私のヒロイン
私は子供の頃から病弱だった。
何度も病院へ入退院を繰り返し、何度も命を落としかけ、何度も親を泣かせた。私の世話で、いつもほったらかしにされてしまう妹も。
医師から余命半年と告げられ、それでも比較的、病状が落ち着いていたある日。妹が一人で病室へやって来た。
瞼が腫れているのは、私の余命を聞かされたからかもしれない。いつもは、不貞腐れて私と口も利かないのに、一人で来るなんて初めてだった。
「いらっしゃい!学校の帰り?!」
何年振りかで妹と話せると思うと、嬉しくて声が弾んだ。だが、妹は、無言のまま手にしていた紙袋を私の寝ていたベッドに置き、そのまま立ち去った。
ちょっとがっかりしたが、それでも妹の持ってきた紙袋が気になり、手を伸ばす。中にはゲーム機とソフトが入っていた。
「え~なになに……『貴方へ捧げる愛のメヌエット』?!」
ソフトをセットし、ゲームを始める。ヴィヴァルディもどきのヴァイオリン協奏曲が流れ、主人公が画面の中からニッコリと微笑んだ。
「私、天野愛里。今日から憧れの私立高天原学園高等部へ通うピカピカの1年生。勉強はちょっと苦手で、運動も普通くらいかな。そんな私だけど、歌うことに関しては誰にも負けない、つもり。……あ、自意識過剰じゃないよ!?一応、歌の才能が認められた『特待生』として入学出来たんだもん。えっへん!」
病室に備え付けの小さなテレビ画面の中で、ヒロインは、私の行けなかった学校生活を楽しみ、恋愛を謳歌し、そして私の叶えられなかった夢、歌手を目指していた。
それは、ただのゲームと分かっていたけれど、ベッドに寝ているだけだった退屈な日々から解放され、わくわくどきどきした。余りにも経験がないので、些細なことでも大げさに感じたのかもしれない。
それからほどなくして再び現れた妹とも、笑いながら恋バナに花を咲かせた。妹の一押しは、正統派ともいえる生徒会長の早乙女貴教さま。
私の一押しは、生徒会顧問の佐野和仁先生だった。時々、都会の大学病院から視察に来る心臓外科の先生に似ているから。
佐野先生とは直ぐに遠距離恋愛になるけれど、毎週手紙が届いた。実家の造り酒屋を継いで苦労の連続だということ、私の歌が聴けなくて寂しいと言われた時は、電話で歌を歌ったこともあった。卒業式には、エンゲージリングを持って駆け付けてくれたっけ。
ああ、短い間だったけど、本当に楽しかった。次に生まれてくる時は、ヒロインみたいになりたいなぁ。