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気付かないうちにフラグを立てているようです。(; ・`д・´)

 なんてぐちゃぐちゃ思考の海に浸っていると、突然、舞台から耳慣れた歌が飛び込んで来た。中央に御崎愛璃みさき らぶりが立ち、ピアノの伴奏で歌を披露している。


 いつの間にか、入学式は始まっていたようだった。余りの衝撃にすっかり忘れていたよ、と実南に呟くと呆れて目を回された。


「そもそも愛里が新入生の挨拶を断るから、アイツが代わりに歌を披露することになったのよ。分かってる?!」

「いや、だってクリスマスからこっち、バレンタインだの雛祭だのケーキ屋が一年で一番忙しい時期だって知ってるでしょ?!最近では、節分の太巻き代わりにロールケーキ食べる風潮もあって、死ぬほど忙しかったんだから!」


 そう。合格通知が届くと同時に、学園から新入生総代として挨拶するよう依頼された。だが、忙しさを理由に断った。決してメンドクサイからではない。


「まあ、いかにも愛里らしいけどね」


 実南は、お見通しといった様子で溜息を吐いた。ふっと静かになると、細くて良く通る歌声が会場に響き渡る。


「自作の歌だって。既に音楽業界からデビューしないかって話があるそうよ」

「……ふうん」


 自作、ね。やっぱり彼女は記憶持ちの転生者らしい。


 だって、この歌は乙女ゲームで使われていたエンディングの曲。歌詞まで同じだった。私の大好きな『あの人』の歌と。


 思わずムッとしていると、実南が面白そうに笑った。


「なに、気に入らないの?……確かに曲は良いけど、歌声はイマイチよね。愛里が歌った方が遥かに上手いのに」

「なんで私よ?!」


 突然、話を振られて驚いていると、実南はさも当然といった様子でニンマリ笑う。


「自分では気づいてないかもしれないけど、愛里の声はめっちゃ綺麗よ。その声で新入生総代の挨拶すれば、明日にでも愛里の親衛隊が出来るでしょうに」

「いやいや、大勢の前で話すなんてムリムリッ!」


 耳を塞いで嫌々をすると、実南は呆れた声を出した。


「さっき教室で、あれだけ演説しておいて何を言うんだか!」

「だって、あれは不可抗力でしょ!あのまま放っておいたら絶対、クラスメイトたちから目の敵にされるもん!」

「そうねぇ、でも、――――だからねぇ」


 耳を塞いでいた私には、続く実南の言葉は聞こえなかった。なに、と聞き返しても、魔女は「今に分かるわ」と意味ありげに笑うだけだった。








 





「なんだ、あの生徒?!」

「どうしたの、みっちー?!」


 舞台袖では、生徒会副会長である二年生の須佐道真すさ みちざねが眉を潜めて呟いた。幼少時から空手を習っているガッチリとした体躯に、短く刈り上げた黒髪、切れ長の黒い瞳は、剣呑な雰囲気を醸し出している。


 そんな須佐に対して、のんびりとした声をかけたのは、生徒会会計、緑川棗みどりかわ なつめであった。こちらは、須佐に比べてだいぶ身長が低い。


 と言っても須佐が飛びぬけて高いだけで平均身長は十分にあるのだが、何しろ高天原学園幼稚舎の入園式で出会って以来の腐れ縁。いつか須佐を見下ろしてやる!というのが、棗の長い間の目標となっており、ポケットには、常に『アーモンド小魚』が入っている。


 しかしながら、ふわふわしたクリーム色の巻き毛に、鮮やかな青い瞳は、一見すると陶器の人形のように可愛らしい。彼を傾倒する人たちは、これ以上身長が伸びてくれるな!と密かに念じている事実を本人だけが気づいていない。


 もっとも須佐にとっては、どれほど幼馴染が可愛らしくても、同性の身長や容姿には欠片も興味がない。ただ、思春期にありがちな『孤高の一匹狼』を気取りたい男としては、些か、というか断固、受け入れ難い呼び名に抗議をいれる。


「みっちーは止めろって言ってるだろ!」

「なんで?……みっちーはみっちーじゃん」


 背後から忍び寄って来た生徒会書記、緑川千歳みどりかわ ちとせが、さも当然といった口調で断定する。二対一での口論に勝ち目はないと散々学習して来た須佐は、自らの敗北を知り、ガックリと項垂れた。


