ふぁんでぃすく、ってナンデスカ?!(´゜д゜`)
「お姉さまっ!私、お姉さまが仰るように戦える歌姫になるべく頑張りますねっ!!」
「……お、お姉さま?!」
あれ、確か御崎さんは私と同級生ではなかったっけ?!と首を傾げると、誕生日を聞かれた。思わず素直に答えると、「やっぱり!」と嬉しそうに手を叩かれた。
「私、早生まれなんです。愛里さんの方が年上だからお姉さまですっ!前世では私がお姉ちゃんだったし、現世では一人っ子だし……私にお姉さまなんて呼ばれるの……イヤですか?」
「う、、、い、嫌じゃないけど、慣れないというか何というか……」
「嬉しいっ!!」
感激のあまり飛びついて来た彼女の耳に、後半のセリフは届いていないようだった。ま、まあ、いいか。たかが呼び名だし、ムキになって否定するのも大人げないし。
「あ、そうだ!お姉さま!」
「なに?!」
抱き付いたまま顔だけ上を向く御崎さん。う、ふくよかな胸が押し付けられるんですけど。……ちょっと良いカモ。(*^_^*)
私が内心何を考えているかなど見当もつかない御崎さんは、眉根に皺を寄せて話し始めた。
「思い出したんですけど、お姉さまはファンディスクをしなかったんですか?!」
「……ふぁん、ですく?!」
なんだろう。キャラクターが描かれている学習机かな、と思っていたら、速攻ツッコミが入った。
「デスク、じゃないです。ディスクです。『貴方へ捧げる愛のメヌエット』の続編です」
「え、続編なんてあったの?!」
自慢ではないが、私が乙女ゲームに手を出したのは後にも先にも『貴方へ捧げる愛のメヌエット』のみ。しかも、シークレットキャラを覚えていないからには、恐らく全てを攻略できずに死んだのだろう。だとしたら、その後に発売された続編を知らないのも当然かもしれない。
「やっぱり知らなかったんですね。最初のゲームでは、シークレットキャラを落とすのはおろか、登場させるのすら難しくてクレームが殺到したそうです」
話を聞くと、御崎さんは病弱のため先生と生徒会長ルートぐらいしかやらなかったらしい。しかも、妹さんに教わりながら。その妹さんは、乙女ゲームのオタクというか一部では『ネ申』とも呼ばれた存在で、言うまでもなくシークレットキャラも攻略したそうだが、死ぬほど難しかったらしい。
「2度ほどコントローラーを壁に叩きつけて、コントローラーを買い直した上、壁にも穴を開けてしまって、お母さんから叱られたって言ってました」
ふふっと微笑んで見せた瞳は、心なしか潤んでいたが、どうすることも出来ず、ただ見て見ないふりをするのが精一杯だった。
「それで、声優さんが亡くなったこともあって、追悼版としてシークレットキャラメインのゲームが発売されたんです」
「……え?亡くなった、って……だ、が?」
心臓がドクンとなった。誰が亡くなったのか尋ねる自分の声が、妙に上ずって掠れているのが分かる。
「ええっと、確か最初のゲームでナレーションをしていた声優さんです。名前は、憶えていないんですけど」
「……それって、シークレットキャラの声もアテてた人?!」
御崎さんは、過去の記憶を引っ張り出すように天井へ目を向けていたけれど、やがて、こくんと首を縦に振った。
「多分。私もファンディスクってプレイしてないし、シークレットキャラの声も聞いたことないんですけど、最初のゲームを作った時、沢山録音してあって、それを使ったみたいって妹が言ってました」
「……」
頭が真っ白になって、何も言葉が浮かばなかった。この世界で意識が目覚めて10年になるということは、前世でも同じくらいの年月が経っている筈だった。10年あれば何が起きても不思議ではない。
だが、正直な話、彼が死ぬとは考えもしなかった。自分は死んだけれど、彼は、普通に生きていて、『彼女』と人生を謳歌しているんだと思っていた。
呆然とする私の手に、温かい手が乗せられた。視線を落とすと、御崎さんが、ぎゅっと握ってくれていた。
「お姉さま、その声優さんのファンだったんですね。そう言えば、『荒野の歌姫』の英雄役も同じ方ですもの」
本当は、『ファン』という言葉では語りつくせない存在だったが、御崎さんの妹と同様、嘆いたところで何も変わらない。せめて『彼女』だけは、彼を失って幸せにとは言えないけれど、穏やかに暮らしていて欲しいと願うことが、唯一、私に出来ることだった。
「私、やっぱり、ごめんなさいっ!」
「……え?!」
突然、御崎さんが正座をし、頭を勢いよく下げた。綺麗な額が床に触れてしまいそうで、慌てて私も跪き、彼女の体を起こそうと肩に手をかけた。だが、御崎さんは頑なに土下座したまま声を張り上げた。
「あの声優さんが歌っていた曲ですよね。私が盗作したのって……本当にごめんなさいっ!今後、絶対に、歌わないと誓いますっ!」
確かに、ゲームのエンディングで歌っていたのは、彼だった。入学式で聞いた時、あの人の歌なのに勝手に歌う御崎さんに苛立ちが募った。
だが、もう彼はいない。そもそも、この世界の人でもない。だったら、せめて歌だけでも存在したら良いと思う。
「ううん、逆に歌って欲しい。彼を知らない、この世界の人たち、みんなに聴いてもらって、歌ってもらって、良い歌だねって知って欲しいもの」
御崎さんは、土下座の態勢からぴょこんと頭を上げた。その眼は、ウサギみたいに真っ赤だったけど、やがて決心したみたいに、こくんと頷き、「絶対、良い歌だって認めて貰えるように頑張るから」と宣言した。




