木陰に潜むモノ
あれは、朝霜が降りるようになって久しい、冬の寒い日の事だった。
コボルドですら塒から出なくなる厳寒とあっては、私達人間も村の外に出られよう筈がない。
春のうちに撒き、夏のうちに育て、秋のうちに収穫した実りを頼りに日々慎ましく過ごすのが慣例である。
冬といえば、石造りの頑丈な家の中で暖炉の前に皆で集まり、昼から蜂蜜をたっぷりいれた紅茶を飲みながらチェスや本を楽しむ季節なのだ。
次の春までの間、たっぷりと休暇を取る為の大事な時期と言える。
だが、それは大人の話であり、当時子供であった私には何ら関わりのない事であった。
雪が降れば降ったなりの遊びを楽しむのが子供というもので、よっぽどの吹雪でなければ毎日外で遊んでいた。
そうといういうのも、私達子供には冬のうちにしか遊べない遊び相手がいたからだ。
その遊び相手は、いつも雪の降りしきる森の奥にいた。
「そら、こっちを見ろ。童ども。私はここにいるぞ」
いつも彼、いいや彼女だろうか? どちらでもいい。とにかく遊び相手はそこにいた。
木陰の隅から話しかけ、我々に森の逸話と雪遊びの数々を教えてくれた相手だ。
大人達は森に潜む邪霊であると私達を度々嗜めたが、そこは怖いもの知らずの悪童である我々だ。
恐怖よりも好奇心が勝ってしまえば、抗いようがあるはずもない。
私達は冬となれば常にその姿も見えぬ誰かと遊んでいた。
大人達にはかくれんぼをしているのだと言い訳した事を覚えている。
「なぁ、君はどうして冬の間しか顔をださないんだい?」
「それは私が冬にしか現れない雪の精だからさ」
「嘘だ、お父さんはお前の事を邪霊だといったぞ」
「ならそれでも構わない。だったら私を遠巻きに村へと戻るがいい」
「それは面白くない」
結局そういって、私達はいつも姿の見えぬソレと遊んでいた。
しかし、ある日不味い事が起きた。
冬の森で日没まで遊んでいたあるとき、突如我々は雪崩に襲われた。
幸いにも誰にも怪我はなかったが、村への帰り道が塞がれてしまったのだ。
我々は途方にくれた。しかし、そのとき彼はいった。
「一人、話相手を置いていってくれるのなら、他の皆は私の魔法で村へ返してやろう」
そう、持ちかけてきたのだ。
誰もが息を飲み、そしてお互いを見た。
誰を生贄に捧げるか。誰を置き去りにするか。
しかし、そう我々が猜疑に捉われたとき、既に我々は村の入り口にいた。
彼はいったのだ。
「その猜疑こそが私の力となる。それでいい。森を恐れよ。童たち」
「魔王様。まだとっておきのお話があります。聞いては頂けませんか」
「佳かろう……ならばその話を聞くまでは、決して汝を**すまい」