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ティータイムは、いかがっすか~?!( ^^) _旦~~

「実南さま。献上品にござりまする。どうぞ、お納めくだされ」


 はは~とばかり頭を下げると、実南は、片眉を器用にあげた後、にんまりと微笑んだ。白く、ほっそりした指が保冷箱の蓋を開ける。中には、昨日、私が作ったチーズケーキが入っていた。


「これは?」

「昨日、作った試作品。新しいチーズを使ったから適温を調べようと思って」

「……相変わらず、すごい拘りね」


 当然ッ!とばかり、右腕の拳を天に突き上げる。


 突然であるが、物語をお読みの読者諸君!ご存じだろうか。生菓子を食するにおいて『食べ頃』なる適温が存在することを。温かすぎても冷たすぎても舌で感じる味覚が変化するのだ。


 それに気付いたのは、偶然というか、偶々なのだが、ある夏の日、鹿子さんの作ったチーズケーキを皿に乗せ、ミントを浮かべたアイスティーも用意し、今まさに食べようとしていたところで無情にも電話がかかって来た。


 そして電話が終わり、テーブルへ戻って来ると、ややくったりしたチーズケーキが。再度、冷蔵庫で冷やそうかどうしようか迷ったが、食欲が優り、ままよと口にしたら、すうっとケーキが蕩けていったのである。


 いつもと同じケーキの味が異なる理由を検証してみると、どうやら温度、そして作ってから食べるまでの時間が関係しているらしいと判明した。以来、鹿子さんのケーキは言うに及ばず、私自身、新たな材料を手にすると、様々な温度や時間を試し、最適な『食べ頃』を追及している。


 勿論、自分一人の味覚では偏りがちになるため、暇さえあれば実南や玲菜、夏彦などに協力を仰いでいるのだった。その為に、温度管理のできる保冷箱は、余程のことがない限り、持ち歩いている。


「これは、何のチーズ?」

「シェーブル(ヤギ乳のチーズ)の若いのが手に入ったの。酸味もあるし、ちょうどいいかな~って」


 実南は満足そうに頷くと控えていた澤木さんに保冷箱を手渡し、4人分の盛り付けを頼んだ。


「4人分、でございますか?」


 この場には実南、御崎さん、私の3人しかいない。澤木さんは、不思議そうに首を傾げたが、実南は当然といった様子で言葉を返した。


「そうよ。澤木さんもチーズが苦手でなければ食べて頂戴。この子の作るケーキは面白いから」

「面白いって、美味しいとまではいかなくても、せめて悪くないとか、趣深いとか言って!」

「いつから『趣深い』という言葉が、『悪くない』と同列になったのかしら?」

「……ぐぶ」


 実南は、生まれながらのお嬢様だけあって、言葉遣いに厳しい。乱暴な言葉は使わないし、解釈を捻じ曲げた流行語も使わない。私も社会人としての前世(仮)の記憶があるため、あからさまなきゃぴきゃぴした言葉は使わないが、それでも荒っぽい連中と付き合うこともあってぞんざいな言葉が飛び出してしまうのだった。


 心の中でひっそり反省し、実南が座るソファと少し離れた場所に置かれた同じ形のソファへと腰を下ろす。隣には御崎さんが座った。このサロンもバカバカしいほど広いので、ソファとソファの間隔を広く取り、ゆったりと寛げる。


 暫くして、実南が澤木さんと呼んだ女性がワゴンにケーキと新しく入れ直したらしいお茶を運んできた。澤木さんは、鹿子さんよりだいぶ年上で、艶やかな白い髪を後ろでまとめている。この世界でも、歳を取ると髪の色は白くなるが、澤木さんのは、元から白いのか、白くなったのか、判断がつかない。所謂、年齢不詳な人だった。


 黒縁の細いメガネは、ちょっと気難しそうに見えるけれど、お茶に対する愛情は確かなようで、さり気なく手を触れては温度を確かめ、優雅な手つきでカップにお茶を注いだ。


「どうぞ。ミルクとお砂糖は必要ですか?」

「いえ、ケーキがあるので。お気遣い、ありがとうございます」


 ワゴンの上を見ると、ミルクピッチャーと砂糖壺が置かれている。見てはいなけれど、あれも拘りの逸品なのだろう。


 たかがお茶というなかれ。この静けさと、上品な部屋、そして極上のお茶と美味しいケーキ。それらは何にもまして疲れを癒してくれるのだ。恐らく、世界中の女性たちが賛同してくれる意見ではないだろうか。実南も御崎さんも、嬉しそうな顔でケーキを口にした。


 いつになっても自分の作ったケーキを食べてもらうのは緊張する。ほっと安堵した私は、ティカップを手に取り、赤褐色のお茶を含んだ。


 ふくよかな香りが鼻に抜ける。濃厚な味わいがミルクと良く合うアッサムティのようだった。さすが名門校だけあって、揃えている茶葉の質も上等である。伊達にベルサイユ宮殿を建てた訳ではないらしい。


