迷路
複雑に入り組んだ道、どこまで走っても見えない出口。
まるでここは迷路だとルカミアエル・シーナは思う。
街はいつもと違い格段に広く、ずっと走ってきたせいか全身が熱く、肺や脇腹が痛む。
いつもならどれだけ走っても激しい動き(モーション)をとっても息ひとつ上がる事が無かったのに。
なのに今は、壁に寄りかかりながら必死に荒い息を整えようとするが、それもままならない位に疲弊していた。
「ルカちゃん、これ良かったら飲んで」
その声に、ルカミアエルは隣にいるドロシーの方へと顔を向ける。
ドロシーがバッグから清水の入った水筒を出すと、ルカミアエルに手渡した。
「あ…あり、がと……」
ルカミアエルはまだ少し震える手で水筒を受け取ると一気に飲み干す。
冷たい水が喉を通り、徐々に身体を冷やしていく。
水を全て飲み終わる頃には汗も引き、気分も落ち着いた。
「ふぅっ」と短い溜息一つついて、ようやく人心地が付いたような気がした。
「漸く落ち着いてきた。ありがとう、ドロシー」
「どういたしまして。ルカちゃん、あのね…」
互いに笑顔を交わした後、ドロシーは言い淀む。
続きを言うか言うまいか躊躇っているようだ。
どうしたと言うのだろう。いつもの彼らしくない。
「どうしたの?」
「うん…その、ちょっと、ね。なんだか今日、色々とおかしくない?」
横向きで視線を外しながら、どこか躊躇いがちにドロシーは言った。
「…うん、おかしいよね。なんだろう、何かのバグとか?それともサーバー繋がったままメンテに巻き込まれちゃった、とか?
で、でもさ、ほらログアウトすれば…」
「出来ないの」
ドロシーはルカミアエルの言葉を遮る様に口を開き、俯く。
彼の猫耳はぺたりと伏せられ、その尻尾は不安げに揺れている。
「え…どういうこと?」
「さっきルカちゃんが休んでる間、色々と確認したのよ。
そしたらウィンドウから …ログアウトが消えていて出来ないの。それだけじゃない、フレンドカードも全部、ダメなのよ。
他のは全部、あるのに…なぜかそこだけが無くなっている」
戸惑うルカミアエルに、ドロシーは俯いたまま答える。
その言葉に、ルカミアエルは頭を殴られたような衝撃を受けた。
「ア、ハハ…う、ウソだぁ…ドロシーってば冗談きついよ…」
いくら現実的になったとはいえ、ここはゲームの世界ではないのだろうか?
そう思いつつも、どこか不安は拭えずにいる。
ルカミアエルはその不安を誤魔化す為に笑ってみるも、どこか乾いたような笑い声しか出なかった。
ドロシーは俯いたまま答えない。
ルカミアエルは、試しにメニューを開き、横並びの項目が目の前に展開したのを見るや、素早く項目とその中身を確認していく。
まずは「キャラクター情報」…ここはいつもの様に自分の名前と種族、現在のレベルと職業、装備品や経験値、ステータス等が表示されている。いつもとは何かが違うような気がするも、その違和感の正体がわからない。
とりあえず指を横に滑らせて、道具の項目を開く。
アイテムは種類ごとに一覧で表示されている。それはいつもの光景だった。
試しにアイコンではなく、魔法鞄から直接瓶入りのポーションを取り出してみると、まるで現実のガラス瓶と違わぬ感触に変わっていた。
魔法鞄も触ってみると少しざらざらした質感があり、微かに革の匂いがしている。
「………っ」
ルカミアエルは逸る気持ちを抑え、震える指で他の項目を一つずつ確認する。
気持ちと連動する様に、背中の天使の様な-しかし漆黒の大きな翼がハタハタと揺れる。
pattypuruでの友人の名前と、各々のショートメッセージが書かれた「フレンドカード」を確認する。
それはなぜか相手に渡す自己紹介のカードと横にいるはずのドロシー・リドルを含むすべてのフレンドカードが白紙になっていた。
気づけばいつも流れている街のBGMも聞こえず、携帯している武器や装飾品などの装備品も、触ってみるとその重さや質感も確かにある。
その感覚は現実と変わらない様に感じた。
いつもあったBGMや画面の調整・GMへのヘルプ要請等と、pattypuruを終了するための「ログアウト」のある「システム」項目は、最初からそうであったように綺麗に無くなっていた。
「…なに、これ。い、一体どういうことなの!?」
ルカミアエルは堪らず叫ぶ。
「まさか、これが現実だとでも言うの?じょ、冗談でしょ…?」
まだ信じられないと言うように頭を振るルカミアエル。
ドロシーはルカミアエルを見つめながら口を開く。
「冗談だったら、本当に良かったんだけどね…どうやら私達、バグか何かでこの世界に閉じ込められたみたいよ」
そう言ってどこか自嘲的な笑みを浮かべた。