見知らぬ街・2
――あれからどの位走っただろう。
ドロシー・リドルはふと、そんな事を思う。
行けども行けども街中は人の群れで溢れ、己の欲の為に自分と彼女―ルカミアエル・シーナ―を捕まえようと手を伸ばす。
そんな奴等を殺す気で睨み、それでも退かなければ振り払い、足止めしながら狭い路地を通り抜けて只管に走る。
暗殺者のドロシーより体力の無いルカミアエルは息が上がり始めているが、それでも逸れない様にドロシーの手をしっかりと握り、懸命に走っている。
後ろからは何時しかガチャガチャとした金属音ではなく、何頭かの馬の嘶きと足音が迫る。
(―どうして、こんな事に)
そう思わずにはいられない。
あの時までは、いつもの日常だった。
いつもの様にバイトをして、バイト先に来た気になっている子と話をして、休憩時間にルカミアエルにメールして。
終わってからは、あの子へのプレゼントを買って。その後はいつもの様にpattypuruにインして。
それから、不可解な現象が起こったと思ったらこの様。
気がつけばゲームが現実の様になっていて…いきなり、襲われた。
一体、自分達が何をしたと言うのだろう?
彼等が言っていたように、自分たちが獣族や天族だからこんな目に会うのか?
元々同じ人間なのに…見た目が、種族が変わるだけでこんな扱いを受ける。
「…そんなの、絶対におかしい」
走りながら、低い声が漏れる。
その言葉が聞こえたのか、繋いでいるルカミアエルの手が、ビクリとした後に強く握られる。
きっと彼女も同じ思いなのだろう。
街の中を走って走って、走り抜けて足音が聞こえなくなった処で、人気の無い狭い路地に入り込み、人影が無い事を確認して物陰に2人で隠れる。
ずっと繋いていた手を離し、ドロシーはルカミアエルを壁に寄りかからせる。
壁に寄りかかったまま身体を「く」の字に曲げて、真っ赤な顔でぜぇぜぇと喘ぐルカミアエル。
対してドロシーはあれだけ走ったのにルカミアエル程の疲労感はなく、立っているだけでもどんどん体力が回復していく様だった。
「ルカちゃん、これ良かったら飲んで」
ドロシーはバッグから清水の入った水筒を出すと、少し呼吸が整ってきたルカミアエルに渡す。
「あ…あり、がと……」
ルカミアエルはそれだけ言うのが精一杯らしく、震える手で水筒を受け取ると一気に飲み干す。
全部飲む頃には顔の赤みも手の震えも治まり、落ち着いたようだった。
「ふぅっ」と短い溜息一つつくと、まっすぐドロシーを見つめる。
「漸く落ち着いてきた。ありがとう、ドロシー」
ルカミアエルがにこりと笑う。
「どういたしまして」
ドロシーもつられて笑顔になった。
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『ラファエーレ、彼女等の様子はどうだ?』
ラファエーレの使役する風の精霊が、アルベルタの声を伝える。
精霊師は異世界からの精霊を呼び出し、使役する職業。
呼び出された精霊の力と精霊使いの力により、使い方は千差万別だ。
「2人は路地裏の物陰に居る。今は邪魔は入らない」
追いかけていた連中は途中で足止めしちゃったし、と悪びれも無く続ける彼にアルベルタは呆れた声で「やりすぎるなよ」と釘を刺す。とはいえ、もう後の祭りなのだけれど。
『引き続き、彼女等の身の安全を確保してくれ』
「了解、アルベルタ」
『頼んだぞ』
その声を最後に会話は終わった。
風の精霊がくるくるとラファエーレの周りを飛んでいる。
ラファエーレは街全体を見渡せるように上空に1体、その他自分とアルベルタの所へ1体ずつ風の精霊を配し、精霊を介して会話をしている。
今回ラファエーレ一行はドロシーとルカミアエルの安全確保と彼女等に追いつく為に、2人を追いかけていた王国兵士達を弾幕(小ダメージ付き)と捕縛の罠と魔法で10分程動けなくした。
その後光と風の精霊の加護を受けて、障害物の無い空から2人の様子が見える所まで高速で移動するという荒技をやってのけたのだった。
ラファエーレ達の姿は「透明の実」で姿を消し、会話はパーティー編成を組んでいる者しか聞こえない様にしてある。
「さて、と…」
ラファエーレはパーティーを組んでいる仲間―魔術師のマーク、聖職者のイルマ、盗賊のラドロ、錬金術師のキルミア―の方へ向き直る。
[透明の実]を飲んでいても、仲間は認識できるのでこれといった不便はない。
高速で空を飛ぶという荒技を受けたせいなのか、ラファエーレ以外の全員顔が青い。
中には調子が悪いのか、蹲っている者も居る。
そんな彼等を見ても、ラファエーレはさほど気にせず口を開く。
「まぁ聞こえていたと思うが、これからが本番だ。全員しっかりしろよ」
「「「「はい!」」」」
「じゃあ、引き続きあの2人の監視と追跡を続けるぞ。全員、移動中は全方位の動きに注意する事。
怪しい奴が居たら知らせろ。2人が屋敷前へ来た時も気を抜くなよ」
「「「「はい!!」」」」
「とは言え…幾らなんでも無茶しすぎですよ、サブリーダー」
いつもの軽い口調で言うラファエーレに、真っ青な顔のマークが小さく呟いた。