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これって、まさか、あれかしら?!Σ(・ω・ノ)ノ!

『貴方へ捧げる愛のメヌエット』という乙女ゲームは、ヒロインが高天原学園高等部に入学するシーンから始まり、卒業するシーンで終わる。入学から卒業まで丸3年という長さが人気の秘訣だった。


 その間、ヒロインは1人の攻略者と添い遂げることも出来るし、スッタモンダの末に別れて他の攻略者と交際することも出来る。上手くすれば、全員の攻略者たちと次々に付き合うことも出来るし、逆ハーエンド、つまり同時に全員と付き合うことだって出来ちゃうのだ。


 もっとも攻略者は8人いるので、逆ハーエンドはかなり難しい。一歩間違えるとビッチ呼ばわりされて全員から嫌われるバッドエンドへと転落する。最後の最後まで油断ならないゲームだった。


 自分の生きている世界が乙女ゲームそのもの、あるいは酷似していると断言できるのは、ヒロインである私、つまり天野愛里に前世の記憶があるからだった。


 前世の記憶、といっても証明できる訳ではないし、後から違うと判明した場合、黒歴史になってしまうので仮定としておく。え~っと、『前世の記憶(仮)』が蘇ったのは、5歳の春。


 車道に飛び出した私を庇って、母親が亡くなり、そのショックで私も気を失い、病院へ搬送された。そして、10日後に目覚めた時、前世の記憶らしきものが蘇り、愛里として暮らした5年間の記憶を失っていたのである。







「……あ、あれ?……ここ、どこ?」


 ふと目を開けると、見知らぬ部屋の天井が見えた。なんか寝過ぎた後で目が覚めた時のように頭が痛む。しかも、だるくて力が入らない。辛うじて動かせる頭を巡らせ、周囲を確認する。ベッドの周りを一周する白いカーテン。枕もとのナイトテーブルには、色とりどりの花。


「……ここって?」


 ぼんやり霞む頭で考えていると、シャッとキレの良い音と共にカーテンが引かれ、20代後半と思しき女性が入って来た。手には絵本が数冊、ふんふんと鼻歌を歌いながらにこやかな笑みを浮かべた。


「は~い!愛里ちゃん、今日のお加減は、いかがでちゅか~?」


 赤ちゃん言葉で話しかける女性と目が合った。女性の笑みが硬直したかと思うと、次の瞬間、甲高い叫び声が響き渡る。




「まったくもう人騒がせな!」

「も、申し訳ありませんでした!」


 先ほど悲鳴を上げた女性が、看護師長と思しき年配の女性に懇々と説教をされ、文字通り平身低頭といった具合に詫びている。


 水飲み鳥のようにピョコピョコ上下する頭が面白くて、思わず笑ってしまった。すると、2人が同時に振り向き、にっこりと笑みを浮かべた。


「愛里ちゃん、目が……むぐっ!」

「目が覚めたんですね。気分はどう?痛いところはないかしら?」


 同時に話しかけようとした女性の口を塞ぎ、看護師さんが質問する。もしかすると2人は仲が良いのかもしれない。そんなことを思いながら、手足をゆっくりと動かしてみる。ちゃんと指先まで動くし、身じろぎしても痛みは感じない。


「体は大丈夫ですが、頭痛がします。寝過ぎた後みたいに……私、長いこと眠っていたんですか?」

「……」


 病院で具合を尋ねられた場合、詳細に症状を訴える方が良いと思ったのだが、何故だろう。2人とも固まってしまい、無言のままだ。


「えっと、愛里ちゃん?今までのこと、覚えているかしら?」

「今までのこと?……そんなの……」


 そんなの当たり前でしょ!と続けようとしたのに、続く言葉が出ない。病院のベッドに寝かされているのだから、病気か怪我か、いずれにしても体に不調があったのだろうけれど、目が覚めるまでの記憶は真っ白で、何も思い出せなかった。


 それに、さっきから『あいり』って呼ばれてるけど、私の名前は、そんな可愛らしい名前じゃない。……あれ?私の名前、何だっけ?


