい味がする」
「……お前」
夏彦が、がっくりと肩を落とした。え、なに?変なこと言っちゃった?!
焦る私の横で、くつくつと忍び笑いが聞こえた。見ると、真人君が耐え切れないといった表情で、お腹を抱えている姿が飛び込んで来た。ただ一人事情が飲み込めていない私は、夏彦と真人君を交互に見やることしか出来なかった。
「はあ~、お前って昔からそうな」
「な、なによっ!はっきり言えば?!」
オブラートに包んだ言い方は好きじゃない。開き直って居直ると、夏彦が直球を投げてきた。
「まあったく!私のこと忘れるなんて薄情だね、カコは!」
「でも、味だけは忘れない所がカコらしいじゃないか」
え?!夏彦も前世の私を知ってる?!しかも、トールさんと親しい間柄って……まさかっ!!
「サミさん?!」
驚きに目を見開く私に、サミさんは、にんまりとチェシャ猫のように笑った。ああ、ほんとにサミさんだ。顔の造作も性別も違うけれど、懐かしいサミさんの笑顔だ。信じられない。どれほど会いたいと願っても決して叶うことがないと絶望した、トールさんとサミさんが目の前にいる。
「カコ?!」
気が付くと、目から涙が溢れていた。水道の蛇口が壊れたみたいに、後から後から流れ落ちる。
「ふっ、ううっ、ご、ごめんな、いっ、ひっぃ…サミさ、トールさん、ほんとに、ごめ、なさいぃ」
泣きながら頭を下げる私に、2人が驚いて駆け寄って来た。
「な、ナニ謝ってるんだ?!」
「そうだよ、カコは何もしてないだろ?!」
2人にちゃんと謝らなきゃと、呼吸を整えるため、ふうっと息を吐いた。
「私、ずっと2人の老後の面倒を見ようって、もし重い病気になったら必ず治してくれる先生を探して、長生きして貰おうって決めてた。それでもダメなら、せめて独りにならないよう傍にいようって誓った、のに、果たせなくてごめんなさいっ!!」
それでも、トールさんは、サミさんが傍にいてあげられたかもしれない。けれど、サミさんは独りで逝ったのだ。あんな寂しくて辛い思いを、サミさんにさせてしまったかと思うと、どんなに謝っても謝り切れない気がした。
また、涙が止まらなくなった私に、サミさんが近寄り、ぎゅうっと抱きしめた。
「カコは、いつも余計なことに気を回し過ぎ!それに、私の方こそカコには謝っても謝っても償い切れない。あんな男を紹介したんだから」
「それこそサミさんのせいじゃないよっ!!」
幾つもの『たられば』が脳裏を過るけれど、それは全て己に対する後悔だった。もうちょっと上手く立ち回れていればとか、残業して遅くなったのだからケチらずタクシーを使っていればとか。
それに、サミさんは紹介したわけではなかった。サミさんの担当編集者だったのだから家に来るのは当然だったし、私に出版社の仕事を勧めてくれたことには感謝している。
「それでも、カコに痛い思いをさせた上、独りぼっちにしてしまった。ごめんな」
「……ううっ、ん」
乾きかけた涙が、また溢れてきた。死んだ時のことを思い出すと、体の震えが止まらなくなる。痛くて、寒くて、とても悲しかった。あれ以来、ずっと独りで彷徨っていた。
お父さんや鹿子さん、祐兄はとても優しくて、親切で、良い人たちで、楽しい時間をいっぱい過ごしたけれど、それでも心の奥底では『家族』と思えなかった。だって、カコの家族はトールさんとサミさんだけだったから。
私は、サミさんに縋り付いて思いっきり泣いた。やっと還ってきたんだと、もう離れないと。サミさんの腕も、私を離さないとばかり強く抱きしめてくる。トールさんも近寄って来て、静かに私の背中を撫でた。
ああ、ずっとずっと昔から、私たちは家族だった。こうやって3人で長い長い時を過ごして来たんだって想いが、泉のようにあとからあとから湧き出していた。




