攻略者たちとの攻防戦。(。-`ω-)
「サロンⅠでミーティングなんて珍しいね~!……あれ?!」
てっきり祐兄が入って来たと思って警戒していると、ふわふわしたクリーム色の巻き毛に鮮やかな青い瞳の生徒が入って来た。
生徒会会計、攻略対象者の緑川棗だった。私たちのサボタージュは、緑川君にも迷惑をかけたのだろうか?
こっそり実南へ視線で問うと、首を横に振られた。招いてはいないらしい。
「あの……」
意を決して口を開いた瞬間、再びドアが開き、どやどやと複数の生徒たちが乱入して来た。
「棗ぇっ!なんで違うサロンに入ってくの?」
「いつも通り、サロンⅤだろ?」
緑川棗の双子の弟、緑川千歳と須佐道真が並んで入って来た後、最後に無言のまま生徒会長の早乙女貴教が現れた。
予期せぬ来訪者に、こちらも驚いたが、乱入者たちも予期せぬ先客がいて驚いている様子だった。その間に、いち早く立ち直ったらしい緑川棗が、私たちの手元にあるケーキに目をつけていた。
「それなに?匂いからするとチーズケーキ?蜂蜜?すっごく美味しそう!」
お前は犬か?!と心の中でツッコミを入れる。気のせいか、千切れんばかりにぷりぷり振っている尻尾の幻影すら見えそうだった。
「生憎ですが、あなた方、生徒会の分まで用意しておりません。ご来訪のご予定は窺っておりませんでしたから」
実南が、言外に招かれざる客だと匂わせる。だが、緑川棗は諦めないらしい。ちゃっかり御崎さんの隣へ座り、ケーキを守るように抱えている御崎さんに一口だけ頂戴と擦り寄っている。御崎さんは、拒絶するべきかケーキを差し出すべきか分からず、かちこちに固まっているようだった。
無理もない。憧れのゲーム攻略者との急接近の上、そもそも相手は生徒会役員の先輩にあたる。下手に拒絶して後々、禍根を残してしまうのも避けたいところだ。
私はこっそりケーキの下に敷いていたアルミシートを丸め、小さな礫を作る。みんなの視線がソファから上、つまりケーキの周辺へ集中しているのを見て取り、誰にも気づかれないよう礫を指で弾いた。
「いてっ!」
礫は彼の膝頭に当たって床に落ちると、うまい具合にセンターテーブルの下へ転がって行った。緑川棗は、突然の足の痛みに思わず御崎さんから離れ、辺りをきょろきょろ見回している。
小さな礫ほど当たれば痛いのは経験済み。美貌と地位という権力を笠に着て弱いものを甚振る奴は滅ぶべし!
顔を伏せながらニヤリと笑うと、同じ目線で座る実南には気づかれていたらしい。くっと片眉を吊り上げている。
「いかがなさいました?緑川先輩?」
実南が、さも不思議そうな顔で尋ねる。緑川棗は、なおもあちこち視線を漂わせるが、毛足の長い絨毯に埋もれた礫が見つかるはずもない。他の生徒会の面々も仲間の奇行に声をかける。
「今、何か足に当たった気がしたんだけど、気のせいかな?」
「テーブルに足でもぶつけたんだじゃないか?」
生徒会の面々と一緒に辺りを見回す御崎さんに合図を出し、私と席を入れ替わるようジェスチャーした。彼女もほっとした表情を浮かべたかと思うと、直ぐ様、ティカップとケーキ皿を手に私と席を入れ替わる。
これで、トリプルソファには、御崎さん、私、緑川棗という席順になる。因みに私のケーキとお茶は完食済みだ。
緑川棗は、疑問を残したまま、それでも諦めて座り直した時、獲物に逃げられたと気付いたらしい。綺麗に整えられた眉を盛大に顰めた。御崎さんは罪悪感に駆られているが、私からすれば、いちいち芝居がかって大袈裟としか思えない。残りのメンバーたちも苦笑を浮かべるやらニヤニヤするやら。
「それよりも、先輩方。私たちに何か?」
実南が御一行のボス、生徒会長に向かって尋ねる。最後まで言い切らず、語尾を濁すのが上流社会のマナーなんだとか。
だが、言葉上はどうあれ、目線は「用がねえなら、とっとと失せやがれっ!」と訴えている。実南の言葉遣いは常に流麗だから、粗野な言葉は一生使わないだろうが、心情的にはぴったりなセリフだと思う。
そもそも、この場にいる全員が、部屋を間違えて入って来たのだと分かっている。にもかかわらず、態々、口に出させるあたり、実南はかなり頭に来ているのだろう。勿論、私も実南と同じくらい腹が立っている。
ノックもせずに乱入し、ケーキを強請り、あまつさえ年下の者に強制させようとした。いくら顔が良くても、家が裕福であっても、いやあるからこそ許されることではない。ノブレス・オブリージュってやつだ。
本人も自覚はあるようで、事の発端となった緑川棗は、うっと呻いて羞恥で頬を染めた。それでも、双子の弟、緑川千歳と幼馴染の須佐道真は、実南の言い方が癇に障ったらしい。抗議しようと一歩前へ踏み出たところで、生徒会長の早乙女貴教が下がっていろと手で制した。
「いや、ただ部屋を間違えただけのこと。直ぐに退散する。突然の乱入、済まなかった。許して欲しい」
優雅に首を垂れる姿はちょっと鼻に突いたけれど、正直、素直に謝るとは思っていなかった。だって、ゲームの通りなら、かなりのオレサマだから。そして、彼の背後では他の面々が慌てている。
「まあ、会長様。そのようなことで謝られては、私が悪いことをしたようではございませんか。さあ、面をお上げになって下さいませ」
実南の奴、とどめを刺すとは強心臓だ。流石の会長も鼻白み、その隙に須佐が実南へ詰め寄った。
「おい、てめえ。会長が頭下げてるんじゃねえか。新入りのくせして調子こいてんじゃねえぞ」
公にはなっていないが、須佐家は暴力団と繋がりがあると噂されている。低く通る声で恫喝する様は堂に入って、火のない所に煙は立たぬと証明しているようなものだった。
生徒会側の陣営は、そんな須佐の態度に慣れているのだろう。余裕で身構えているが、御崎さんなどはウサギのようにぷるぷる震えている。実南も平静を装っているが、微かにびくっとしたのを見逃すことは出来なかった。
「年下だから、それが何か?実南は、間違ったことを申し上げましたでしょうか?私の耳には、謝罪は不要と申し上げたように聞こえましたが。それとも、この学園では下級生が上級生に意見を言うな、という校則でもあるのでしょうか?」
緊迫した空気の中、しらっと須佐を刺激する。一触即発となった須佐が、攻撃対象を変え、こちらへ向かって来るが、手が体に触れる直前、ぎろりと視線で相手を刺した。
一見して、ひ弱そうな下級生女子から突如、殺気の篭った視線を向けられ、須佐の警戒本能が警鐘を鳴らしたらしい。咄嗟に距離を取り、臨戦態勢を整えた。
獰猛な二頭の獣の睨み合いに部屋の温度が氷点下に下がり、誰もが凍え付きそうになった、その時、サロンのドアが、再び勢いよく開いた。




