祐兄から心温まる贈り物。Σ(・ω・ノ)ノ!
馨にコサージュをつけて貰っている実南をその場に残し、私は御崎愛璃の手を引き、校舎の端にある時計塔目指して歩き始めた。
入学式の前日、つまり昨日の夜のことだが、祐兄は、珍しく私の部屋へ入って来て、2つの鍵と校舎の図面をプレゼントしてくれた。
「オリエンテーションなら入学式の後でやるでしょ?」
「学校では絶対に教えない内容だ」
そう言うと、祐兄は図面にある×印を指さした。
「この×印は、監視カメラが設置されている」
「監視カメラ?!」
犯罪者の収容施設か?!
……と思ったけれど、よくよく考えれば良家の子女を預かっているのだ。校内で事件が発生した場合の証拠となるだろうし、イジメなどの抑止力にもなるだろう。
祐兄曰く、トイレと更衣室の内部はカメラを設置しておらず、また、入学時の書類に明記してあるから秘密でも何でもないのだそうだ。そう言えば、米粒のような字で長々と約款が書いてあった気がする。頭が痛くなったから最後まで読まなかったけど。
「まあ、台数や位置、角度まで把握している生徒は、少ないだろうけどね」
何故、祐兄が数少ない生徒に入っているのか知りたいような、知りたくないような。祐兄の笑顔を見ていると悪寒がするのでスルーしよう。
「他にも、隠し部屋や秘密の通路も書いてあるから、緊急時には使うと良いよ」
「正に宮殿だね!たかだか学校の校舎に、どんだけお金つぎ込んでるんだろう」
思わず嘆息すると、すかさず祐兄が切り返す。
「そのおかげで、面白いことが分かったりするよ。恐らく、学園の創始者も逃走経路としての利用価値より、情報を得る目的で作ったんじゃないかな」
うわ、金持ちって、えげつなっ!!それに、何を思い出したのか、くすくす笑っている祐兄も怖いわっ!!(;゜Д゜)
内心、恐怖でドキドキしていると、祐兄が2つあるうち大きい方の鍵を指さした。側面がギザギザ削れている刻みキーではなく、表面に窪みが削られているディンプルキーだった。同じシリンダー錠でもディンプルキーの方がピッキングが難しい。
「それは、時計塔の鍵だよ。あと、小さい方は『秘密の小部屋』の鍵」
秘密の小部屋って何だ~っ!!と思わず叫んでしまったら、「ひ・み・つ(はあと)」と言われてウィンクされた。
「祐兄、なんだって時計塔の鍵を持ってるの?!ってか、私に渡して何をさせるつもり?!」
は~っとため息を吐きながら問いかけると、にっこり笑顔で答えが返ってきた。
「時計塔の内部に監視カメラがないからあげようと思ったんだけど、要らないなら返して?!」
笑顔というか氷の微笑を顔に貼り付け、手を出しながら迫って来る祐兄。咄嗟に鍵をポケットに隠した。
こんな面白そうなもの、返すはずがなかろう!(*^▽^*)
祐兄は「現金な奴!」と苦笑しつつ、「お前はトラブルメーカーだからな。気を付けろよ」と私の頭をぐりぐり撫でまわして部屋を去って行った。
その後、図面を頭に叩き込み、カメラの死角になる位置を探し出した。見落としなのか、ワザとなのか、要所要所に死角が存在した。その死角を思い浮かべながら時計塔の扉へ辿り着いた。
だが、そこにはドアと呼べるものはなく、ただ壁が広がっているだけだった。
「天野さん、何しているの?」
黙ってついてきた御崎さんが、躊躇いがちに声をかけるが、答えている時間はない。黙ってと手で合図し、ゴブラン織りの模様をじっと見つめる。
鍵穴とドアの切込みは必ずある筈。それを隠すための模様となれば、自ずと範囲が限定される。
ふっと、花びらの模様が目に留まる。近寄って手を触れると鍵穴と思しき溝が感じられた。祐兄からもらった鍵を差し込んで回すと、小さくカチリと音がした。