 ぼんやりと視界に入った手を見つめる。……んん?なんか小さい。まじまじ見ると、ぽっちゃりして、小さな子供の手みたい。


「あの、鏡ってありますか?」

「……あるけど、愛里ちゃんは、どこも怪我してないわ。ただちょっと打ち身があって、まだ青あざが残っているけど直ぐに消えるからね」


 2人の女性は、恐る恐る手鏡を差し出しながら、懸命に大丈夫だと繰り返していた。けど、私は、顎に薄ら残る青あざより鏡に映る自分の姿に驚愕していた。


 桜の花のような薄紅色の髪は天然パーマで、愛らしい顔の周りをくるんくるんと巻いている。顔は小さな卵型で、すっとした鼻とぷっくり下唇がバランスよく配置されている。中でもアーモンド形の菫色の瞳は、くりっとして可愛らしい。将来は、女優かアイドル……にはらなくても、引く手あまたの美人さんになるのは間違いない。


 だけど、だけど、初めて目にする顔だった。じゃあ、本当はどんな顔だったのかと問われれば、膜がかかったみたいに、ぼや~っとして思い出せない。


 けれど、鏡を見ながら『もうちょっと美人だったらなぁ』と口癖のように呟いていたのは覚えている。それより何より、一番の違和感は鏡の中から見返す顔が、どう見ても未就学児童に見えることだった。


 ……あれ?!私って、成人女性じゃなかったっけ?!




 その後、別の医者、恐らく神経系の医者が来て根掘り葉掘り質問され、事故のショックによる記憶喪失と診断を下された。何しろ、自分の名前も年齢も分からないのだから妥当な診断結果と言える。


 夕方には、父親だと名乗る若い男性も病室に姿を見せたが、当然、彼のことも分からなかった。その事実を突き付けられ、男性は、がっくりと項垂れていたが、それでも「生きていてくれるだけでいい」と力なく笑った姿に申し訳なさを感じた。


 その晩、一人になった病室で自分の身に起こった現象を整理してみた。厳密に言うと、大部屋だったから一人ではなく、しかも、隣で寝ているオヤジの鼾が五月蠅かったけれど、それでもカーテンで囲まれたベッド周辺に自分を見ている人間はいなかったので一人と言っても問題ないだろう。




 与えられた情報を整理すると、どうやら私の名前は天野愛里というらしい。先ほどの若い女性は、近所にある商店街で菓子店を営んでおり、釣銭を受け取り忘れた愛里の母親を追いかけ、商店街を出た横断歩道で追いついた。


 そして、母親へお金を渡している間に、娘の愛里、つまり『私』が車道へ飛び出し、車に跳ねられそうになったところを、気付いた母親が咄嗟にかばって亡くなったらしい。おかげで『私』の体に外傷はなかったが、目の前で母親を失ったショックからか10日間眠り続けていたそうな。


 人一人、しかも自分の母親が亡くなったというのに他人事のように話すのは冷たい人間だと言われそうだし、自分でもそう思うけれど、どうしても実感が湧かない。


 記憶がないのは仕方ないとしても、鏡で自分の顔を見ても違和感を覚えるし、父親に会っても母親の写真を見ても他人としか思えない。だって、2人とも私より若く感じて仕方ないのだ。自分より年下の人間が『両親』だなんて有り得る筈がない。


 それに、誰にも打ち明けていないが、私には断片的な記憶があった。中でも、『60歳になって定年退職したら豪華客船に乗って世界をまわろう』と思ったこと。記憶というにはお粗末すぎるが、そこから色々推察は出来る。


 恐らく、あまり美人ではなく、会社勤めしていたのだろう、とか、定年後の将来設計を考えるからには40~50代だったのだろう、とか。まあ、20~30代で老後の計画を立てる人もいるだろうから断定は出来ない。だが、少なくとも、5歳の幼児が考える記憶ではないだろう。


 と、そこまで考えて、先ほどの菓子店の主という若い女性、北村鹿子きたむら かのこと看護師長である柳原美乃利やなぎはら みのりが絶句した顔を思い出した。


 そりゃあ、5歳児が自分の症状を的確に表現できるはずないよな~と。そう言えば父親という人物、天野耕太あまの こうたも不思議そうな顔をしていたっけ。


 5歳の体に、高齢、いや妙齢(と言わせて欲しい!)の女性の記憶と知識。




 これって、まさか、あれ(転生モノ)かしら?!




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