沈黙の魔女
村外れに一人、少し前から若い魔女がいる。
僕等の村は教会の教義に関しては正直懐疑的なので、魔女を見るなり処刑などという乱暴な事はしない。
といっても、偏見がないと言えば当然嘘になる。
故に、村外れに放っておくという折衷案が数年前からまかり通っている。
実際、魔女は何か悪事や近所迷惑になることをするわけでもなく、むしろ魔法の薬を作ってくれたり、森にある毒草を薬にする方法などを教えてくれるため、識者からすると便利な存在らしい。
多くの村人にとっては不気味な存在ではあるが、数年かけて魔女は村に馴染みつつあった。
それでも、彼女がイマイチ村に馴染まないのは、彼女が村に来てからただの一言も喋らないからだ。
彼女はずっと筆談を続けている。
呪いか何かを受けて、声を出せなくなってしまったそうだ。
故に、文字が読める識者と、怖い物知らずの子供しか彼女には馴染んでいないのだ。
僕は幸いにも帝都の学院に数年通っていた経験があるため、共通語と古式語には通じている。
彼女と意思疎通を図れる数少ない存在である僕は、すっかり村人と彼女との橋渡し役になっていた。
色々な事を彼女に尋ねた。
そのたびに彼女は細い指先を踊らせて、僕よりもずっと綺麗な筆跡の文字で返事をしてくれる。
いつしか、僕は彼女に好意を抱いていた。
それから、また数ヶ月が過ぎた。
彼女は相変わらず喋らない。
そして僕は相変わらず筆談を続ける。
村での彼女の地位は相変わらずだが、それでも以前ほど気味悪がられる事はなくなった。
子供に優しく、そして口がきけない以上、説教もできない彼女は子供達に大人気で、少しばかり僕が嫉妬することも増えた。
彼女は笑うことが増えた。
それだけで、僕の気持ちは少しだけ明るくなった。
だが……それが長く続くことはなかった。
「どうしてなんですか!」
僕は、村長の家の広間……村の会議所で、つい感情的にそう叫んだ。
叫ばずにいられなかった。
村長が、彼女を教会に引き渡すといいだしたのだ。
「教会の支援を受けられれば、数年は安全に冬を越せる。女一人、しかも余所者の犠牲一人ですむなら安いものだ」
「何もしていない女一人見殺しにしてすむのが安い代償だって?! 悪魔でも言わないような欺瞞だ!」
「綺麗事ばかり抜かすな! お前も帝都で学んだ男なら、もう少し清濁併せ呑んで物を言え!」
「最低限の礼節も果たせない拙悪をなじる事が綺麗事で、罪の無い女一人吊るし上げる事が清濁併せ呑むだって!? そんなクソッたれな理屈を学んだ覚えはない!」
捨て台詞を吐き捨てて、僕は村外れの彼女の家へと走る。
しかし……全ては遅すぎた。
息を切らし、通いなれた村外れの小屋に辿り着いたとき……既に彼女の姿はそこには無かった。
あったのは……あの綺麗な筆跡で書かれた、手紙だけ。
手紙にはただ一言、ごめんなさいとだけ書かれていて、奥の棚からは彼女が作り溜めた魔法薬が多くみつかった。
これを売れば、冬は越せるだろう。
膝から崩れ落ち、手の皮が破けるまで地面を叩いてから……僕は静かに泣いた。
「魔王様。まだとっておきのお話があります。聞いては頂けませんか」
「佳かろう……ならばその話を聞くまでは、決して汝を**すまい」