 私は、鞄からノートと温度計、湿度計を取り出し、日付、温度、気温、湿度を記録した後、おもむろに自作のケーキを口に含む。シェーブルはくせがあるので、気持ち、もう少し冷えていた方が良いかもしれない。


 メモを取った後、実南の感想を聞く。彼女は、チーズ好きなので癖のある方が良いと喜んで食べている。一方の御崎さんは、一口食べただけでへにゃりと眉が下がった。


「ちょっとクセがある?チーズは苦手?」

「……普通のチーズなら全然平気なんだけど」


 御崎さんは、不味いと言わないだけの良識を持った子だった。そして、『普通のチーズ』というのは、恐らく数種類のチーズを工場で混ぜ、均一の味にするプロセスチーズを指すのだろう。


 もちろん、彼女のような意見もあるだろうことは織り込み済みだ。鞄からプラスチックのボトルを取り出し、御崎さんへと手渡した。


「これ何ですか?すごく綺麗な金色~!」


 御崎さんはボトルを受け取ると、陽に翳すように持ち上げ、ほうっと溜息を吐いた。ボトルの中の液体は黄金色で、陽の光を反射し、キラキラ輝いている。


「それは、数種類の蜂蜜をブレンドしたもの。ちょっとケーキにつけて食べてみて?」

「はいっ!」


 御崎さんは、ボトルのキャップをとると、たっぷりと蜂蜜をかける。そして、恐る恐る口に頬張ると、驚きで目を丸くした。


「美味しいっ!とろっとして、口の中で天上のハーモニーが広がってますっ!」

「……そ、そう」


 良く分からないが、どうやら気に入って貰えたらしい。続いて、実南と澤木さんが蜂蜜をつけて食べるのを見守った。緊張でごくりと喉が鳴った。実南は、目を瞑って頷きながら咀嚼している。気に入った時に見せる仕草なので、ほっと息を吐いた。


 残る澤木さんは初対面の上、短時間接しただけでも表情豊かな方ではないと分かる人物だ。半分ほど食べ終えた後で、ワゴンに乗せて下がってしまった。


「あ、だ、だめだった、かな?」


 3人のうち2人が気に入ってくれたなら悪くはない。だが、ショックは隠せなかった。ガックリと肩を落とした序でに、ソファから崩れ落ちた。


「そんな事ないですっ!そりゃ最初は、うえ~って思ったけど、蜂蜜かけたら全然気にならなくなって、今まで食べたことのないような世界一のケーキになりましたっ!」


 御崎さんが腕をググッと握り締めながら正直な感想を聞かせてくれた。実南は、御崎さんを目で黙らせ、ティカップを優雅に傾けた。


「まあ、待ちなさい。澤木さんは何も言ってないじゃないの。彼女は、プロなんだから良くも悪くもはっきり言ってくれる人よ」


 実南の言葉に、ちょっと勇気づけられる。反対意見だったとしても、無言よりよっぽど良い。寧ろ、改善点が得られるので大歓迎だった。


「それより、床に座わらず、ソファに座りなさい。行儀悪いわよ」

「は~い~」

「返事は短くて結構よ」


 よっこらしょっと年寄り臭いセリフを呟きながらソファに腰をかけると、再びワゴンを押しながら澤木さんが戻って来た。そのまま、無言で新たなティカップにお茶を注ぎ、私たちの前に差し出した。


 先ほど頂いたアッサムより紅く、香りも薔薇を思わせる強い香りが鼻孔をくすぐる。そのまま無言でお茶を口に含む。


 と、何て言ったら良いんだろう。筆舌に尽くしがたいほど芳醇な香りが広がった。しかも、チーズと蜂蜜との相性も抜群で、まろやかさを引き立てている。正に、このケーキのためのお茶と言っても大袈裟ではないだろう。


「……これ!」

「今、即興でブレンドいたしました。ディンブラ産の茶葉をベースに、数種類の茶葉を加えております」


 澤木さんもケーキを口に含み、お茶との相性を確かめると満足気に頷いた。


「さすがは澤木さんね。愛里、彼女はお茶のエキスパートなのよ。紅茶は勿論、緑茶、中国茶、ともかく世界中のお茶に精通しているの」

「すごいっ!!」


 私と御崎さんの口から賞賛の声が漏れる。ふっと澤木さんの口元が綻んだ。あれ、意外と若いかもしれないな~と思った。


「澤木さんは、学校の職員なんですか?」


 御崎さんは、私も疑問に思っていたことを口にしていた。だって、いくら有名校とはいえ、一介の職員が世界中のお茶を知り尽くすなんて、物理的にも金銭的にも考えにくい。


 敢えて言うなら、元々、お茶に詳しい専門家と契約したと考えるのが妥当だろう。でも、いくら優秀でもお茶のためにプロを雇うのも無理がある。


「澤木さんは、お姉さまの親友である織部佐保子おりべ さほこ様の家人なの。佐保子様たっての願いで在学中は、サロンにいて下さっているのよ」


 家人とは、家族のことではない。織部家に遣える人という意味である。だとすれば、澤木さんがお茶に精通しているのも頷ける。何しろ、織部家というのは、表舞台には出てこないが、古来から伝わる茶道の一派を継承しており、更には茶道具を始めとする様々な食器や花瓶、人形などの陶磁器も一手に扱っている商社なのだ。