鍵はそのまま取っ手となり、力いっぱい押すと、壁が動き、人一人通れる空間が出来た。一連の様子を目を丸くして見つめる御崎さんの腕を掴み、素早く時計塔内部へと侵入した。
中は薄暗いが、上へと続く螺旋階段が見える。御崎さんに待つよう言い置いて、ゆっくり螺旋階段を上った。塔の上部まで続いている階段は、かなりの段数があった。ぜーぜー息を切らしながら最上階まで出ると、左に鋼鉄製の扉、右には古ぼけた木製の扉があった。
「秘密の小部屋、か」
私は迷わず木製の扉へ近づき、小さな鍵を差し込んだが、開かなかった。怪訝に思い、改めてマジマジとドアを見つめる。よく見ると、木製のドアはカモフラージュのようだった。
微かに見える切込みに沿って、あちこち押してみると、突然、ドアノブの上部が10センチ四方ばかりにパカッと開いた。タッチパネルが現れて、ランダムに数字が並んでいる。
祐兄は、マニアックなドSだ。暗証番号は、どこかに書いてある筈……と思って渡された鍵を見る。と、小さく数字が刻まれている。もしやと思ってテンキーに打ち込むと、ピッと電子音がし、赤いランプが緑に変わった。
ドアノブを掴んで開けようとすると、ガチャッと音がして引っ掛かりを覚えた。念のため、再度、鍵穴に鍵を差し込んで回すと漸くドアが開いた。
祐兄のやつ、なんて用心深いんだっ!!(; ・`д・´)
と、驚いたのも束の間、秘密の小部屋の中に入って更に驚いた。
床には緻密な模様を織りなす絨毯。光沢のあることから、恐らくシルクだろう。4畳半ほどの大きさだが、絨毯の値段は目の詰まり具合、模様の緻密さ加減で決まる。これなら軽く数百万はするはず。
そして絨毯の上に、外国製のソファセット。何だか高級そうだし、奥にはアイランド式のキッチンが見える。何だ、あの業務用冷蔵庫に電子レンジ、コーヒーメーカー、大型テレビ、パソコン……ここが秘密??ここが小部屋??
見た感じ、ここ1~2年で作られた雰囲気ではない。ということは、祐兄が勝手にしでかしたというよりも、代々の先輩たちが部屋を利用し、改造したものと思われる。案外、学校側も気付いていて、敢えて黙認しているのかもしれない。
そんなことを考えながら、手早く戸棚の中をチェックしていく。すると、キッチンにあるキャビネットから目当てのものが見つかった。監視カメラのモニターと録画するためのHDD。モニターは2分割され、左側は入り口で立っている御崎愛璃を、右側は秘密の小部屋を物色している私が映っている。
映像からカメラの位置を確認し、これ見よがしに裏ピースサインをしてからモニターとHDDの電源をオフにした。祐兄のことだから絶対に何かやっていると思ったが、案の定だった。
もしかすると校舎の見取り図にも記してないことがあるかも。学校に慣れたら一度自分でチェックしてやろうと心のノートに赤ペンで書いた。
さて、部屋は元通りにしてドアの前に立っている御崎愛璃の元へ向かう。
「御崎さん、お待たせしました。突然、こんな所へ連れて来てごめんなさい。誰にも聞かれない場所で、あなたに聞きたいことがあったの」
「は、はいっ!」
何か勘違いしているのだろう。御崎さんは、真っ青に震えながら上ずった声をあげた。
「あなた、前世の記憶があるのね?」
御崎さんは、ごくりと唾をのみ込み、泣きそうな顔で頷いた。
「その記憶の中で、『貴方へ捧げる愛のメヌエット』をプレイしたことは?」
「あ、あります」
心の中で思わず、よしゃあっ!とばかりに雄たけびを上げつつ、表面上は無表情を取り繕う。
「じゃあ、単刀直入に聞くわね」