聖夜に背を向けて
毎年クリスマスが近付くにつれて、私の気持ちは憂鬱になる。
誰かと付き合っているからとか、付き合っていないからとか、そういう理由ではない。
いや、そういう理由といえないこともないけれど、私の場合は少し違う。
普通の人は恐らく、恋人か何かが欲しいのだろう。
しかし、私の場合は少し違う。私は、家族が欲しいのだ。
重いことを言っていると思われても仕方ないかもしれないが、それでも仕方がない。
早いうちから両親を亡くした私の偽らざる気持ちがそれなのだから、しょうがない。
高校に上がって1年たったが、相変わらず叔母夫婦の家に預けられた私の居場所は……いつまでたっても一つだけだ。
幼い頃から通い慣れた深夜の動物園。
そのライオンの檻の前。私の唯一の居場所。
児童公園に併設されたその動物園の施錠は昔からいい加減で、忍び込むことは幼い頃から容易だった。
すっかり通いなれたライオンの檻の前に座って、すっかり喋りなれたライオンさんに話をする。
「なんだか、ずっとお世話になっちゃってて、ごめんね」
「気にすることはない。少女が望み続ける限り、私は少女の望むままでいるだけだ」
「最近だと優しいを通り越してもういっそ過保護ね、ライオンさん」
「少女がそれを望んだからだろう」
「はは、かもね」
そう、私は夜にしか喋らないライオンさんと会話を続ける。
幼い頃から、恐らくこれが私の妄想であることには気付いていた。
ちょっと冷静に考えれば誰にでも分かる事だ。
多分私は頭の病気なんだろう。
それでも、構う事はない。
現実に居場所がない私の逃げ込む先は、結局自分の妄想の中にしかないのだ。
折角ソレが表出してくれているのに、拒否する理由も必要もない。
家族のいない私にとって、クリスマスを一緒に過ごしてくれるのは結局彼だけなのだ。
「ねぇ、ライオンさん。私が望んだら人間になってくれたりする?」
「善処はするが恐らく不可能だな」
「じゃあ、私がお願いしたら、頭からバリバリ食べたてくれたりは?」
「この檻がどうにかなるのならそれもいいだろう」
「ははは、じゃあ今度鍵壊す方法考えてくるね」
「それは楽しみだ」
普通の人は、こんな私をみて気味悪く思うのだろうか。
それとも、哀れに思うのだろうか。
どちらでも構わない。
どっちにしても私が救われるわけではない。
澄み切った冬空を見上げながら、小さく白い息を吐く。
「少女よ。家族が欲しいのか?」
「ええ、欲しいわ。私には家族なんていないから」
「本当にそうか?」
「ええ、少なくとも私はそう思っているわ」
「そうか」
そう呟いて、ライオンさんは溜息をつく。
そしてたっぷり間を置いてから、なんでもないようにそういった。
「だとしたら、少なくともそう思っているのは、どうやら少女だけのようだな」
そういって、ライオンさんは笑った。
動物が笑うなんておかしいとおもうかもしれないが、私は笑ったように見えた。
笑ったライオンさんの視線の先にいたのは……心配した顔で私を探す叔母夫婦の姿で。
でも、私の視界は涙でにじんでいて、よく見えなかったのだ。
多分、今まで、ずっと。
ごめんなさいと、小さく呟いて、私は泣いた。
「魔王様。まだとっておきのお話があります。聞いては頂けませんか」
「佳かろう……ならばその話を聞くまでは、決して汝を**すまい」