 中でも、澤木さんは、かなり上層部の人間なのだろうと想像がつく。そうでなければ、世界中の茶葉に精通することは出来ないし、ましてや即興でケーキに合うお茶をブレンドするなど只者ではない。


 そんな彼女を娘の在学中とはいえ、茶葉と共に学校へ提供する織部家の豪胆さを見せつけられたようだった。


「……祐兄や玲菜ちゃんが、『私の好きそうなもの』がこの学校にあると言ったのは彼女のこと?」


 私の夢というか、将来は、鹿子さんのケーキ店を手伝うことと、それらケーキとお茶を提供するお店を作りたいということだった。


 そのために、日夜、新作レシピに協力し、最適な食べ頃を調べ、それに合うお茶や食器も追及している。織部家を頼る気はなかったが、協力が得られるのであれば、それに越したことはない。独りで出来ることなどたかが知れているのだから。


「それもあるけれど、そもそも、この学園の寄付制度というのが変わっていてね。金銭でも構わないし、品物でも構わないのよ」

「人を品物だなんて……」


 御崎さんがショックを受けたのか、眉を潜めて呟いた。だが、間髪入れずに澤木さんが否定した。


「私には、金品に代わるほどの価値などございません。我が主、織部家から納めているのは、流通に乗せられないほど希少な茶葉と器でございます」

「あ、ご、ごめんなさいっ!早とちりしてしまいましたっ!」


 澤木さんの迫力に御崎さんも失言だったと気付いたようだ。直ぐ様、立ち上がり、深々と頭を下げた。彼女の良い所は、素直さと潔さだと思う。


 私を含め、誰にでも該当することだが、失敗することは決して悪いことではない。失敗した後、どうするかが重要なのだ。


 そもそも、一般家庭で育った15歳の少女に学園や理事会、父兄の政治的な思惑を察することは難しい。故に、間違いが多いのも当然、未熟なのも当然な話で、無知と決め付けることは無理がある。


 御崎さんは、間違いに気付いた後、即座に謝罪し、態度を改めた。その潔い姿勢は、簡単そうに見えて、実は難しい。何故なら、己の過ちを認めること、即ち未熟であると認めることだから。


 しかも、己独りでなく、他人の前、それも対等でありたい級友や友達の前で未熟さを認めることは、両親や教師など目上の人たちの前で認めることより難しい。負けて堪るかという、ちっぽけなプライドが邪魔するからだ。


 澤木さんも御崎さんの姿勢を認めたようで、謝罪を受け入れた。実南も片眉を微かに上げたが、何も言わない。受け入れてはいないのかもしれないが、少なくとも、教室で見せたような敵視は止めたようだった。


「寄付の対象となるのは、金品、つまり、開発したばかりの商品も含まれるの。人身売買ではなく、ね」


 それでも、さらりと嫌味を言うところが実南らしい。御崎さんは、スミマセンと頭を下げた。


「この学校へ通う生徒の父兄は、あらゆる職種の企業を経営しているわ。それら企業で開発した最先端の商品を寄付し、柔軟な思考を持つ生徒たちが使用する。改善点があれば開発した企業へフィードバックされるし、学校側も設備投資が抑えられるってわけ」

「へ~っ!面白いシステムだね」


 この世界にあったら確実に『へえボタン』を押していただろう。勿論、設備だけではない。茶葉も食事も、机や椅子、ありとあらゆる商品が対象なのだろう。


「反対に、生徒からの要望があれば、該当する企業と共に商品開発するケースもあるわ」


 ただし、個人の願望ではなく、きちんとしたデータを提示し、開発に足ると企業を説得できた場合に限るそうだが、それでも年に数個は商品化に至るらしい。


「う~ん、確かにちょっと好きかも」


 私は個人的にモノづくりや発明が大好きだ。ケーキを作るのもそうだし、インターネットを使った販売システムを確立するのも苦にならない。前世の記憶(仮)のおかげか、人と対峙するのも平気だし、我ながら弁が立つと自覚しているので相手を言いくるめる自信もある。


 実南には、ちょっと興味あるかも~なんてさり気ない風を装っているが、頭の中では作りたい欲求がぐるぐる渦を巻いている。もちろん、実南は私の趣味嗜好などお見通しで、してやったりとにんまりしている。


 その時だった。


 サロンのドアが、勢いよく開いた。


ケーキに文字数を取られ過ぎてるかも、と思いつつ、私の趣味なのでキーボードを打つ手が止まりませんでした。(◎_◎;)


織部さんの名前が間違えていました。何度も読み返しているのに気付かなかった。orz

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