 同じ姓から察しがつくように、緑川千歳は緑川棗の双子の弟である。一卵性だけあって、容姿は全く見分けがつかない。乙女ゲームの中では、若干、弟の方が声が低いという設定はあるが、何度も何度も同じフレーズを聞き返して漸く判別できるかどうかというレベルである。普通に会話しているだけでは、まず分からない。


 流石に、10年以上、双子と接して来た須佐だけは判別できるのだが、ストーリーには関係ないので割愛しよう。


「それより、誰が何だって?!」


 緑川千歳は、後ろにいる利点から項垂れている須佐の背中を叩き、話を続けさせる。須佐も心得たもので、直ぐ様、話の本筋に戻った。


「1人だけ背中を向けている新入生がいる。会長が話をしていると言うのにな」

「……あ、ほんとだ。豪胆だねぇ」

「……隣にいるのは、片山実南だな」


 片山家も須佐家、緑川家同様、幼稚舎から学園に通わせているため、学年が違っても顔と名前は知られている。まして、風紀委員の副委員長である片山玲菜の妹であれば尚更だった。


 式典はいつの間にか、新入生代表の歌から生徒会長の挨拶へと変わっていたが、噂の張本人である天野愛里は話に夢中で気づいていない。相棒の片山実南は、生徒会長の挨拶が始まると同時に、さり気なく椅子の角度を舞台へ向けている。


 そして、親友ただ1人だけが、丸テーブルで舞台に背を向けた格好で座り、悪目立ちしていることに気付いていたが、面白そうなので黙って見ているという状況だった。


 実南の思惑通り、壇上にいる生徒たち、主に生徒会のメンバーだが、彼らからバッチリ注目されている。特に、只今、挨拶真っ最中の生徒会会長の眉間に、僅かながら皺が寄っているのは不敬な生徒に気付いている証拠だろう。


「ぶふっ!なんか耳に手を当てて首を振ってるし!」

「ああ、貴教の眉間に皺がっ!」

「おもしろ~いっ!」


 面白いこと大好きな双子は当然のことながら、最初はムッとしていた須佐も、滅多に見ることのできない生徒会長の顔つきに、不快感より興味深さが優っていく。


「卒業まで2年もあるとウンザリしていたけど、彼女がいれば退屈しないで済みそうだね」

「早速、調べてみるよ」


 くすくすと笑う3人に、突然、非難するような声が上がった。


「ちょっと、あなたたち!」


 振り返れば、片山玲菜が腰に手を当てて、こちらを睨んでいる。


「片山先輩、なにか?」


 須佐がすっと顔を引き締め、威嚇するような低い声で問う。


「彼女が誰だか知っているの?!」

「誰って、先輩は知っているんですか?」


 後で調べれば分かるけれど、知っているなら手間が省けるとばかり、緑川棗が口を挟む。玲菜は、呆れたとばかりに目を回す。


「彼女は、き……むぐっ」


 北村祐輔の妹と口を開きかけたところで、当の本人、北村祐輔から口を塞がれた。相手が分かり、視線で何故と問いかけるが、祐輔は黙ってと目で訴えながら、後輩3人に話し始めた。


「彼女は、天野愛里。外部受験で満点を叩き出して入学して来た新入生だ」

「満点っ!」


 内部生の受ける進学テストは、外部受験の内容と全く同じである。そして、進学テストで満点を取った現役生徒は、生徒会長である早乙女貴教さおとめ たかのりただ1人であった。


 そうと聞いて俄然、女生徒に興味を抱いた3人をその場に残し、祐輔が玲菜の手を引き、舞台袖を後にする。


「祐輔さまっ!どうしてご自分の妹だと仰らないのですか?!あの人たちに、愛里ちゃんが弄ばれても構わないと?!」


 人気のない講堂裏まで来ると、玲菜は我慢ならないというように祐輔の手を振り払い、声をあげた。だが、祐輔は、さも愉快そうにくすくす笑うだけだった。


「もうっ!何がおかしいのです?!」


 ぷうっと頬を膨らませる玲菜に、ごめんごめんと形ばかり謝罪した祐輔は、ようやく口を開いた。


「弄ばれるのは、愛里じゃなくて彼らの方だと思うよ」


 予想外のセリフに、玲菜の瞳が丸く見開かれた。


誤字訂正しました。

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